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保健室の部屋③


 エランスの発言から、保険室には重い空気が漂っていた。その言葉にそれだけの重みがあることは、宗教と関わりたくない僕でも分かった。


「学術都市を中心とした種族間の戦争!? そんなことになれば人間や翼人族だけでなく、獣人や機械人、果てにはエルフすらも加わる大戦争が、この地で起こってしまうわ!」


 先ほどまで穏やかだったウールさんの表情には焦りが見える。


「ええ。勇者がこの学術都市で受け入れられていないのは、目的を確実に達成するため。不安材料は根こそぎ排除する……魔族がしそうな事だわ」

「……やはり、あの学園長は魔族だったのですね。教師も全て、洗脳魔法をかけられた『偽竜教』の信者でしょう」


 ウールさんは先ほどより落ち着いていたが、それでも表情は暗かった。


「私たち翼人族としても、これまでの魔族の非道は看過できません。『神の壁』がある以上、ダレーテルは全種族の共存を望んでいます。私たちは、この世界に生まれた生態系の頂点として、これからも共存していかなくてはなりません」


 この世界には『神の壁』という種族の生活範囲を区分けする壁が存在するそうで、長年の間種族の均衡は保たれて来たそうだ。


 ウールさんの言葉にエランスは頷き、椅子から立ち上がって保健室の扉へと向かう。


「全くね。私達はこの世界を創り上げた女神の意思を尊重していかなくてはいけない……そうでしょう? 『テラファネア先生』?」


 扉を見ながらゆっくりとした口調で話すエランスの前に、扉を開けたテラファネア先生が姿を現す。


「……あら、今日は体育の授業ですよ? こんな所で私語をしている余裕があるなんて、これは神竜教の調教が必要かしら?」


 背中にコウモリの羽のようなものをつけ、小さなとんがり帽子を頭に乗せたエルフのテラファネア先生は、OLスーツの太ももから鞭を取り出す。


 ……なんだか属性が多すぎて闇鍋みたいになってるなこのエルフ。


「バカにしないで! エルフ相手でも、少しくらいやれるんだから!」


 エランスは扉に立つテラファネア先生に突進していく。しかし、その突撃は見えない壁で防がれる。


「あら? 人間にしてはやるじゃない」

「くっ、エルフの『魔力障壁』か!」


 魔力障壁、以前ティオ婆の家に行く前にエランスからエルフの能力について教えてもらったことがある。

 エルフは他種族よりも魔素の扱いが上手い。その一つとして、空気中の魔素を操って魔法や物理攻撃を弾く能力があるそうだ。エランスの攻撃は、どうやらそれで防がれたようだった。


 攻撃を防がれて後ろに下がるエランスに、テラファネア先生は一瞬で詰め寄る。


「それじゃあ、アナタから調教してア・ゲ・ル」


 テラファネア先生は鞭をしならせてエランスへぶつける。鞭に当たったエランスからは電撃が一瞬見えた。


「痛っつぅ!……魔力による電撃。……確かに強力だけど、そうやって魔力で力押しするのは、エルフの悪い所よ!」


 エランスは、背中から服の下に隠された二つの小刀を取り出す。


「『キッチン流』!二の型『くし切り』」


 エランスは二刀を素早い勢いで動かし、テラファネア先生を切り刻もうとしている。しかし、その刃は見えない壁で全て防がれている。


「ウフフ、人間の流派程度の剣戟で、この私の魔力に抗えるとでも?」


 テラファネア先生は徐々にエランスに近づいていく、テラファネア先生の伸ばした鞭は、抗う術もなくエランスに絡みついていく。


「くぅ……!!」

「さあ、手始めにあなたからゆっくり調教してあげる! あら?」


 テラファネア先生が疑問符を浮かべると、エランスとの間にあった鞭が途中から無理矢理引きちぎられた。しかし、エランスは残った鞭で拘束されていて動けそうにない。


「あらあら、アタシのお気に入りの鞭だったのに。酷いことしてくれるわね」


 テラファネア先生はウールさんを見つめてニコリと言った。


「はあ……はあ……謀りましたね、邪教の信者よ」

「とても苦しそうね、ウールさん。翼人族のあなたがこの魔術学校に入学した時点で、空間への対策なら既に済ませていますとも」


 エルフは腕を振ると、保健室の至る所から紫の魔法陣を出現させる。どうやら、これがウールさんを苦しめている元凶のようだ。


 僕はいい加減ベッドから降り、テラファネア先生に向き直る。二人が長いこと話していた間に、腰の地雷も治ってくれた。


「もうやめてください、テラファネア先生! 保険室で休んでいる生徒に手を出すのは、教師として失格です」

「何言ってるの平野! 相手は魔族に洗脳された異教徒のエルフよ! 話が通じる状態じゃない!」


 床で鞭に絡まり身動きが取れないエランスが叫んでいる。しかし、いくら先生が変な宗教の信者でも、生徒を苦しめるなどあってはならない。ここは身を乗り出してでも止めるべきだった。


 僕を見据えたテラファネア先生は、ゆっくりと僕に近づいて来る。


「フフフ……フフフフ……!!」


 何が目的か分からないが、僕のことを凝視したテラファネア先生は満面の笑みだ。先生は僕より身長が高くて、正直ちょっと怖い。


「お会いしたかったですわ! 『主』よ!」


 テラファネア先生は僕の胸に一目散に飛び込んできた。支えきれなかった僕は立ち上がったベッドに再び倒れ込む。何が何だか訳がわからない。


「ああ! なんと麗しいお姿! その勇猛な瞳に、威厳のあるお顔! 全てを一身に宿したその身体は、七百年生きてきた私にとっての理想そのものですわ!」


「え? あ、ありがとう、ございます……?」


 やたら僕の胸に顔を擦り付けながら叫ぶテラファネア先生。大人の女性からこんなに甘えられたことがなかったので、僕は思わず気を緩めてしまう。いや、でも今七百歳って言ったぞ?


 しかし、太ももに当たるOLスーツ越しの胸といい、足先から感じるストッキングの感触といい、全てが未体験の感覚で、僕の思考は思わず止まってしまう。


「いつまでデレデレしてんのよ!!」


 僕はエランスから、あくまで自衛ハリセンを食らった。ウールさんは、ハリセンの大きい音で「きゃああ!!」なんて恐ろしい声をあげている。どうやらエランスは、鞭から自力で脱出できたようだ。……というかそのハリセン、ずっと持ってたんだ。



 ――



「つまり、あなたは平野が着ていたこの竜に飛びかかったわけね」


 エランスはテラファネア先生と、ついでに上半身裸でローブを羽織っただけの僕を正座させている。僕の自慢のオーダーメイドはエランスから没収され、彼女が両手に広げて掲げている。


「その通りです! 私の憧れ! 食物連鎖に加わらずに永遠の命を持ち、女神という偽りの存在すらも超越した普遍の存在! 主こそが! この世界の真実ですわ!」


 隣でヤバい格好の人がヤバい顔してヤバいことを叫んでいる。この人のことを先生と呼ぶのは嫌だし、これからは闇鍋婆さんとでも呼ぼう。


「全く。こんなやつを使役している理事長もどうかしてるわね。洗脳というか、盲信に近いわよ?」


 全くだ。これが魔族の洗脳魔法だとしたら、あまりにも自我を失いすぎている。


「何のことですか? あの理事長は、私に魔法なんてかけられませんわよ?」


「「は?」」


 僕とエランスは一気に疑問符を浮かべる。闇鍋婆さんも、さっきまで涎を垂らす勢いで顔面崩壊していたのに、急にまともな顔に戻らないでほしい。


「……つまり、あなたは魔族の洗脳を受けずに、『偽竜教』を信仰していると?」


 恐る恐る聞くウールさんに、闇鍋婆さんはハキハキとした表情をする。


「その通りです! あんな底辺魔族の洗脳魔法が、上位種であるエルフの私に効くはずがありませんわ! 私はただ純粋に! 完璧な存在の竜を愛し続けているのです!」


 正座の姿勢から一気に立ち上がった闇鍋婆さんは机に片足を乗せて勢いよく宣言した。スカートからストッキング越しに青い下着が見えるが、言動が狂いすぎていて全然嬉しくない。


 闇鍋婆さんは僕たち以外誰もいない保健室で推しへの愛を告げて、高らかに笑い狂い続けた。

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