勝負する部屋
反抗期の弟さんのため、僕はこれからサンドバッグになる。
僕とファウンドは、学校からホテルに戻り一旦の休息をしている。
休息を終えた僕がファウンドの中から出ると、ファウンドは僕のお世話をするため制服からメイド服へ着替え直していた。
「ご主人様、少し宜しいですか?」
「いいよ。どうしたのファウンド?」
珍しく心配そうな顔をするファウンド。家主である僕としては、見過ごすわけにはいかない。
「申し訳ございません、ご主人様。私がご主人様と学校に行きたいと言ってしまったばかりに、ご主人様にご迷惑をかけてしまいました」
……そうか。ファウンドは僕を学校に連れ出して、開始早々トラブルに巻き込んでしまったことに後悔があるのか。
「ファウンド、そんなことは全く気にしなくていいんだよ。学校というのは、いろんな人が一箇所に集まる時点でトラブルの連続なんだ」
まあ、まだ集まってもいない段階でトラブルに巻き込まれたのは初めてだけど。
「僕はファウンドに、最高の学校生活をして欲しい。そのためには、僕たちの周りにいる皆んなにも最高になってもらう必要がある。僕は、あの弟くんにも最高の学校生活をしてほしい」
その結果、彼のサンドバックになるという選択肢しかなかっただけなのだ。
「……かしこまりました、ご主人様。主人の目標達成をお手伝いすべく、このファウンド。全身全霊で学校生活を楽しみます」
黄金の目から迷いが消えて、主人の僕を一心に信用してくれる完璧な部屋。……必ず家賃払うからね。
――
日も沈み、空には沢山の星が煌めいている。学術都市のビル群から見える照明の光もどんどんと消えていく中、僕たち四人は今日歩いた校門を再びくぐる。
魔術学校は学術都市の研究機関のため、昼夜関係なく魔法の研究が行われている。そのため、学生証さえあれば出入りがほとんど自由だ。
「それにしても、平野はいつの間に翼人族から因縁つけられてたのよ……」
「心外だなエランス。僕だって巻き込まれたくてやってるわけじゃないんだぞ」
それに、今回は因縁というより弟さんのストレス発散が目的だし。
「それにしても、来てくれてありがとうレーブンさん。夜遅くに出歩いて平気?」
「も、問題ありません! それに……へ、平野さんの勇姿を見届けたいんです! だ、だって、私のあ、あこが、れ……」
サイズの合っていない青い服の首元に顔を埋めてしまい、元気に動く三角の耳しか見えていないレーブンさん。
僕は、レーブンさんの篭った声を上手く聞き取れなかった。きっと、弟さんの機嫌を直すための手伝いに来てくれたのだろう。
夜の学舎を歩き、僕たちは以前試験を受けた的のある会場にやって来た。
「あれ? 試験の的がないし、すごく地面抉れてない?」
「何言ってるのよ? あなたがこれをやって試験監督を驚かせたんじゃない」
……いや、知らないです。
見るも無惨な光景だった。的があったと思われる場所を起点に、地面が抉り取られたような跡がある。まるで、何かが的を引きずり続けたようだった。
「遅かったな! おっさん!」
声がした方を向くと、ウールさんの横で弟さんが叫んでいた。ウールさんが僕を見て笑顔で手を軽く振ってくれたので、僕も手を振りかえしておく。
「ふざけんな! 姉さんに馴れ馴れしくするなって言っただろ!」
――
僕と弟さんが試験会場に立つ。
待機所にいるみんなからの視線が、何故か期待に満ちているのは気のせいだろうか? そんなに僕が痛ぶられる姿を見たいの?
「勝負のルールは簡単だ! 相手を倒したら勝ち、倒れたら負け! 俺が勝ったら、姉さんには一切近づくなよ!」
少し離れた位置から弟さんが狂った番犬のように叫んでくるが、正直ルールとかどうでもいい。僕はストレス発散のサンドバッグになりにきただけなのだから。
「コット。あなたが負けたら何をするんですか?」
「はん! 俺がこんなおっさんに負けるわけないだろ? 負けたら一生このおっさんの従者にでもなってやるよ!」
ウールさんの茶化すような言葉に乗っかってしまった弟さん。……あー、嫌な予感するなあ。
「……ふふ。言いましたね、コット? これで『契約』は結ばれました!」
満足そうな表情をしたウールさんは、ローブの懐に隠していた玉を掲げている。
「姉さん! それは『契約水晶』じゃねえか!? そんなんで契約して何がしたいんだ!」
「もちろん、あなたが約束をすっぽかさないためよ。これ以上、平野さんにご迷惑をお掛けできませんからね」
ウールさんは僕にパチリとウインクしてくる。これから会えなくなるし、最後に別れの挨拶だけでもしておこうかな?
「へいやー、さっさとやっちゃいなさーい。そろそろ就寝時間よー」
「へ、平野さん! わ、悪者をやっつけてください!」
やる気のない視線となぜか羨望の目線を感じながら、待機所にいるファウンドのゆったりと落ち着いた佇まいを見て安心し、弟さんに向き直った。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって! あんなおっさん、別に大したことねえってことを証明してやるよ!」
元々大したことない人間に向かって何を言っているのか分からないが、弟さんのストレスはもう限界のようだ。ここは僕が受け止めてやるしかない。
「くらいやがれ! 『ウインド・ストーム』!」
弟さんは手をかざして魔法陣を生み出し、竜巻を出現させる。竜巻はどんどん大きくなっていき、遠くにあるビルと同じくらいの高さになっていた。
「コット! その魔法は、たとえ転送者が相手であっても使用しないとここにくる前に定めたはずよ! 入学して早々退学になりたいの!?」
「うるさい、姉さん! こいつは徹底的に痛ぶらないと気が済まない! 竜巻の中で、己の行いを悔やむんだな!」
僕に向かって迫ってくる巨大な竜巻。僕の完璧な部屋なら一瞬で吹き飛ばせるだろうが、家主の僕は一般人だ。ありのままを受け入れるしかない。
僕は両手を広げて竜巻を迎え入れる。いくらでも痛ぶっていいと言った反面、僕にも多少恐怖心は残っていた。
しかし、竜巻一発程度で弟さんの気が晴れるなら大したことはない。潔く受け入れようじゃないか。
竜巻の風が寸前まで迫り、体が少し浮いてきたと思った矢先、僕の浮いた足は再び地面に戻る。
――夜の暗闇の中で、紫の光が見えた。雷にも似た光は、目の前の竜巻に風穴を開ける。塞がりきらないほどの大穴を開けられた竜巻は、そのまま宙に霧散する。
竜巻が消えて土煙が漂う中、空いた風穴からは弟さんの地面に倒れ伏した姿が見える。紫の光が彼に直撃したらしい。
弟さんの横には、どこから潜り込んだのか、小さな女の子が佇んでいた。短い紫色の髪に、白と紺の体操着を着ている。先ほどの紫の光は彼女によるものだと、この状況が教えてくれた。
紫の短髪を靡かせて、黄金に光る瞳はこちらに振り返る。
「ご主人様に向かってくる敵は、誰であろうと容赦しないっす」
土煙が舞い視界が閉ざされた空間の中で、黄金に光る瞳は、僕の方をジッと見つめていた。




