独房の部屋
テラファネア先生がエランスのボイコットに激怒したので、今日の授業は終了した。僕たちは空いた時間に食堂に行き、学食のスイーツを堪能することにした。
「わ〜! こ、これが人間達が作る料理なんですね!」
レーブンはモンブランをまるで宝石のように眺めている。
「異世界にある学食のスイーツは気になっていたけど、まさかこの世界でケーキを食べられるとは思わなかったな」
僕はチョコレートケーキを頬張りながら異世界感のなさに苦笑してしまう。
「……ご主人様。これは異常事態です」
ファウンドはしげしげとショートケーキを見つめる。レーブンのキラキラした目と違って、ファウンドはショートケーキをその目で消し炭にしそうなくらいじっと凝視している。
「どうしたのファウンド? 『探索者』が毒性でも検知した?」
探索者とはファウンドの中にある成分検査システムだ。以前の世界の成分なら全て判別することができる。
しかし、ファウンドが探索者を使った様子はない。まるで、ショートケーキに魂を吸い取られてしまっているような放心状態だ。
「……感動しました。ご主人様」
「へ?」
「私はご主人様に従う部屋として、この料理を完璧に再現しないといけません」
何かを決意したかのようにファウンドは立ち上がり、ショートケーキを空高く掲げる。急に立ち上がるものだから、隣で食べていたレーブンが「ひゃあ!」と驚いてしまっている。
「ご主人様、しばらくの間失礼します。このファウンド、ここにある『ケーキ』というスイーツ全てを再現してみせます」
ファウンドは制服のローブを翻し、学食の厨房に突撃して行った。
「ファ、ファウンドさんはだ、大丈夫でしょうか?」
「まあ、大丈夫でしょ」
昨日のアポカリプスさんとの一件以来、ファウンドとの信頼関係はさらに増している。しばらく彼女の好きにさせても問題ないだろう。
ファウンドにはこの世界を満喫して、思ったことを正直に僕に伝えてほしい。
僕はファウンドの探究心を嬉しく思い、何度も頷きながらチョコレートケーキを頬張る。なぜかレーブンはキラキラした目を僕に向けている気がした。
――
スイーツを楽しんだ僕とレーブンは学食を後にする。ファウンドはケーキを作る料理人達の技術を勉強している間に、この学校の転送実験をしているという場所を探しておくことにした。
初めて校舎を見た時も思ったが、魔術学校は魔術なんてついているけど、本当に以前の世界にあった学校の再現だった。
エランスが言うには、この学術都市は勇者の協力があって創られたというし、きっとナシストのような転送者たちが以前の世界を懐かしんだのだろう。そのおかげで、僕は道に迷わずに済んでいる。
しかし、僕とレーブンは目的の場所を見つけられなかった。
「……まさか、三階に踏み入ることすら出来ないなんて」
「し、神竜教は、この学校にと、とても影響を及ぼしているみたいですね……」
僕が行こうとした目的の場所は、三階の研究室にあることがすぐに判明したが、何故だか通行止めになっていた。
周辺の人に聞いたところ、「神竜教の妨害が激しいせいで、勇者関連の研究室は凍結状態」らしい。……ここでも邪魔をするか、宗教。
出来るだけ宗教とは関わり合いたくない。まだ支払いに余裕がある間に、宗教のほとぼりが冷めることを祈ろう。それまでは学校生活を満喫する時間だ。
「そういえば、エランスは明日の授業が実技で外に集まることを知らないな。エランスに伝えてくるから、レーブンは先に帰ってて!」
魔術学校の体操着は半袖短パンなら基本何でもいいらしいから、ホテルで合流した後でもいいだろうが、早めに言っておくに越したことはない。
……それに、どこにいるかは大体検討つくし。
「わ、分かりました! さようなら、平野さん! また明日!」
元気のいい返事をしてくれるレーブンに「また明日!」と返して手を振り、僕はエランスを探して校内の廊下を歩く。
あんな真面目が息を吸って歩いてるような少女が、下校前に学校から出て行くはずがない。きっと職員室に今日の授業のクレームでも入れているのだろう。
僕は一階の廊下を歩きながら職員室の前まで来ると、丁度エランスが職員室から出てきていた。
「お疲れ様、エランス。クレームはちゃんと入れて来た?」
「開口一番にいう言葉がそれなわけ? ……まあ言ってきたけど」
やっぱりクレーム言ってたんだ。我が部屋友ながら、とてつもない委員長気質だ。
「そんなことより平野、来る途中で怪しそうな扉を見つけたの。行ってみましょう」
「え? あ、うん」
僕は素直にエランスに付き従って行く。何かエランスに伝えようとした気がするけど、きっと大したことではない。
エランスの案内してくれた場所は、職員室からそれほど離れていない、誰にも見向きもされなそうな日陰の空間にあった。
周りの塗装された壁とは雰囲気の違う、掃除用具を入れるロッカーの隣にある木造の扉。そこだけ明らかに異質な空気が漂っていた。
――もしかして、これは学校の七不思議とかいうやつか!?
以前の世界ではトラウマだった学校だが、学校モチーフの噂とかには前から興味があった。もしかして、この世界でその当事者になれちゃうかも!?
「かなり気になる扉なんだけど、この時間だと人通りが多くて、迂闊に入れないのよね」
エランスの言う通り、ようやく下校時間になった学校の一階は人の出入りが激しく、ゆっくりと怪しい扉を調べる時間はなさそうだ。
「それじゃあ、夜にまたここに来てみようか?」
「え……ええっっ!?」
僕の提案にエランスは悲鳴に近い反応をする。僕、そんな変なこと言ったかな?
「あ、あなた正気なの!? あ、あんな怪しげな扉を、よ、夜に見にくるなんて!」
珍しく狼狽えているエランスは、口調がレーブンさんみたいになっている。
「当然じゃないか。この時間だと人通りが多いけど、夜なら見つかるリスクも低い。何より、あの扉が怪しいって言い出したのはエランスだよ?」
それに、夜の学校探検なんてちょっと面白そうだ。
「平野。夜の学校に行くのが面白そうとか、軽い気持ちで言ってるんでしょ?」
……やれやれ、僕の赤ペン先生には嘘をつけないな。
「……仕方ないわね、私から言い出した以上、確実な手段を取るべきだわ。夜にまた、ここに来ましょう……」
ようやく決意を固めたエランスは、なんだかすごくやる気がなさそうに声を萎ませた。
――
日が沈み、朝来た時とは違う雰囲気を出す魔術学校。昨日の徹夜の分の睡眠をとるため、僕はスイーツ作りに勤しむファウンドと合流し、完璧な部屋に戻って即就寝した。
まさか入学して早々に、二度も連続で夜の学校の門を潜ることになるとは思わなかった。ちなみに魔術学校は研究機関なので、学生証さえあれば夜だろうと出入りがほとんど自由だ。
「申し訳ございません、ご主人様。私としたことが目の前のスイーツに興味を惹かれて、レシピを教わりに行くことを優先してしまうとは」
「問題ないよ、ファウンド。君が何かに一生懸命打ち込む姿が僕は大好きなんだから」
「……あ、あなた達、そ、そろそろ目的地なんだからいい加減。き、気を引き締めなさい」
エランスから注意されて、僕たちは二人の世界から帰ってくる。エランスの声がガクガクしているが、このまま向かって大丈夫だろうか?
僕とエランスが見つけた扉は、日が出ていた時とは比べ物にならないくらい異質な雰囲気を出していた。
暗がりでよく見えないはずの木造の扉は、まるで手招きでもしているかのように木目まではっきりと見える。
「それじゃあ行こうか、二人とも」
「かしこまりました。ご主人様」
「……え、ええ。は、速く終わらせましょう」
隣のファウンドと手を繋ぎ、後ろで僕のローブの袖を握りしめているエランスを連れて、僕は木造の扉の中に入った。




