表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/80

シヤベリの部屋


 ……もうすぐ、もうすぐだ。この学術都市に、人間共の悲鳴が鳴り響くのは。


 学術都市中心『アルテミス』その最深部で、魔族のシヤベリ・ズーキは密かに、計画の準備を完了しようとしていた。


 シヤベリにとって学術都市の研究は魔族の研究成果の足元にも及んでおらず、幼稚な技術としか思えなかった。我ら魔族ですら手を焼いている、女神の転送技術を調べる研究などもちろん失敗作しかなく、全く進展していなかった。


 学術都市に見切りをつけて魔王城に帰還しようとしていた時、魔王城からの依頼が届き、依頼を達成することに全力を投じてきた。


「ククク、『強き勇者を予言する学術都市の予言を受け取り、転送直後の勇者を捕らえ、女神の情報を引き出せ』。魔王城からの依頼は生温い。目的の勇者を捕えるだけではなく、他種族の王族も捕えるべきだ。他種族に人間共への恨みを募らせ、種族間の戦争を引き起こすのだ!」


 シヤベリは強欲だった。その強欲さ故、シヤベリは人間の研究機関の中心に一席を持つまでに至った。シヤベリにとって魔族の発展の為ならば、他種族どころか世界すらもどうなっても良かった。


 それに、今回の魔王城からの依頼は既に達成したようなものだ。『アルテミス』にある神殿が勇者の出現を予言したということは、その勇者はそれ相応の強さを持つ。


 シヤベリは人間の傭兵部隊ノナンズを始まりの地に送り込み、予言にあった勇者を魔術学校の独房に軟禁することに成功した。


 喋るのかすら怪しい勇者のため、未だ情報こそ引き出せていないが、私めの計画を妨害するであろう抑止力の芽を初めから潰すことができたのは大きい。


「……『ナイン01』、いるか?」

「はっ、ここに」


 シヤベリはアルテミスの傭兵部隊であるノナンズの首領を呼びつける。この地位に至ってからは、学術都市の住人は全て私の操り人形だった。


「計画は予定通り、一ヶ月後に始める。貴様ら『ノナンズ』は引き続き、周辺の監視、異教徒の捕縛を優先しろ」

「承りました。我らが教祖、シヤベリ卿よ」


 この学術都市には一つの宗派が存在する。神は女神ダレーテルではなく、未だに西で眠り続ける竜であるという教えだ。これは、この都市の最高権力をもつ私めが翼人族の『神竜教』を私めの都合のいい教えに変えて布教したものである。


 神を崇拝するこの世界では到底受け入れられない教えのように思えるが、人間の守護者である勇者が人間達を襲い始めた辺りから、この教えの信者は急速に増え始めた。


 自滅していく人間共の姿に、シヤベリは笑いを堪える。この学術都市の神竜教信者は、ナイン01たちノナンズを含めて、シヤベリの洗脳魔法一つで思うがままに動く。


「フフフ、教祖である私めが、眠り続ける『竜』を目覚めさせてやるのだ。ありがたく思え」


 シヤベリの作戦は全てを手に入れるものだった。この学術都市の地下にある魔造兵器『スズメノカタビラ』を起動して、地下から完全防壁の外に脱出。西にある竜の寝床を魔造兵器で破壊し、竜の逆鱗に触れる。


 怒り狂った竜を誘導し、魔造兵器を所有していた学術都市を襲わせるのだ。

 

 この学術都市には現在、シヤベリの誘導によって、各種族の有力な人物の末裔が集まっている。しかし、この世界に単独で顕現する竜には、手も足も出ないだろう。


 自分たちで作ったドームから逃げ出せず、ひたすら竜の火で焼かれ続けるのだ。当然、外にいる各種族は怒り狂う。期待の若い芽を潰された怒りで、竜を滅ぼすため学術都市に向かうだろう。そうなれば、シヤベリの計画は完成する。


 怒り狂う竜と、冷戦状態の種族間での争いの始まり。それが人間の中心地であるグデーン王国に近いこの学術都市で始まれば、今度こそ人間は全滅する。シヤベリは自身の完璧な計画に、笑いを堪えきれなかった。


「いかがされましたか。教祖様」

「ん? ああ気にするな。それよりも貴様らは、徹底的に異教徒共の捕縛をするのだ。さっさと行け」


 今更人間共の中でもはぐれ者な集団を相手にしている時間はないシヤベリは、厄介そうにナイン01を追い払う。


「はっ。……シヤベリ卿。一つだけよろしいですか?」

「……言ってみろ」


 普段ならすぐに引き下がるはずのナイン01が、シヤベリに何か意見するなど初めてのことだった。計画が目前まで達成されて機嫌がよかったシヤベリは、知識の強欲さもあり、ナイン01の発言する内容に興味があった。


「客人からの伝言です。『これはオーダーメイドなんだ。誰にも譲れない』」

「…………そうか」


 シヤベリは、部屋から出ていったナイン01の言葉の意味が分からないまま、その言葉を忘れ去っていった。



 ――



「集まっているな、『神竜隊』よ」


 シヤベリは、アルテミスのラウンジにいた四人に話しかける。


「キャッキャッキャ! これが『アルテミス』の中かあああ!! 中々広えじゃねえかああ!」


「うるさいぞ上江州うえす。神竜教の格が下がる」


「……やかましいね。滅べばいいのに」

「右に同じく」


 神竜隊。この学術都市の中心的人物であるシヤベリを前にしても全く動じないこの四人は、女神ダレーテルによって転送されて来た勇者だ。彼らは『堕ち勇者』の中でも一際強いスキル二つ持ちだ。その実力を見込んだシヤベリは彼らを神竜教へ引き入れ、『客人』として扱っている。


 堕ち勇者となった彼らからは女神の情報は引き出せない。いや、覚えていないのだ。


 女神の情報を口にだそうとした勇者は、この世界の理で一人残らず神の雷によって女神との邂逅を忘れてしまう。善悪すら明瞭でない転送直後の勇者でなければ、女神の情報を引き出すことは不可能なのだ。


「さて、そろそろ計画を遂行する段階に来た。『神竜隊』の貴様らには、私めが竜を目覚めまさせるまでの出入口の封鎖を任せる」


 学術都市に来る方法はモノレールしかない。そのモノレールさえも各種族の領域からやってこれる三箇所のみで、出入りは非常に困難になっている。


 シヤベリは、目が虚なまま叫び狂う堕ち勇者の一人の前に立つ。


「上江州。貴様は機械人(デウス・マキナ)だ」

「キャッキャッキャ! 俺様はあ! 機械人(ガラクタ)共の住処あ! 『逆説地帯(パラドクス)』行きの駅をすりゃあいいんだなあ!」


 叫び狂う男を無視して、シヤベリは包帯を目に巻いて佇む刀を一振り背中に背負った男の前に移動する。


猿渡さわたり。貴様は獣人(ビースト)だ」

「拙者は獣人の都市。『楽園(シャバ)』行きの駅か」


 シヤベリは最後に、ネイルを付けている女とその隣に無言で佇む鳥のように尖った鼻の白い仮面を被った男の前に立つ。


あずま、北崎。貴様らは……」

「人間の始まりの地行きでしょー。りょーかい」

「右に同じく。王都行き」


 人間の領域にある学術都市は勇者を軸に設計されている為、始まりの地と王都行きの二つの駅が存在する。既に強力な勇者は捕らえているものの、魔王城から知らせのあった例の勇者が来たら厄介なので、二人の堕ち勇者がこれの殲滅にあたる。


「これで誰も入れず、誰も出られない完璧な会場(ステージ)の完成だ!……ククク、唯一神である竜の目覚めを、私めらで祝おうではないか!」


 女神から見放された哀れな勇者共の結末が、救いをもとめた竜の怒りで焼かれるとは、なんとも滑稽なことだ。



 ――



 シヤベリはラウンジを出てアルテミス最深部に戻り、高らかに宣言する。


「さあ、始めよう! これから学術都市には竜の怒りが降り注ぎ、種族を超えた嘆きと悲鳴が溢れかえる! 後に残るのは種族間の恨みと怨嗟の感情のみ! 魔王様も、さぞお悦びになるだろう!」


 人間の研究機関の中心部でひたすら笑い続ける魔族を止められる勇者は、この場には誰一人として存在しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ