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憧れの部屋


 ――人間って、なんて恐ろしい種族なんだろう。

 

 私が『楽園(シャバ)』にいた時に抱いていた人間への感情は、それだけでした。


 人間は補助魔法しか使えずに魔族に襲われ続けたことを理由に、あろうことか、この世界を創り出した女神様に助けを求めました。獣人(ビースト)であり、この世界に生み出された自然を尊ぶ私たちにとって、人間たちの行いは私たちの存在を根底から否定するに等しい所行でした。


 しかし、私たち獣人が人間の蛮行に気付いたのは、この世界に転送者がやってきた後でした。



 ――



「……お主、何故拙者の姿が見えている?」

「ひ、ひぇ!? す、姿は見えませんけど、あなたのいる大地がお、怯えていますから……」


 私たち獣人は、この世界に存在する大自然と共に生きています。それは搾取という意味ではなく、文字通り『共生』という意味です。

 私たち獣人が困れば大自然から力をお借りし、大自然が困れば獣人はすぐに駆けつける。それが私たち獣人の在り方です。


「なるほど。拙者の存在は、足元の土くれにずっと暴かれていたということか」


 私には姿が見えない方は、おそらく足で地面に咲く草花を蹴り飛ばしました。


「や、やめてください! 彼らは、そこで暮らしているだけなのに!」

「……ふむ、奇襲は失敗か。ならば、もう姿を隠す必要はあるまい」


 声を発していた方の姿がぼんやりと見え始めました。背の高い男性のようです。すらりと自然体で全く動かず、上から下まで全身が黒い服。口元には黒いマスクを付けて、つり目以外の全てを真っ黒に覆っています。


獣人(ビースト)がここまで察知能力に長けていたとはな。拙者のスキル『隠密』は、発動していなくても常に相手の認識から外れる。……たかが動物(ペット)如きが気づくとは、生意気なことだ」


 いつの間にか私の後ろから聞こえた声に私は驚いてしまい、全身の毛並みを逆立てて、咄嗟に前転して飛び退きました。


「……あなたは、『転送者』ですね?」


 人間の補助魔法がどの程度の強さを持っているかは、ここにくる前に学びました。私が知っている範囲では、ここまでの秘匿性がある魔法は聞いたことがありません。


 似たような魔法で『錯乱魔法』が存在しますが、あの魔法は見た者の五感情報を誤認させる魔法でしかなく、そこにある『何か』までは隠せません。一度違和感に気づいてしまえば、その後に発動しても意味のない魔法のはずです。


 ……でも、この背の高い男の人は違いました。


 五感が優れた私たち獣人ですら見逃してしまうほどの気配のなさ。……いいえ、そもそも存在自体がそこにはありませんでした。もし自然からの呼びかけがなければ、私は気づかずに素通りしていたと思います。


 それに、魔法を解除した男の人の姿がこうしてはっきりと見えているはずなのに、獣人の五感を必死に奮い立たせなければ、今にでもこの背の高い男の人を見失いそうでした。


「ご名答。だが、『転送者』というその言い方はよくない。拙者はシヤベリ卿に仕える神竜隊の一人、『忍者』猿渡である」


 猿渡さんと名乗った男の人は、再び存在を消しました。恐らく、彼特有のスキルを使用したのです。


「なるほど。どうやら動物(ペット)には、拙者の姿は見えていないようだな」

「きゃっ!」


 私は真横から囁くように聞こえた声にびっくりしてしまい、聞こえた声とは逆方向に飛んでしまいました。力みすぎて、無意識に〈身体強化〉の魔法がかかってしまいます。


 運の悪いことに私が飛んだ先には、魔術学校の塀がありました。


「きゃああ!」


 私の身体に塀から流れた電撃が走りました。


 この魔術学校は人間の研究機関です。入り口以外からの出入りは出来ないようになっています。この塀だって、魔術学校のセキュリティの一環です。他種族と共同で開発したため、その防衛能力は本物です。


 私は電撃で身体を痺れさせてしまい、思わず倒れ伏してしまいました。全身の毛先が黒ずみ、私の身体からは焦げ臭い匂いが漂っています。


「はっはっは、安心しろ。拙者は動物(ペット)になど興味はない。大人しくそこにいれば、何もしないさ」


 猿渡さんは私から興味をなくして、指をデコピンの形にしました。


「…………な、なにを、しているんですか……?」


 私は、痙攣して動かない身体を必死に蠢かせて、猿渡さんに届くくらいの声をなんとか発します。


「……復讐だ。この世界には女神から約束されていた悠々自適な生活など存在しなかった。激しい競争の中で落ちぶれていった拙者たちのことを救ってくださったのは、シヤベリ卿ただ一人。拙者たちは、シヤベリ卿にこの身全てを捧げることを誓ったのだ」


 猿渡さんはデコピンの先から鉛のようなものを出現させます。その鉛を見ただけで私は本能的に悟りました。


 ――あれは、いけないものだ。


 見た瞬間に先ほど受けた電撃とは比べ物にならないほどの衝撃が私を襲いました。あの鉛玉は、猿渡さんの持つもう一つのスキルのようです。


「『貫通玉(ブラッディ・ボール)。拙者が放つ鉛玉は、どんな障害物すらもすり抜け一直線に対象を撃ち抜く、正に確殺の一撃である」


 宙に浮く鉛玉は、どれだけの生き物を穿ってきたのか分からないほどの血の匂いがしました。大自然が私に助けを求めてきた理由も、恐らくあの力が原因でしょう。


「そ、そんな危ないものしまってください! て、転送者がそんなことをしては、女神様がお怒りになります!」


 魔族の殲滅を目的としない行動をしようとする目の前の転送者のことは、大自然の恩恵を借りる獣人の第二王子として、見過ごすわけにはいきませんでした。


「あなたたち転送者は女神様からスキルを与えられた別の世界の存在なはずです! この世界で魔族以外への敵意を向ければ、女神様がお怒りになりますよ!」


 私は猿渡さんと話し合うために、痺れた身体を立ち上がらせました。でも、猿渡さんは私の言葉を聞いても、宙に浮く鉛玉に向けた手を離してくれませんでした。


「……お主も、あの女神を頼るのか?」

「え?」


 猿渡さんは鉛玉を私の方に向けてきます。思わず私は全身の毛が逆立ち、耳を限界まで張らせていました。


「拙者たちは英雄などではない、ただの人間だ。証明しようにもこの世界に来る前の記憶など、神の雷を受けた時から全て忘れている。残ったのは訳のわからない力と、拙者の以前の記憶を葬り去った女神への恨みのみ!」


 猿渡さんの手は震えていて、その言葉に何一つ嘘はありませんでした。


「拙者たちから全てを奪った女神! それを信仰するものは、誰であろうと葬り去るのみ!」

「くっ……〈身体強化(ガイア・ブースト)〉!」


 私はなんとか魔法を間に合わせて、猿渡さんから放たれた鉛玉を回避します。私の避けた地面には小さな穴が空いていて、一直線に地下を抉り続けている音が聞こえてきます。


 私は、未だに聞こえる鉛玉の音が怖くて、足がすくんでしまいました。


「拙者たちの怒りを思い知れ! 女神を信仰するものよ!」


 再び鉛玉を向けられた私は、怖くてもう身動き一つとれません。これが、人間たちが種の存続の危機に頼った勇者のなれの果て……


 ――人間って、なんて恐ろしい種族なんだろう。


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