大切な部屋
コットと友達になれた僕は、ようやく大きな違和感に気づいた。
「あれ? ファウンドは?」
僕の完璧な部屋がいない。今までも別々に行動をすることはあったが、その時は必ず僕に伝えていた。
「ファウンド様なら、砂埃が晴れる前に『少し用事が出来ましたので失礼します』って言い残して、空を飛んでいっちゃったわよ」
エランスがファウンドの向かった方向を指差してくれる。
「なるほど、あっちか」
「ちょっと、平野! ファウンド様なら大丈夫よ。いつもあなた以上に完璧に、目的をこなしてきたじゃない」
……確かにそうだ。不完全な僕と比べて、完璧な僕の部屋は何事もそつなくこなし、いつの間にか僕の隣にいてくれた。その安心感が、僕は大好きだ。
――でも、今回は嫌な予感がする。
「ごめんエランス! それにみんな! また明日学校で!」
僕は焦燥感から、全速力で学舎を飛び出した。
――
いつもファウンドにお姫様抱っこされていたから、こんなに走るのは久しぶりだ。足が、肺が、それに腰が悲鳴をあげている。
「でも、行かなきゃいけないんだ……!」
少し肌寒い夜風をめいいっぱい吸いこんで、悲鳴をあげる体を無理矢理動かす。大量のビル群に何度も邪魔されるが、どこにいるか分からない自分の部屋を探していく。
切らした息を一度その場で整える。心臓がかつてないほど高鳴り、肺はより多くの空気を求める。ファウンドの姿は全く見えず、これからどうするかの考えすら上手くまとまらない中、ビルを跨いだ先から機関銃の音とうるさいほどの警報音が聞こえる。
「ファウンドだ……!」
僕は急いでビルを回る。初めて来た時は感動したこの建物も、今では見晴らしの悪い障害物でしかない。必死に棒になった足を動かしてビルの反対側に行くと、ようやく道路の大通りに出た。
見るも無惨な景色だった。開け放たれた道路はひび割れ、陥没している箇所もあり、街の街灯も何本か折れている。付近のビルは銃弾で蜂の巣になっているものや、怪物に蹴られたように抉られた跡が残っていている。
赤く鳴り響く警報装置の周囲には、武装した人間たちが銃を構えて警戒態勢をとっていた。僕は、彼らが銃口を向ける先に視線を向ける。
――そこには、いつもの雰囲気とは全く違った銀髪の少女の姿があった。
普段なら僕がこの距離にいる時点ですぐに気づいて、スタスタと近づいて来てくれるはずなのに、その少女は僕の手前にいる紫髪の少女にしか注力していなかった。なにより、銀髪の少女にはいつもの静かな優しい黄金の瞳はなく、冷徹に目標を排除することだけに私怨を燃やす瞳しかなかった。
銀髪の少女は機関銃を片手に持ち、もう片方の腕は煤で汚れている。地面には機関銃と思われる部品が転がっており、紫髪の少女に破壊されたものだとすぐに分かった。
少女達が闘志をむき出しにして正面衝突しようとしているところに、僕はずいと前に出た。
「ファウンド! 何やってるんだ!!」
「!? ご主人様……!?」
銀髪の少女が呆気に取られた表情をしている。どうして僕がここにいるのか分からないようだ。
僕は、紫髪の少女の横を通り過ぎて銀髪の少女の前に立つ。
「……すぐに逃げてください、ご主人様。奴は間違いなく、これからの旅の脅威になり得る存在です。今のうちに排除しておかなくては」
少女は煤だらけの手から代わりの防衛用ライフルを出現させる。目の前の敵を排除することしか考えていない少女の表情は、冷たい機械のようだった。
「それは出来ない」
「……何故ですか? 奴は私たちの敵です。ご主人様が安全な旅をするには、奴の排除しか選択肢はありません」
僕を避けて対象の排除に向かおうとする少女の前に、それでも立つ。足場が悪くて転びそうになるが、なんとか持ち堪える。
「ファウンド、少しいいかい?」
「え?」
僕は膝立ちの姿勢になり少女の両肩に手をおく。冷たく冷め切ったその小さな肩は、何者をも寄せ付けないほど凍りついていた。
冷えきった少女の体を、僕は抱きしめた。僕の行動に驚いたのか、銀髪の少女は「ひゃっ」と驚いた声を上げる。
「ファウンド。カクレータ村で見たあの景色。君は覚えているかい?」
「……はい。皆が宴をして、楽しんで、泣いて、笑っていました」
僕の問いに、震えた声で返してくれる銀髪の少女。僕はあの時一緒に見た炎を思い出してくれたことに嬉しくなって、そのまま言葉を続ける。
「あの時、僕は言ったよね?『君は僕の部屋だけど、僕は君にもいろんな景色を見て欲しい。思ったこと、感じたことを僕と一緒に分かち合って欲しい』って」
「…………はい」
銀髪の少女は震えた声で静かに頷く。分かってくれたんだろうけど、僕が言葉にしないと気が済まなかった。
「今の君は、その全部が出来ていないよ? 僕のために、君は見たくない景色を作っている。思ったこと、感じたことを僕と分かち合ってくれていない」
僕は自然と抱きしめる力が強くなってしまう。もう、これ以上僕の居場所がなくなるのは嫌なんだ。
「伝えてほしい、ファウンド。今、君がどんな気持ちで、どう感じているのかを」
完璧な部屋には僕という不完全が存在する。だからこそ彼女は悩み、苦労しているのだ。汚点の僕にできることなんて、彼女の言葉を聞くことしかできない。
「……ごめんなさい」
抱きしめた隣から、音声認識の綺麗な声が聞こえる。
「ごめんなさい! 私は、ご主人様の事を全く見ていませんでした! 迫ってくる脅威を排除することだけを考え、ご主人様の一番の目標を排除していました! こんな景色をご主人様が望むわけがないのに、独断で動いてしまいました!」
連なる彼女の本音を、僕は受け止める。彼女の悩みは僕の悩みだ。完璧な部屋にこれだけ悲しい後悔をさせているのは、僕の責任でしかない。
「僕の方こそごめん、君の優しさにすぐ気づけなくて。こうして一人で戦わせるようなことをさせちゃって」
僕は涙を流して、彼女に本音をぶつける。元々頼りない僕のためにこの世界にまでついてきてくれた完璧な部屋なんだ。いつも僕を受け入れてくれる彼女の本音くらい、常に僕が受け止めてやりたい。
「うっ、っ、ごめんなさい。ご主人様。ほんとうに、ごめっ……」
僕はファウンドの涙を決して見なかった。ファウンドの涙を見るのは、最高の景色を見て共に感動した時だけだから。




