秘密の部屋②
「あり得ん……教祖様であるシヤベリ卿が、御自身で招集した『神竜隊』に殺されるなど、そんな馬鹿なことがあるわけがない……」
教壇で頭を抱えるナインお椀先生は、一人でぶつぶつ独り言を言っている。そこまで宗教の人が倒されたことを思い詰めるとは思わなかった。
……いや、思い詰めなきゃいけないのかもしれない。
僕は今まで、宗教の人をあくまで自衛のために倒してきたけれど、これは立派な殺人。以前の世界なら牢屋行きだ。
例え宗教の人だろうと生命を軽視するのは良くない。これからはどんな人が相手でも、きちんと話し合っていこう。
「……貴様、あの時言った『オーダーメイド』とはやはり、貴様一人で竜を独占するという意味合いだったのだな?」
「え? そうだけど」
突然何を言い出すかと思ったら、どうやらナインお椀先生も、僕の持ってるオーダーメイドの龍の服が欲しくてたまらないらしい。
もしかして、シヤベリさんは僕の服を狙って襲いかかってきたのかな? ……だとしたら僕は、取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。
「そんなにみんな、『僕の』龍が欲しいの?」
僕は恐る恐るナインお椀先生に聞いた。かっこいいからという軽い気持ちで作った服が、まさかここまで大きな火種になることを誰が予想できただろうか?
「……この期に及んで今だに『自分の』もののように言い張る貴様には感心するな。いや、その覚悟が本物だからこそ、妨げとなるシヤベリ卿を葬り去ったのか」
……いや、シヤベリさんを葬り去ったのは宗教の人が厄介そうで自衛したからです。まさか、僕の服狙いだったなんて。
でも今更、いつもの宗教の人だと思って間違えて倒しちゃいましたなんて、口が裂けても言えない。
「ええっと、その……これから僕はどうなるんでしょうか……?」
僕は恐る恐るナインお椀先生に今後について尋ねる。
今までこの世界では平和的に生きていくことを大事にしてきた僕。しかしこの一件で、僕とファウンドの第一印象が『宗教勧誘が厄介だったから命を奪う、頭のおかしい殺人鬼』になって世間に広まってしまう。そうなればこれからの平和な毎日が失われてしまうだろう。
「……私からは何もせんさ。ただ、神竜隊の他の四人は、貴様を認めぬだろうな」
「神竜隊……?」
僕は先生が発言した聞きなれない言葉に思わず首を傾げる。初めて学術都市に来た時も先生は銃を持ってそんなことを言っていた気がする。
「どうやら貴様は、私も知らされていなかったシヤベリ卿の計画。その全貌を知っているようだ。ならば、ここは貴様に全て任せようではないか。竜を目覚めさせてその力を示し、女神に代わる『真の』神竜教を世界に広めてみせろ」
ナインお椀さんはなにやら納得したような表情で教壇から降りる。別に僕の服を自慢するのはいいけど、それが宗教とどういう関係があるのだろうか?
「では、私は計画通りに文化祭当日は『警備』を遂行しよう。……それと、シヤベリ卿の死は極秘事項とする。神竜教の教祖が死んだとなれば、この教えが今後広まることは無くなるからな」
……エランス達にもう喋っちゃったんだよな。
ナインお椀さんはきびきびと動いて教室を後にする。残された僕は、なぜ僕の服と宗教に関わりがあるのか分からず、ずっと立ち尽くしていた。
――
僕は教室から出て、みんなの待つ食堂へと向かう。ファウンドがケーキのレシピを教わって以降、食堂は僕たちの憩いの地になっていた。
「遅かったわね平野。話の内容は大体想像がつくわ。計画の要だったシヤベリ学園長が死んで、先生はあなたに竜を任せたんでしょ?」
「……すごい。なんでわかるんだ?」
エランスは時々、未来予知を持ってるんじゃないかと思うくらい頭がキレる。
「当然じゃない。あなたが倒したのは、それだけ重要人物だったってこと。どこまであなたが考えてるのかは今まで分からなかったけど、まさか『偽竜教』の教祖に成り替わるとはね」
エランスは何を言ってるんだろうか。僕がこの学術都市でしたことなんて、部屋と服を自慢したくらいだ。宗教の教祖になった覚えはない。
「そんなよく分からない宗教に構っている暇なんてないよ。僕はファウンドとの問題を解決するので忙しいんだ!」
「ご主人様、私との問題とは、一体……?」
……まずい。ケーキを持ってきてくれたファウンドにどうやら聞かれてしまったらしい。
「問題というのは、ほら……『竜の祠』が何処にあるのかだよ! ファウンドと一緒に旅をしていく中で、うっかり寝てる龍を起こすわけにはいかないからね!」
僕が苦しい言い訳をしているのを見兼ねたのか、エランスが話を続ける。
「……竜の祠はこの学術都市から西にあるわ。そこは荒れ果てた荒野でもちろん誰も住んでいない。ただ社と石碑があるだけよ」
やたらこの世界の龍に詳しいエランスは僕の苦しい言い訳を上手く誤魔化してくれた。
「最近ご主人様の様子がおかしかったのは、竜を気にしていらしたからですか。……ですがエランス、その言い方ではまるで、社と石碑以外辺りには何もない口ぶりです。肝心の竜は何処にいるのですか?」
人数分のケーキを配り、紅茶を注いでいる僕の完璧な部屋は、僕が気になっていた点を淡々とエランスにぶつけてくれた。
「それは、竜が持つ特有の魔法の力です。この世界で生物の理から外れ、食事もせずに顕現する竜に唯一与えられた力……『空間魔法』。それによって竜は、誰からも干渉を受けずに眠りについています」
エランスは立ち止まり、ファウンドを見つめる。僕とファウンドはエランスの行動に疑問符を浮かべている。
「ファウンド様……あなたの何もない空間から物体を出現させる魔法は、竜の使う『空間魔法』と全く同じです。さらに、ファウンド様は魔族すらも容易く倒す力を所有している。はっきり申し上げて、勇者の中では最強です」
エランスはミルクレープを食べながら、ファウンドをじっと見つめている。
「ファウンド様が勇者として規格外な点と、竜にはどんな関係があるか、私にも分かりません……平野、あなたが持っている『龍の鍵』は、竜の空間魔法に唯一干渉できるアイテムなんだから、大事に持っておいてよね」
「任せてよ。ちゃんと僕の制服の胸ポケットに入れてあるから」
僕は制服の膨らんだ胸ポケットを見せつけて、間違いなく所持していることをエランスに示す。
「それならいいわ。平野は『偽竜教』の教祖になったんだし、勝手になんでもしてなさい。私たちも、できる限りの支援をするわ」
「ええ……」
そう言うとエランスは先にホテルに帰ってしまった。やっぱり、僕はエランスから除け者扱いされているようだ。
「へ、平野さん! か、かっこいいです!」
ことの顛末をケーキを食べながら見ていたレーブンは、何故か僕に羨望の眼差しを向けていた。




