ど根性の部屋
「……それじゃ、どうする平野?」
「どうするって言われてもなあ」
僕たちはテラファネア先生こと闇鍋婆さんの奇行に困惑し、彼女の今後について考えていた。
「魔族の意図とは関係なく、偽竜教を信仰している者。……正直、私としては何とも言えないです」
流石のウールさんも闇鍋婆さんの扱いには困っているようだ。単純に信仰しているだけなら勝手だが、このまま放っておくと魔族に都合よく利用されてしまうかもしれない。
やはり、彼女を説得して竜への信仰をやめてもらうしかない。
「闇鍋婆さん……じゃなかった、テラファネア先生。僕からご提案があります」
僕はテラファネア先生にある提案をしようとするが、当の先生は全く話を聞いておらず、僕の龍の服ばかりを見て恍惚とした表情になっていた。
「こりゃダメね。このエルフ、服の印刷とはいえ初めてこの世界の唯一の存在である竜の姿を見れて相当喜んでるわ」
そんなにこの服を気に入ってもらえるなんて光栄なことだが、流石に僕のお気に入りの服なので渡すわけにはいかない。偽竜教への信仰をやめられないのは仕方ないが、服に関しては引き下がってもらうしかない。
「仕方ない。エランス、その服を返して」
「あのエルフに打つ手はもうないから諦めるの?」
「そんなわけないだろ。完璧な作戦を思いついたのさ!」
僕は保健室のカーテンでテラファネア先生の視界を遮り、エランスから服を返してもらう。
テラファネア先生が「主よ! 一体どこに行かれたのですか!?」とか言い始めてウールさんに詰め寄りかけてるから、早めに何とかしよう。
僕はエランスから差し出された服を受け取り、頭と手を出さずに中途半端に着た。……名付けて、『ど根性龍作戦』だ!
――
「闇な……じゃなかった、『聞こえるか? テラファネア・ルミナスよ』」
「はっ! もしやそのお声は! 愛しの主様!」
保健室の白いカーテンが開く。僕は顎をしゃくれさせて、中途半端に着た服から出来るだけ低い声を出し、服に描かれた龍の口を手でパクパク動かす。
どうやら闇鍋婆さんには効果があるようで、僕の考えた完璧な作戦は上手くいきそうだ!
……だから、エランスとウールさんは僕たちを見て、そんな虚無顔にならないでほしい。
「『この声は其方にしか聞こえておらん。今から言う我の言葉を、しかと心に刻むのだ』」
「はっ! このテラファネア・ルミナス。主様のお言葉を決して聞き漏らさないことを、この七百年の齢に誓いましょう!」
テラファ先生は龍の言葉を聞くと、土下座をして、首を上げようとしない。……これ、もう口パクしてる手の動きいらないのでは? ちょっと楽しいからやるけども。
「『良い心がけだ。私から望むことは二つ。一つ目は、学術都市に蔓延る神竜教の教え、その広がりを抑えることだ』」
「!? な、何ですって!? 主様! 私は神竜教の始祖である主様がいなければ、生きていけません!」
土下座していた闇鍋婆さんはいきなり立ち上がり、僕のお気に入りのシャツを引っ張り回す。服の龍は引っ張られたり縮んだりで忙しなく動いている。
「ちょ! 破けるからやめ……『落ち着くのだ。テラファネア・ルミナスよ』」
僕の低い言葉が届いたようで、闇鍋婆さんは正座し直す。
「『よいか? 其方が信じる神竜教のみが、唯一無二の真理なのだ。この学術都市に蔓延る神竜の教信者は……我々の敵だ。これ以上の蔓延を防ぐことを望む』」
「……! やはりそうでありましたか、主様! 私以外の神竜教は全て異教徒! 主様のお言葉を聞いた、この私こそが正義!」
闇鍋婆さんは手を合わせて、僕の服を神々しく見つめている。
「『そして、私が望む二つ目は、この世界に存在する絶対悪の是正だ』」
「絶対悪の……是正!?」
闇鍋婆さんは驚いたように目を丸くしている。「ちょっと! そんなの聞いてないわよ!」なんて声が、隣から聞こえるが、僕は構わず続ける。
「『ここより南に向かった先に、始まりの地という場所がある。そこには其方と同じ、街唯一のエルフが存在する』」
「何ですって! あんな辺境の地に、エルフが存在していたなんて!」
驚きの声を上げる闇鍋婆さんと、驚いた顔でこちらを向くエランス。
「『其方には、そのエルフの是正を頼みたい。ついでに、そいつの汚部屋も是正されてると助かる』」
ティオ婆は放置したらいけない存在だ。始まりの地に来た転送者達は、初めての異世界に期待を膨らませているはずだ。
それなのに、期待していたエルフが全く違うと分かった時の絶望を僕以外に味わって欲しくない。
僕が二度も味わった悲劇は、ここで終わらせるのだ。
「……承りました、主様。私が責任を持って、始まりの地にいる同族の是正に努めて参ります!」
「『うむ。では早速、行動に移るのだ。期待しているぞ』」
「……!! ありがたきお言葉! 主様のため異教の崩壊。そして、始まりの地にいる怠惰な同族を……粛声して参りますわ〜!!」
闇鍋婆さんは正座から一気にクラウチングポーズをして走り出した。これで、先生のお悩みは解決したかな?
僕はようやく龍の服から頭と腕をだす。まだまだ肌寒い季節だというのに、籠もった熱で汗をかいている。久しぶりに見た保健室に残った二人は、虚無を通り越した燃え尽き顔になって、その場に佇んでいた。
――
腰の痛みが引いた僕はウールさんに別れを告げて、エランスと共に廊下を歩いて、ファウンドがいる学食へと向かう。
「……あなた、どこまで計算して行動してるの?」
隣で歩くエランスが突然僕に尋ねてくる。
「え? 別にそこまで考えてないけど……?」
僕が腰を痛めて保健室で休んでたら、偶然ウールさんや闇鍋婆さんが来ただけだ。ファウンドのためならともかく、僕が私情で考えて行動するなどありえない。
「はあ……まあいいわ。無理な詮索はせずに行動を記録するのが巫女の務めですもの。それより、今は魔族である学園長の陰謀阻止が先決ね」
別に痛くもない腹を探られる事に抵抗はないが、エランスが気にしないのなら特に気にする必要もないだろう。
「たしか、戦争になるかもしれない状況なんだっけ?」
「そうよ。この魔術学校にいる生徒は恐らく、この学校の資料で煽られて、各種族から使命を受けてやってきた大物ばかりのはずよ。それも将来の種族を背負うであろう、ひたすら若い子たちね」
エランスは魔術学校のパンフレットを振りながら、半分恐怖、半分呆れたような表情をしている。
「とても正気とは思えないわ。恨みを全て王都に近い学術都市へ向ける事で、人間を根絶やしにした後に多種族での戦争を起こそうとしている。その火付けになるのが、今は眠りについている竜だっていうんだもの」
「この世界の龍って、今はどこで眠ってるの?」
龍がこの世界のどこかにいることは知っていたけれど、今現在の龍の状況までは知らなかった。
「この学術都市からちょうど西にある『竜の祠』で眠りについてるわ」
流石以前の世界での伝説上の生物。部屋に祠なんて名前がつくなんて。
「世界ダレーテルに存在する竜はただ一つ。その一直線にまっすぐな体には一切の無駄がなく、食物連鎖から解脱した完璧な存在。天高く空を駆けるお姿を見れた者には、一生の幸運が宿るとされているわ」
エランスがすごく真面目な顔をして語り出す。
……なんだ。やっぱりエランスも龍が好きなんじゃないか。これだけ詳細に特徴を述べる人が、龍を嫌いなはずがない。
「……でも、エランスにはこの服は譲らないぞ」
「…………いいわよ別に」
悔しがっているエランスに多少申し訳なさを感じるが、この服だけは譲れない。
……しかし、今まで多くの人から僕の服を狙われた理由は分かった。その内、この服が量産出来るようにしてあげたいな。
僕はこの世界でやるべきことを一つ増やして、エランスと学食に向かうのだった。




