憧れの部屋②
「すまなかった! 僕も君の独り言を邪魔してしまった! だからこれで許してくれ!」
「ひ、ひぇ!?」
……? 懐かしい記憶です。見るからに弱そうな人間の男性が、私に土下座しています。
「いや! 僕の方こそ!」
「いいえ! 私こそ!」
……そういえば、あの人間と初めて会った時、私はパニックになって土下座しちゃったんだっけ。
後で聞いた話ですけど、私に土下座してきた人間は別世界からの転送者でした。それも、あの自然の摂理を無視した恐ろしい魔族の爪を、いとも容易く斬ったという人間の世界での大英雄。私みたいな獣人の王家補佐役とは比べ物にならない栄誉を持っていました。
本来なら話すことすら出来ない雲の上の存在である彼は、種族や立場を気にしたそぶりもなく、いつも私を導いてくれました。
――
「〈身体強化補助〉!」
目の前にいる猿渡さんの気迫に圧倒されながらも、私は震える足に喝を入れて即効性の魔法を行使しました。緊急用の薄い黄色の光が私を覆います。
――私は、こんな所でやられるわけにはいかない!
猿渡さんから即座に放たれた鉛玉を、私は寸前で避けます。
「くっ……!」
しかし、私は鉛玉を避けきれませんでした。
獣毛を貫通して足にかすり傷をつけてしまい、その場に蹲りそうになるのを必死に堪えます。
「お主らのような信仰者がいるから! 拙者たちは無理矢理この世界に連れてこられたのだ!」
傷ついた足を必死で動かし、動かすたびにズキズキ痛む感覚を無視して、なんとか鉛玉を回避していきます。
でも、猿渡さんの怒りに震える手は、止まる気配がありませんでした。
「記憶を無くした拙者たちに浴びせられる声は、『堕ちぶれた勇者』の一言だけ! そんなに女神が大事か! なら、全てから見放された拙者たちはどうして今ここにいる?!」
だんだんと鉛玉の速度が早くなってきて、ローブは玉を避けきれずにボロボロになり、電撃を受けて黒ずんだ体毛にも鉛玉が掠り始めます。
目の前で私を狙う猿渡さんの言葉に嘘はなく、彼が一体どれだけの大きな闇を抱えているのか、私には理解しきれませんでした。
――でも、
「もちろん! これからもよろしくレーブン! 僕のことも平野でいいからね」
――私は!
「私は、『あの人』の背中を追い続けるって決めたんです! こんな所で立ち止まるわけにはいかない!」
不思議です。こんなに痛くて苦しくて逃げ出したい状況のはずなのに、あの人の姿を思い出すと、自然と勇気が湧いて来ます。例え女神様からの恩恵を二つ与えられた堕ち勇者だとしても、あの人の言葉を思い出すと、私なら出来るって思えるんです。
ーー今更出来ないと決めつけたら、今までの自分を否定することと同じだよ?
「〈身体強化・超〉」
私の全身は赤いオーラを纏い、そこから姿を消します。
「馬鹿な!? 先ほどとは比較にならん速度だと? 拙者が狙った獲物を逃すなどありえ……!」
私は猿渡さんの言葉が続く前に彼の背後に回り込み、肘を軽く叩きます。
「ぐぬっ!? 拙者の鉛玉が!」
猿渡さんの武装を解除し、私は彼の正面から正拳突きを撃ち込もうとしますが、彼の存在は既にそこにはありませんでした。
「させぬ! シヤベリ卿の無念を晴らしていない拙者は、ここでやられるわけにはいかぬのだ!」
気配すらない存在からの即死級の貫通攻撃。防御は意味をなさず、突然飛来してくる絶対貫通の鉛玉を避けることしか出来ないこの状況は、狙われている獲物にとっては不利でしかありません。
私は大自然の声を聞き取るため、赤いオーラを限界まで引き出して周囲に意識を張り巡らせます。
鉛玉は私目掛けて何度も飛来して来て、私が避けた地面には数えきれない程の穴が空いていきます。
「っ! そこですっ!」
私は鉛の放たれた場所を貫手で突きますが、その手は空を泳ぎます。
どうやら猿渡さんのスキル『隠密』は存在自体を消すため、私自身彼が明確にいると判断できなければ、猿渡さんには攻撃が当たらないようでした。
貫手の構えをしたままの私の死角から鉛玉が現れたことを察して距離を取ります。
「拙者のスキルを見抜いたようだな。……だが無駄だ! この空間にいる拙者の場所を確実に把握できなければ、お主は狩られるのみの存在にすぎぬ!」
突然襲ってくる鉛玉を、大自然の悲鳴と身体強化した反射のみで回避していきます。でも、このままでは私が穿たれることは目に見えています。
「……もって、私の身体」
私は全身に漲る〈身体強化・超〉の全ての魔力を両足へと移しました。ただでさえ負荷の大きいこの魔法を身体の一箇所に集中させたらどうなるのか、私にも分かりません。
……でも、こうしなければ猿渡さんには勝てない。
「何をしようと無駄だ! 大人しく射抜かれろ……女神の信者よ!」
「嫌です!」
私は魔素の溢れ出る真っ赤に染まった両足を限界まで動かし、猿渡さんの居場所をしらみ潰しに無くしていきます。息ができないほどの速度で走ることは、私にとっても大きな負担になります。
――だから、ここで必ず仕留めます!
私が目の届く範囲全てをほぼ同時に通過していき、茂みを私の赤いオーラが埋め尽くしていきます。
「私は絶対生きます! 平野さんともっと楽しいことをしたいから!」
「なに! 平野頼来だと!? なぜお主がその名前を口に出す!?」
私の言葉に動揺した猿渡さんは、唯一赤く染まっていない場所に、その存在を一瞬だけ見せました。その隙を逃さず、私は彼へと無理矢理突撃しました。
「〈身体強化・超・前蹴り《ガイア・デッドリー・デモリッション》〉!!」
「ぐぬあああ!」
私の足蹴りを受けた猿渡さんは魔術学校の塀にぶつかり、その身体に電撃を受け意識を失いました。
私の周囲は真っ赤なオーラで染まり、ふらふらの足でなんとか立つ私は、電撃を受けて倒れた猿渡さんを塀から遠ざけました。
「いつか、その恨みに負けないような出会いが、あなたにありますように……」
私は転送者が持つ圧倒的なまでの力と、彼らのこれまでの境遇を改めて考え、今の自分に出来ることを必死で考えることにしました。
だって、彼らと同じ境遇なはずなのに、獣人の私に優しく手を差し伸べてくれた平野さんのあの姿こそが、私の憧れなのだから。
赤く染まっていた足が脱力していくのを感じて、私も猿渡さんのように意識を失いました――




