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大切な部屋②

 僕とファウンドはお互いの想いをさらに理解して完璧な存在となり、永遠に抱きしめ合ってこの世界を生き続けるのだった。


 



「……いきなり終わらないでくださいっす。ボク、まだ何もしてないっす」


 僕たちの永遠の抱擁を遮るように、間から話しかけてくる紫髪の女の子。ファウンドより頭一つ分低い背丈で、短く切られた髪は運動大好きな元気っ子の印象を与えてくる。瞳はファウンドと同じ黄金で、少し見える歯はギザギザしていて、いたずらっ子な感じがする。


「ええっと、君はファウンドと戦ってた子だよね? どうして戦いになったの?」


 僕は紫髪の女の子に尋ねる。少女は拗ねたようにファウンドを指差す。


「アイツがボクの進路を邪魔したっす! 『誰にも見られない疾風(かぜ)になる』ご主人様との約束が果たせなくなったっす!」


 ……なるほど、分かった。


 ――どうやら彼女は、引っ込み思案らしい。


 どんな人間にも承認欲求というものは存在する。現に僕だって、完璧な部屋を自慢したくて始まりの地で住宅展示会を開いたほどだ。


 しかし、その承認欲求を上回る存在が一つだけある。……羞恥心だ。


 おそらく紫髪の少女は、レーブンさんのように人前に立つのが怖いのだろう。そして、通りがかったファウンドに偶然姿を見られて、パニックになっているといったところか。

 ご主人様というのは、創り上げた空想の人物のことだろう。この年頃の子どもが自分を正当化するためには、よくする手法だ。


「分かるぞ、その気持ち。打ち明けられない自分の姿を誰かに見られるのは、とても辛いよな……」

「! やっぱり、分かってくれるっすか!?」


 紫髪の少女は、僕の手を握りしめてブンブン振り回してくる。羞恥心を理解されたのが余程嬉しいのだろう。


 ……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。


「僕は平野頼来、隣はファウンド。君の名前は?」


 手を振り回されてなすがままの僕に、紫髪の少女は疑問符を浮かべる。


「? 今更名前っすか? ……まあ、いいっす」


 何が今更か分からないが、紫髪の少女は僕の手を離し、仁王立ちのポーズをする。


「ボクの名前は『デッド・アポカリプス』。この世の全てを置き去りにする疾風(かぜ)となって、世界に大災害をもたらす者っす!」


 アポカリプスさんは呆然とする僕たちを置き去りにして、堂々と宣言してくる。


 ――同時に僕は理解してしまった、内気な少女が犯されたであろう深刻な病に。


「ご主人様、やはりこいつは危険です。速やかに排除しましょう」


 ファウンドが再び臨戦態勢に入りそうになるのを軽く手で抑える。こういう病はそっとしておくか、同じ土俵に立たなければ、相互理解は遠のくばかりなのだ。


「……やはり。貴様はあの、『死を運ぶ(デッドリー・)鎮魂歌(レクイエム)』だったか」

「! そうっす! やはり覚えていたんすね!」


 アポカリプスさんは小さい体で跳ねて喜んでいる。なに、僕も同じ道を通ったものとして理解が深いだけさ。まさかそこまで喜んでくれるとは思わなかったけど

 

「さて、自己紹介も済んだし、このボロボロになった風景をどうにかしようか」


 僕はファウンドへ向けて、修繕を一緒に頑張ろうと手を差し出す。


「かしこまりました、ご主人様」

「ああー! ずるいっす! ボクの方が先にやるっすよ!」


 僕がファウンドの方を見ていたために、内気な彼女を不安にさせてしまったようだ。彼女の引っ込み思案は、レーブンさんよりも重症かもしれない。


 

――


 

 僕たちは、ボロボロになった道路とビルを直していく。キントさんに多少インフラの技術を教わっていたのと、『探索者』を使用することで建物の成分を分析、作成出来たので、応急処置は短時間で終わった。


「ごめんなさい、ナインお椀さん。この子たちも反省しているので、今回は大目に見てあげてくれませんか?」


 僕は武装した集団の中から代表してやって来てくれたナインお椀さんに謝罪する。周囲にあった警報装置も今は静かになり、周りの武装集団の皆さんもナインお椀さん以外は撤収していた。


「……いや、構わん。こうして街を元通りにしたのだ。我々は何も見ていない。……それでいいか?」

「あ、はい」


 僕とファウンドは、去っていくナインお椀さんに別れを告げる。何がいいか分からないけど、とりあえず肯定だけはしておいた。


「ご主人様! 周辺の片付けが終わったっす!」

「おお、ありがとう。とても助かったよ」


 僕は急に隣に現れたアポカリプスさんに片腕を掴まれ、滅茶苦茶に振り回されている。


 アポカリプスさんは、ボロボロになった周辺の瓦礫を一瞬で片付けてくれていた。そのおかげで、僕はファウンドと建物を作り直すことに集中できた。


「ご主人様! 他にボクにして欲しいことはないっすか!?」


 黄金の瞳をキラキラさせて、まるで新しい玩具でも求めるかのように僕の前で待機しているアポカリプスさん。……その場しのぎだけど、彼女の求めることを言ってあげよう。


「君に一つ依頼したいことがあるんだ。こいつを見てくれ」


 僕は、制服の胸ポケットに入れていた自作の龍のネックレスをアポカリプスさんに見せる。制服の上からこのネックレスを付けようとしてエランスに止められて以降、日の目を浴びることがなかったものだ。


「ハッ! こいつは、あの伝説の生物、龍っすか!?」


 どうやらアポカリプスさんは、僕の自作ネックレスに興味津々なようだ。……やっぱいいよね、龍って。


「こいつと……いつか君に戦ってもらいたい。タイミングはこちらで送る。ミッションの開始まで、待機しておくように」


 僕の言葉に、アポカリプスさんはキラキラと黄金の瞳を光らせる。紫の髪も先ほどより溌剌としている気がする。


 ……もしかしたら、この世界の何処かにいる龍にもいずれ会えるかもしれない。彼女とはそれまでのお別れだ。


「分かったっす! ご主人様の指示があるまで、誰をも置き去りにする疾風になるっす!」


 そう言い残して、アポカリプスさんは紫の疾風となって姿を消した。はしゃぎ疲れて家に帰ったのだろう。


 ……誰をも置き去りにする疾風になるなんて、僕以外でも考える子はいるんだな。

 

「さて、アポカリプスさんもお家に帰ったし、僕たちも帰ろうか?」

「……謹んでお受けします。ご主人」

 

 なんだかファウンドが仰々しい感じで手を取ってくる。はしゃいでいた子どもの話に、少し乗ってあげただけなんだけどな。

 


 ――



 二人で誰もいないビル群をゆっくり歩く。時刻はもうすぐ日の出くらいだが、あれだけの騒ぎがあったというのに、ビルは軒並み静かなままだ。


 僕とファウンドは、久しぶりに思える二人きりの時間を過ごす。誰かといる静寂ほど気まずいものはないが、ファウンドとは無言でも苦もなく過ごせる。


 ただ、今日のファウンドはそうでもないらしい。


「……ご主人様は、私の憧れです」


 急に呟かれた一言は、僕の心臓を一瞬止める。そこから湧き出てきたのは喜びではなく、疑いの感情だった。


「何を言ってるんだファウンド? 僕の全ては君のものだ。君が憧れるような存在じゃない」


 僕はファウンドに真剣に応える。疑問の言葉には、少しだけ怒りが籠ってしまう。

 だが、ファウンドは首を横に振り、銀の長髪を靡かせて否定してくる。


「いいえ、ご主人様。あなたが創り上げた今の私は、こうしてここにいられることが奇跡なのです」

「僕が君を創り上げたから、尊敬してるってこと?」


 それは間違いだ。最初に見た最高な部屋が忘れられなくて、僕は君を完璧な部屋にしたんだ。


「最初はそうでしたが、今は違います。ご主人様の隣で過ごして気づきました。今の私は、ご主人様の全てをお慕いしています。部屋として見守るだけでなく、ご主人様の隣にずっといたいのです」


 ファウンドは道の途中で僕の前に立つ。身長差で見上げてくる彼女の視線は夜空に光り、美しい黄金の瞳を覗かせる。


 僕は彼女の両手を包み込み、その想いに応える。


「……嬉しいよ。こうして君が、僕の想いに応えてくれることが。本当に、嬉しいんだ」


 僕は今まで、最高な部屋の景観を見ることしかできなかった。試行錯誤を繰り返しても、部屋から言葉は返ってこなかった。音声認識機能をつけても、必要以上の回答は返ってこなかった。……孤独との戦いだった。


 でも、今ここにいる完璧な部屋は、僕をじっと見据え、こうして僕のことを受け入れてくれている。長年の僕の夢は、決して無駄ではなかったと教えてくれている。

 

 僕たちはこの一夜でお互いの気持ちを理解し、さらなる完璧な部屋となった。そしてまた、更に先にある完璧に向かって一緒に進んでいくのだ。

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