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実験室の部屋

 文化祭の開催まであと数週間。僕はファウンドの家賃を払うべく、エランスと魔術学校の転送研究室にようやく向かっていた。

 ファウンドに家賃の支払いに必死になっている姿を見られるのは嫌なので、彼女が食堂でケーキ作りに勤しんでいる間に済ませておきたい。


「いやあ、まさか魔術学校の三階に行けなかったのが偽竜教のせいだったなんてね」


 ここに来るのが遅くなってしまったのは、ナシストが言っていた勇者転送用の魔法陣を解読していた研究室のある三階が実質閉鎖状態だったからだ。


 エランスが言うには、偽竜教が学術都市に介入していた影響で、勇者に関する研究は全面的に凍結状態になっていたそうだ。女神の存在を証明することになってしまうかららしい。


「……まあ、ファウンドとの学校生活を全力で楽しむために行かなかったのもあるけどね」


 ここ最近のファウンドはクラスの皆さんと打ち解けられてきたようで、食堂でケーキと紅茶を作ってはクラスの皆さんに振る舞っている。

 表情こそ無表情だが、ケーキを誰かに差し出しているファウンドはとても楽しそうで、主である僕もつられて笑顔になる。


「あなたは本当にファウンド様のことしか考えてないのね。養子として見守りたいのは分かるけど、レシピーナさんからケーキの作り方を教わっていたファウンド様は立派な大人よ。そろそろ親目線はやめたら?」


 ……エランスは何を言っているんだろうか? 僕が完璧な部屋であるファウンドを手放すわけがないじゃないか。


 実は、ファウンドの料理の先生であるレシピーナさんから「この子をここで雇わせてくれないか?」なんてお誘いを受けたが、丁重にお断りした。


 みんながファウンドのことを褒めてくれるのは嬉しいが、完璧な部屋は僕だけのものだ。誰にも渡さない。


「あら? 平野さんとエランスさんではないですか。こんにちは」


「げっ、平野頼来……よぅ……」 


 僕が廊下を歩いていると、曲がり角でばったりウールさんとコットに出会った。彼らは翼人族(フリューゲル)の王女と王子で、この魔術学校に蔓延る偽竜教を否定するためにやってきたそうだ。


「こんにちはウールさん、コット。今日は出歩いて平気なの?」

「ええ。ずっと保健室にいては、気が滅入ってしまいますから」


 ウールさんは背中の翼を折りたたんで車椅子に座り、コットに後ろから押してもらっている。筋肉ダルマ先生の授業を受けてからウールさんは体調が悪く、あまり教室にも来れていない。


「あんまり無茶はしないでね。元気になったら、ファウンドが作ったケーキでお祝いしよう! とっても美味しいんだよ!」

「それは是非食べてみたいですね。最近は『風』も偽竜教の噂は運んできませんし、皆さんで盛大に祝いましょう」


 せっかくのウールさんの快気祝いだ。ファウンドにとびっきりのケーキを依頼しよう。


 僕が頭の中にメモを残すと、後ろのコットが僕に話しかけてくる。


「……ありがとうな。姉さんの負担を軽くしてくれて。空中庭園で偽竜教の話を聞いてから、姉さんはずっと気を張ってたんだ。『人間の勇者たちへの冒涜は許せない』って」


 ……そうだったのか。ウールさんは翼人族だけでなく、人間の事もずっと考えていてくれたらしい。見ている視野が広くて僕は思わず感心した。さすがは一国の次期女王なだけある。


「僕は何もしてないよ。エランス達が偽竜教を滅ぼすために頑張ってくれたおかげさ」


 それと、一応闇鍋さんも。


「……平野。謙遜もしすぎると煽りになるのよ」


「ったく。少しは自惚れろよな……」


 コットは車椅子に乗るウールさんを押して廊下を進んでいく。振り返って手を振ってくるウールさんに最後まで手を振りかえして、僕たちは研究室へと向かった。



 ――



「ここが、勇者転送用の魔法陣を研究していた研究室のようね」


 学校の最上階である三階。そこから一番端にある場所に目的の場所はあった。外からは、前に筋肉ダルマ先生が無茶振りをしたグラウンドが見える。


 僕は扉をノックしてから部屋の様子を確認する。


「……く、暗いわね。明かりはどこかしら?」


 部屋は暗く静かで、唯一光る魔法陣が教室の中心でゆっくりと回転している。


「これが勇者転送用の魔法陣かな?」

「ちょ、平野待って!」


 エランスの言葉を聞かなかった僕は、その魔法陣に近づこうとして、後ろから誰かに引き止められる。


「待ちなさい。その魔法陣は毒です。はやく戻ってきなさい」


 僕は後ろから聞こえてくる女の人の声に従って、ゆっくりと後ろに下がる。声の主は僕の手を離し、こちらを覗き見てきた。


「……見た事もない人間ね。機械人(デウス・マキナ)の私の研究室になにかご用かしら?」


 横から見たその顔は、銀色の仮面で出来ていた。口と鼻はなく、女の人の声が聞こえるたびに白く光る目と思われるものが点滅している。この声は彼女から出ているのだろう。


「はじめまして、僕は平野頼来といいます。入り口で震えて立ってるのは友達のエランスです。ここで、勇者転送の魔法陣を研究していると聞いてやって来ました」

「べ、別に震えてなんかないわよ!」


 僕は自己紹介を済ませ、彼女の方に向き直った。

 機械人の彼女の体は、金属で出来た人形という表現が一番近いだろう。

 実験用の白衣を見に纏い、しなやかに伸びた腕、今にも折れてしまいそうなほど細い両足。その全てが銀色の金属で出来ていた。唯一青紫の短い髪だけは人間のようだった。


「アストロ・ロジーよ。ロジーでいいわ」


 ロジーさんは僕を引っ張って魔法陣から遠ざける。その手は金属で出来ているとは思えないくらい温かい手をしていた。



 

 ――


 


「拙者の存在を察知して三階へ身を隠すとは、流石はシヤベリ卿を打ち負かしただけのことはある」


 神竜隊の猿渡は、女神から与えられたスキル『隠密』を使って存在そのものを消し、外にある茂みから魔術学校の三階隅にある実験室を監視していた。


「だが、拙者の持つ女神のスキルまでは知らなかったようだな。ならば、ここで排除させてもらう」


 猿渡は、女神ダレーテルによってこの世界に転送されてきた堕ち勇者だ。今の彼には、元の世界での生活全てを奪い去った女神への恨みしか無かった。


「女神への恨みを募らせ続けていた拙者たちを救ってくださったのがシヤベリ卿だったのだ。神竜教の教祖が代替えしようと興味はない。拙者たちはシヤベリ卿のために存在する神竜隊! その怒りを鎮めるために……ここで死ね、平野頼来!」


 サウスは右手の中指を親指で押さえ、デコピンのポーズをとる。


 彼が作る一撃必殺の鉛玉は、たとえ厚い壁であろうと、強化された勇者の耐久力であろうと耐えられるものではない。


 渾身の力で溜めたデコピンの先から鉄の鉛が出現する。衝撃を与えられただけで発火するその球体は、真っ直ぐ進み、必ずや対象の命を刈り取るだろう……!


「あ、あの! そんな所でな、何してるんですか……?」


 発射寸前の鉛玉は、甲高い声を発した獣人の一声で動きを止めた。

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