食堂の部屋
魔術学校にある食堂はかなり広く、圧迫感を感じない開放感のある天井に、木造で出来た壁や柱や長テーブルがやってきた人達を落ち着かせている。
椅子はソファになっており、寛ぎすぎて抜け出せなくなっている者もたまに見かける。外には丸テーブルと椅子があり、学校の景色を見ながら食事を摂れるようになっている。
設備の充実具合もすごいが、魔術学校の食堂にいつも活気があるのはそれだけが理由ではない。この食堂の学食が恐ろしいくらい美味しいからだ。
「この食堂の料理って、本当に美味しいんだよね。授業が終わったらここに寄っちゃうみんなの気持ちもわかるよ」
「全くね。研究機関もあるこの学校では、研究を続ける持久力も必要。だからこそここの学食は、栄養に気を遣った美味しい定食がいくつもあるのよね」
エランスは料理の一覧のポスターを見ながらしげしげと語る。定番所では生姜焼き定食、唐揚げ定食、肉野菜炒め定食や、焼き魚定食も海水魚から淡水魚までのレパートリーがあって、見ているだけでも楽しい。
ちょっと豪華にすればすき焼き定食やステーキ定食なんかもあり、気分に合った料理に必ず出会える。
「これからの作戦会議も兼ねて、とりあえずお昼にしましょう。そういえば、ファウンド様はここにいらっしゃるのよね?」
「うん。そうだよ」
僕たちは食券を買って厨房へと向かう。
先ほどの闇鍋婆さんの件で再び腰を痛めそうだったので、カルシウム多めの『牛乳仕立てのシャケと小魚定食』を選んだ。料理名は転送者が多いという学校のため、以前の世界に近い名前になっている。ちなみにエランスは、『納豆付き肉じゃが定食』を選んでいた。
僕たちが厨房に辿り着くと、そこには普段とは異なる風景が広がっていた。
――そこには、種族の争いが絶えることのない戦場があった。数多くのローブ姿の生徒達が厨房のカウンターにひしめき合っている。種族の垣根すらなく、ひたすらに目的の場所に我先に辿り着こうとしていた。
「どけ! 俺が先にこの料理を食べるんだ!」
「いいえ! これは私が食べるのよ!」
「何を言う! おいどんが先でごわす!」
なんだか近寄りがたい雰囲気に、僕とエランスは思わず後退りする。すると、厨房の出口からファウンドが出てくる。遠くから僕たちが来たのを認識したらしい。
「お疲れ様です、ご主人様。本日の授業はいかがでしたか?」
「お待たせファウンド。ちょっと腰を痛めたけど、授業は無事に終わったよ」
僕は近寄ってきてくれたファウンドの銀の髪を撫でる。さらさらとしたその髪は、抵抗なく僕の指の間をすり抜けていく。
「ファウンド様。厨房の前で群がっている方々は、一体どうしたんですか? 皆、正気とは思えませんが」
エランスの言う通り、魔術学校の生徒達は必死に食券をカウンターに置こうとしている。対応している方も、整理番号の札の枚数が間に合わなくて、対応に必死だ。
「……あれは、私の責任です」
ファウンドは厨房を眺めて、悲しげな目をする。
「何言ってるんだい! ファウンドちゃんはあたしらに料理の革命を見せてくれた神の申し子だよ!」
騒ぎの渦中から抜け出して、ファウンドのことを褒めてくれたのは、僕より年上と思われる感じの良い人間のおばちゃんだった。白いエプロンに三角巾を頭に被り、にこやかに笑う姿は、食堂に来た誰をも明るく照らしていた。
「……レシピーナ先生、ありがとうございます」
ファウンドはエプロン姿のおばちゃんに頭を下げてお礼をしている。コミュ障を拗らせて変な人に付き纏われている僕と違って、ファウンドは人との付き合い方がだんだんわかってきたようだ。成長に思わず涙がこぼれる。
「良いってことよ。それで、隣の子らがファウンドちゃんの言っていた子たちなんだね?」
「…………はい」
おばちゃんの言葉に、顔を赤くするファウンド。
ファウンドの気持ちはよく分かる。自分のプライベートを誰かに明かすのは恥ずかしいものだ。人付き合いが上手くなっても、そこに変化はないらしい。
「あんたがファウンドちゃんの主人かい? あたしはメニー・レシピーナ。この食堂の経営者さ」
「初めまして、僕は平野頼来。ファウンドの主人です」
僕のことをよく分かっているレシピーナさんと固く握手をする。その手はゴツゴツしていて乾燥していたけど、温もりと優しさに溢れていた。
エランスもレシピーナさんとの挨拶を交わし、僕はなぜファウンドのことをあんなに褒めてくれたのかを尋ねる。
「そりゃあ、この子が作るケーキが一級品だからさ! 今までこんな美味しいケーキには、出会ったことがないくらいにね!」
いつの間にか僕たちの周りに集まっていた食券を握りしめた方々が、リシピーナさんの言葉を肯定している。
どうやら、ファウンドのケーキは相当人気らしい。
「そんなに美味しいなら食べてみたいな。ファウンドの作ったケーキ」
僕の言葉を聞いた途端、皆んな僕を宿敵を見るような目で睨みつけてくる。……皆んな、そんなにファウンドのケーキが食べたいのか。
「……かしこまりました。ご主人様」
ファウンドは顔を赤くして、お腹からケーキを出してくれた。ケーキは開放感のある食堂を一気に圧迫するくらいの大きさで、高く積み重なったスポンジは、もうすぐ天井に付きそうだった。
「ええっと、ファウンド。これは一体……?」
これには流石の僕も動揺してしまう。おやつで食べるくらいのショートケーキを想像していたので、この高く聳え立つケーキには、思わず言葉を詰まらせてしまった。
「ご主人様への感謝の気持ち……です。そして、私が見たい景色は……これから見れます」
言葉の出ない僕を尻目に、ファウンドはお腹から長いナイフを取り出す。先ほどよりも顔を赤くしたファウンドは珍しく黄金の目が泳いでいて、僕をまともに見てくれない。
「ご主人様……一緒に……切ってくれますか?」
顔を下に向けて、長いナイフの柄を両手で持って僕に差し出してくるファウンド。少し下に下がったナイフの剣先が震えていることからも、ファウンドが相当緊張していることがわかる。
「ファウンド、君は……!」
僕はナイフを差し出すファウンドの想いに応えるため、ナイフの柄に手を伸ばした――
「異教徒おおおお!!! 『偽の竜』を祀る邪教徒どもがああああ! 全て根絶やしじゃあああ!!!」
「おい平野頼来! 姉さんの姿が見えないぞ! お前が何かやらかしたんだろ! さっさと居場所を言え!」
「エランスううう!!! 校庭百周のペナルティは、まだ終わっていないぞおおお!!!」
初めから混雑していた食堂は、カオスな人たちの参入で、より混雑しだす。周りにいた食券を持った人たちは異教徒扱いされ、竜巻で吹き飛ばされ、筋トレをさせられている。
「…………です」
隣にいるファウンドは小声で何か言う。よく聞き取れなかったな?
「邪魔です! 全員排除します!」
ファウンドは機関銃を両手に持ち、荒れ果てた食堂を粛正していく。ちなみにファウンドが使っている銃の玉は『あくまで自衛ゴム弾』なので、死傷者が出ることはない。……はずだ。
ゆったりとした時間は終わりを告げ、高く聳え立つケーキを中心に、食堂には銃撃音と阿鼻叫喚の声が響き渡っていた。




