独楽の部屋
『こんにちは、君たちは誰だい?』
…………独楽がしゃべった。
僕はエランスに意見を求めるが、彼女は僕をみて、「むしろ説明してほしいわよ!」という顔をしている。どうやらこの世界での交流方法ではないようだ。
僕たちが呆然としていると、独楽は地面に魔法陣を出現させて辺りを緑色に照らした。照らされた地面からは一直線にできた傷がたちまちに消えている。
「その魔法陣の形……! まさか!?」
ここに至るまでずっと大人しかったエランスが、息を吹き返したように驚いている。
「この独楽のしたことってそんなに凄いの?」
「凄いなんてもんじゃないわ! これは『再生魔法』と言って、発動している間に周囲を復元する魔法! ファウンド様の『蘇生魔法』と同じく、上位魔法すら上回る秘術の魔法よ!」
再生魔法? 独楽の周りにあった線だらけの地面がいつの間にか再び綺麗になっているのは、それが原因か。そして、独楽は線を新しく作り直している。そもそもこの地面に引かれた線はなんなんだ?
「……聞いたことがあるわ。勇者様達の世界にはかつて、『レコード』というものがあって、線の窪みを電気信号に変換して音にする機械が存在していたそうだわ」
へ? レコードとは、これまた昔の機材の名前が出てきたな。
エランスの言う通り、レコードは以前の世界でもかなり前にあった物だ。僕が音楽に興味を持った頃にはCDとカセットテープが主流の時代だったので、あの大きな円盤と吊るされた針にはかなり憧れがあった。
「平野! もしかして! これが勇者様達の世界にあるレコードなの!?」
「うーん……それは、ないんじゃないかなあ」
独楽が線を作っている間に、僕はエランスにレコードがどんなものか出来る限り教えることにした。
――
線を引き終わったのか、独楽は再び針を取り出して地面の線に針を乗せる。
『僕から挨拶すべきだったね。僕は円城井旦須。女神ダレーテルの使命を受けた転送者さ。あと、僕はレコードじゃない』
再び線を消して、円城井さんは地面に自分の名前をこの世界の読み方で書き、隣にニッコリマークを描く。どうやら彼はずっとヘッドスピンをしているが、一応人間のようだ。
「転送者ですって!? 勇者様がどうしてこんな所に幽閉されてるのよ! あなた、神殿と巫女はどうしたの!?」
エランスは何故か激しく動揺している。神殿って、前にエランスがカクレータ村で過ごしていた時の、神社みたいな建物のこと? そんなものが今、なんの関係があるのだろうか?
すると円城井さんは高速で線を引き直し、針を当てる。
『僕にもよく分からない。気がついたら『始まりの地』という場所にいて、そこでしばらく滞在していたんだ。けど、武装した人たちが僕を見つけるなり捕獲して、学術都市に連行したんだ。そうしたら、いつの間にかこんな場所に……』
回転する円城井さんは、どうやらナシストと似たような境遇の別世界から来た人で、武装した変な人たちに攫われてこんな所にいるらしい。
……武装した集団が、回転する大きな独楽を捕まえようと必死で追いかける姿を想像して吹き出しそうになるのを堪える。
「武装集団……恐らく、モノレールで突然襲ってきた『ナイン01』達ね。『アルテミス』にある神殿が、勇者様の出現を予言したのでしょう。でも、この学術都市は『神竜教』の信者が覆いつつある。学術都市全体で勇者様の存在が邪魔だと判断された結果、神竜教の監視が最も強いこの魔術学校で幽閉されてる……ってところかしら」
……流石はエランスだ。何を言っているのかさっぱりわからない。
エランスは僕の部屋友である、と同時に宗教の人だ。僕は彼女の発言の幾つかには、目を瞑らなきゃいけない事が多くて苦労している。
「お椀さん達の話は置いといて、とりあえず円城井さんを助けよう。このまま独房に閉じ込められたままはつらいだろうし」
僕が円城井さんを牢屋から出そうとすると、円城井さんは僕の前の地面に『待って』とこの世界の言語で書いた。
「そうね。ここで彼を独房から出すのはよくないわ。ここで神竜教のやつらから変に勘繰られたら、私達の立場が危うくなるだけよ」
どうやらエランスの意見に円城井さんも同意見らしく、回転しながら体をゆらゆら揺らして否定の意を示した……器用に動くなー。
僕が円城井さんの動きに感心していると、再び彼は地面に線を引き直し、針を乗せた。
『学術都市にいる民達は、魔族に扇動されている。少なくともこの魔術学校は既に、魔族の手にかかっている』
「……そのようね。さっきあなたを拷問していたのは、間違いなくシヤベリ理事長だった。ファウンド様が正体を暴いてくれたおかげで、ここにいる教師全員がクロなのは確定ね」
久々にエランスが指を口に添えてブツブツ考え事をしている。円城井さんがそこにいたいというなら、僕からはもう何も言うことはない。
「…………! そうだ! エランスにどうしても言いたかったことがあったんだ!」
「本当なの、平野!? 一体何を思い出したの!?」
エランスが爪先立ちで興味津々な様子で僕に近づいてくる。
「明日の授業は……実技だ!!」
僕はロープとシャツを一気に脱いで、半袖のクールな内に秘めた獣を曝け出す。明日の授業は半袖ならなんでもいいという意思表示だったのだが、エランスはこの獣の姿がカッコ良すぎて何も言えないらしい。
すると、独房にいる円城井さんがなにやら再び線を引いて、そこに針を乗せた。
『その竜の服……まさか、君は竜を利用しようとしている魔族の計画を知っているのか!?』
エランスは驚いたように円城井さんと僕を交互に見る。
……どうやら、彼にはわかるようだ。この服の良さが! そして、この服を欲する者がどれだけ多いのか!
「当たり前さ。僕はどんな奴からでも、この龍を必ず守り切る! 例え誰が望んでも! 欲しても! この龍だけは渡さない! もちろん、君にもね」
何故ならこれは、僕のオーダーメイドなのだから!
「…………素敵です。ご主人様」
「!?」
『……どうやら、君になら託せそうだね。この鍵を』
円城井さんは音声を再生して、独房から鉄格子越しに鍵を静かに置いてくる。アパートでよく使われてる形状のディスクシリンダーキーだ。
『それは、西の地で眠りについている竜の部屋に入るための鍵だよ。以前始まりの地にいた時に、竜本人から頂戴したものだけど、僕は今回動けそうにない。でも、君にならその鍵を託せる』
「……分かった。受け取るよ」
僕は円城井さんからありがたく鍵を受け取る。龍の眠る部屋……まさか龍が、自分だけの部屋を創って眠っているなんて。ここまでファンタジーになってくると、異世界に来た実感が湧いてくる。
「……平野、あなた本当にその鍵を持つ意味が分かってるんでしょうね?」
ウキウキな表情の僕を見ながら、何故かジト目で話すエランス。
「当たり前じゃないか。僕は本物の龍をこの目で見たい。そして、龍の部屋を確かめたいんだ!」
円城井さんがどうして龍から鍵をもらったか分からないけど、龍自身が創り出した部屋だし相当気合が入った部屋なのだろう。是非とも龍に会って、部屋へのこだわりについて聞いてみたいものだ。
「はあ……また無茶をいうわね。まあいいわ、付き合ってあげる。ファウンド様、よろしいでしょうか?」
「承知しました。ご主人の行く所、どこまでもお供いたします」
「助かるよ、ファウンド、エランス」
ファウンドは勿論だが、エランスも本当に僕の良き理解者だ。宗教の人であることが勿体無い。
「それじゃあ、円城井さん。必ずそこから脱出させますので、もう少し待っていてください」
円城井さんは『竜の鍵』を持っていたくらいだ。彼も龍の部屋を見たいに違いないので、準備が出来たら脱出させる約束をする。
僕の言葉を信用してくれたのか、円城井さんはヘッドスピンしながらサムズアップしていた。ちなみに彼は逆さまなので、こちらから見ると大分失礼なハンドサインになっていた。……ずっと回ってたな。
僕たちは円城井さんと別れ洞窟から脱出し、夜の校舎を後にした。




