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勝負する部屋②


「あ、あのう……君は一体……?」


 暗がりでよく見えないが、ファウンドより少し背の低い女の子が、倒れている弟さんの横に立っていた。

 僕は女の子に近づこうとすると、女の子は紫の光になって、一瞬で消えてしまった。


「ちょっと平野! 大丈夫!?」


「へ、平野さん! お怪我はありませんか!?」


 目の前の土煙を眺めて呆けていた僕に、エランス達が駆け寄ってくる。


「ああ、問題ないよ。それより、さっきいた紫髪の女の子のことなんだけど」

「紫髪の女の子? ……ごめんなさい。土煙のせいで、よく見えなかったのよね」


 どうやら弟さんの作った竜巻のせいで、僕たちの姿がよく見えなかったらしい。そういえば、弟さんは平気かな?


 僕たちが弟さんの様子を見に向かうと、ウールさんが弟さんを手当てしていた。


「平野さん。コットなら問題ありません。気を失っているだけです」


 ウールさんは弟さんに膝枕して、タオルで汗を拭っている。


「それにしても平野さん。一体何をなされたんですか? コットは学術都市で使用禁止である中位魔法『ウインド・ストーム』を放ちました。それを一瞬で打ち消すなんて……」


 ウールさんは羨望と恐怖の入り混じった視線を向けてくるが、曖昧な返事しか出来なかった。多分やったのは紫髪の女の子だとは思うが、他に証人がいるわけでもない。


「……う、う〜ん」

「あら、目覚めましたかコット。中位魔法を撃った挙句、平野さんに一瞬のうちに倒されて意識を失った気分はいかがですか?」


 まるで面白い玩具で遊ぶように弟さんを見つめるウールさんは、膝枕で視線を見れないここからでも少し怖かった。


「ね、姉さん……完敗だよ。俺には、あいつの動きが全く見えなかった」


 フラフラしながらも立ち上がった弟さんは、僕を捉えるとすぐに頭を下げてきた。


「申し訳なかった。俺は、あんたの実力を甘く見ていた。その強さ、姉さんが認めるのも納得だ」


 あんなに必死になって僕をサンドバッグにしようとした弟さんは、今はとても落ち着いている。大好きな姉に膝枕されて、ストレスが解消されたのだろう。


「気にしないでよ。僕は何もしていないし、僕の実力がわかってもらえたならそれでいいんだ」


 ……そう、何もできない無能という実力がね!


「……悔しいが、その実力を認めないわけにはいかないな。姉さんと話すのを……少しだけなら許してやる!」

「十分だよ。弟さんから許してもらえるなんて光栄なことだ」


 まあ、僕からウールさんに話しかけたことは一度もないんだけどね。


「その『弟さん』呼びはやめろ! これからはコットって呼べ!」

「え! 名前呼びしていいの? ……そ、それって! 僕と友達になってくれるってことかい!?」

「は? そんなわけないだろ! 俺たちは敵同士だ!」

「あ、はい……」


 僕は、この世界で初めて友達を作ることに失敗した。完璧な部屋は創れても、友達だけは今でも上手く作れない。


「……コット。あなたは先程、契約水晶(トラスト・ビーズ)に何を宣言しましたっけ?」


 コットさんの後ろからウールさんが顔を出す。顔を引き攣らせながらコットさんは振り返る。


「……そ、そんな大したことは言ってねーよ。俺はおっさんが姉さんと話すことを認めてやったんだぜ? 十分だろ?」

「あなたが()()()時の条件を忘れていますよ?」


 静かに圧をかけてるウールさんから逃げるように、羽を広げて飛び立つコットさん。しかし飛び立ってすぐに、赤い電撃のようなものがコットさんの全身を光らせる。

 まともに食らったコットさんは地面に墜落し、体を痙攣させている。


「逃げても無駄ですよ? 先程の戦いであなたは負けを認め、契約水晶の契約は成立しています。……確か、平野さんの『従者になる』でしたっけ?」

「は、測りやがったな。姉さん」


 策士なウールさんも恐ろしいが、まともに電撃を受けて喋れるコットさんも相当なものだ。


「…………平野頼来。俺とお前は友達だ」


 地面に倒れ伏しながら、コットは僕と友達です宣言をしてくれる。


「ありがとう! これからよろしくね!」


 僕は拒否する理由もないので、彼と固い握手を交わす。まさか、入学初日から新しい友達ができるとは。


「さ、さすがです! 平野さん!」

「ほんと、よくやるわ……」


 応援してくれたみんなにも感謝をしようとすると、僕はようやく大きな違和感があることに気づいた。


「あれ? ファウンドは?」



 

 ――



 

 紫の疾風(かぜ)が夜空を駆ける。ビルの乱立した学術都市でも疾風の勢いは止まらず、ひたすら邪魔なビルの合間を縫っていく。


「あなたは、何者ですか?」


 紫の疾風は、突然目の前に現れた白と黒の衣装を纏った少女に行く手を遮られる。遅れてやってきた風が、煩くビル風となって鳴り響く。


 紫の疾風にとって、この世界で話しかけられたのは初めてのことだった。誰にも捉えられず、誰にも追いつけない存在になることを目標としてきた疾風にとって、誰かに認識されたことはこの上ない屈辱だった。


「……オマエこそ何者っすか? こんな所まで追ってくるなんて」


 紫の疾風は久しぶりに恐れの感情を抱いていた。それだけ、目の前の銀髪の少女から漂う雰囲気が異質だったからだ。


「私は、ご主人様の安全のためにここにきました。神出鬼没な未知の存在は、今のうちに排除しておかないといけません」


 銀髪の少女は、両手から二丁の機関銃を出現させる。冷徹な黄金の瞳は、襲って来る何物にも動じずに跳ね返すだろう堅固さをもっている。


「……目標を、排除します」

「仕方ないっすね……ボクの攻撃を喰らって、どうにかなっても知らないっすよ!!」


 紫の疾風は、短い足を鞭のようにしならせ目の前の空気を蹴り上げた。


 蹴り上げられて真空となった空間から紫の衝撃波が現れ、一直線に銀髪の少女に向かって進んでいく。


 銀髪の少女の頭部を狙った衝撃波は、彼女が頭を僅かに横に傾けることで素通りし、後ろにあったビルを抉る。ビルの強化ガラスは粉々に砕け、オフィスが剥き出しになるほどの無惨な蹴り跡が残った。


 銀髪の少女は、二丁の機関銃から弾丸の雨を降らせる。横殴りに吹く金属の一つ一つが全て、目標の逃げ道を阻む射線に置かれ、必ず射抜こうとしている。


 しかし、銃弾が当たる寸前で、紫の疾風の体は蜃気楼のように消える。速すぎて見えないのだと銀髪の少女が判断した時には、空気抵抗を忘れたような足蹴りが背後に存在していた。


 避けようのない一撃を、銀髪の少女は一歩前進することで回避する。地面に刺さった足蹴りは道路を割り、一面をヒビだらけにしていく。


 寝静まっていたはずの学術都市からは警報の音が鳴り響き、周囲には武装した人間たちが集い始めていた。


「貴様たち! 今すぐ居住区での無差別攻撃を中止しろ! さもなくば、ここで射殺する!」


 武装傭兵集団「ノナンズ」の先頭に立つ部隊長「ナイン01」は、学術都市への破壊行為を行う犯罪者たちに銃を放つ。


 しかし、二人を狙った銃弾は、一方には見向きもせずに機関銃で撃ち落とされ、もう一方には手で軽く払われてしまった。


「こんなものですか?」


 周囲の銃弾を気にすることもなく、銀髪の少女は足をめり込ませた紫の疾風に向かって、二丁の機関銃を容赦なく連射していく。道路だった場所から昇る土煙を一気に吹き飛ばすと、そこには紫の疾風の姿はなかった。


「負けられないっす! ご主人様のお役に立つために!」


 砂埃だらけの紫の疾風は、銀髪の少女の頭部目掛けて足蹴りをする。不意打ちへの反応が遅れ、銀髪の少女は咄嗟に機関銃で足蹴りを防ぐ。


 紫の光をその銃身で受け切った機関銃は役目を失い、虚しく地面に崩れていった。


「……ご主人様から賜ったお力を……よくも破壊してくれましたね?」


 片腕に爆発した機関銃の煤をつけられた、銀髪の少女の目つきが変わる。排除することだけを目的とした冷徹な瞳は、憎悪に燃える復讐の瞳へと変化している。


「ボクも負けられないっす! ご主人様の脅威になるものは、ここで排除するっす!」


 軽快にステップを踏み始める砂埃だらけの紫の疾風も、その軽快さとは真逆の闘志を隠しもしていない。


 周囲で二人の行動を注意深く見ていた「ノナンズ」達だが、彼女らが何をしていたのか、全く見えていなかった。


「……こんなやつら、相手にできるわけがない」


 ナイン01は膝から崩れ落ちる。少女の皮を被った怪物たちによって、他種族の技術が結集したこの学術都市は葬り去られるだろう。それを止められる者など、ここにはいない。


 しかし、一触即発の雰囲気は、一人の男がこの場に駆けつけることで幕を閉じた。


「ファウンド! 何やってるんだ!!」

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