入学する部屋
朝の陽の光がホテルの窓から入ってくる。そこからファウンドの目を通して、僕の部屋の窓にまで入ってくる。
「……おはよう、ファウンド」
「おはようございます、ご主人様」
僕はゆっくりと起き上がる。今日は、なんともスッキリしない寝起きだった。
……それもそうか、なんたって今日は……
「おはようございます、ファウンド様! ……さあ平野! 学校に行くわよ!」
二人部屋に泊まるエランスが一人部屋に泊まるファウンドのお腹に話しかけている。いや、正確には僕になんだろうけど。
「……ファウンド、僕は留守だって言っておいて」
「かしこまりました、ご主人様。……エランス、ご主人様は『僕は留守だ』と申しています」
……待ってくれファウンド。それじゃあ、ここに僕がいることがバレてしまうじゃないか。
「申し訳ありません、ご主人様。私は……ご主人様と一緒に、学校に行ってみたいのです」
「……」
――
「さあ、ファウンド! 清々しい学園ライフを満喫しようじゃあないか!」
「かしこまりました、ご主人様」
「へ、平野さん。元気になってくれて、良かったです」
「単純なだけよ。あいつの場合は」
僕は何をしているんだろうか。完璧な部屋を悲しませるなんて、主人としてあるまじき行為だ!
ここ最近、学校へのトラウマと家賃のことばかり考えていたせいで、当のファウンドのことを疎かにしていた。不完全な僕がなんとも憎たらしい。
しかし、ファウンドにはこの学校で、最高の景色と思い出を作って欲しい! ファウンドのために、僕も全力で楽しむしかないではないか!
僕たちが通う魔術学校の制服は、白いシャツの上から黒いローブを羽織る。まるで以前の世界での魔法使い見習いと似たような格好になるので、かなりコスプレ感があった。
レーブンさんと合流した僕たち四人は、黒いローブを身に纏って学校へと向かっている。
横にいるエランスとレーブンさんも制服を着ていて、いつもとは違う雰囲気がある。
しかし、二人とも幼い姿のせいで、どうしても雨具を着た子どもにしか見えない。
「……平野、もしかして失礼なこと考えてた?」
「え!? い、いや別に」
僕の考えていることを的確に見抜いてくるエランスには頭が上がらない。さすがは僕の赤ペン先生だ。
確かに二人とも可愛いが、僕の一番はやはり……
「うおおおお! ファウンドおおおお! すっっっごく可愛いぞおおおおお! 僕の部屋は、世界一だああああ!!」
「ちょっと! こんな所で、何叫んでるのよ!」
ファウンドも僕たちと同様に魔術学校の制服を着ている。銀髪で無表情に佇む彼女から漂うミステリアスな雰囲気と、彼女の謎を包み込む真っ黒なローブが相まって、天変地異級の魅力を僕に見せつけてくる。
……そうか。僕の完璧には、まだ先があったんだな。
僕は我慢できずに隣にいたファウンドを抱きしめる。身長差からファウンドの顔は僕の胸に収まっている。
「……恥ずかしいです、ご主人様」
「やめなさいよ平野! 朝からずっと、制服を着たファウンド様にくっついて! ファウンド様にご迷惑をおかけするんじゃないわよ!」
僕は後ろからあくまで自衛ハリセンを食らう。パァンという激しい破裂音で驚いた周りにいた通学生たちは、抱き合う僕たちのことを凝視していた。
「ったく、そろそろ娘離れしなさいよね。……ほら、魔術学校が見えてきたわよ」
校門をくぐると桜並木の繚乱が僕たちを迎え入れてくる。レンガで出来た道の先には、僕たちがお世話になる学舎が見えた。
僕は、制服姿の可愛いファウンドと手を繋ぐことで、以前のトラウマをクールに回避している。
「も、ものすごく学校だね。ま、魔術学校なんて言うくらいだから、お城を想像していたんだけど」
あまりにもトラウマに近い学校を目の前にして、口調がレーブンさんのようになってしまう。
魔術学校といったら、ファンタジー溢れる湖に囲まれた西洋のお城じゃないのか!?
「学校の建設には、勇者様の知見を採用したそうよ。ここに来ることが出来る人間なんて、ほとんど勇者様くらいだもの」
なるほど。ナシストのように別の世界から来た勇者にとって、この学舎は憩いの地というわけか。……インドアの僕としては、この学校を見た瞬間に拒絶反応が出たけど。
――
「新入生諸君! ご入学おめでとう! 私はこの魔術学校の理事長であるシヤベリ・ズーキだ! 諸君は選ばれた存在だ! これからの働きを期待しているぞ!」
無精髭の生えた強面の男がホールの壇上で叫んでいる。
「……ご主人様、少し宜しいですか?」
「ん? どうしたの、ファウンド?」
制服を着た可愛いファウンドが珍しく困り顔だ。家主である僕としては見過ごすわけにはいかない。
「どうやら、このホールの地下には洞窟があるようです」
「え?」
このホールの地下に洞窟? 少し興味があるな。
「楽しそうだね。機会を見つけて探検してみよう」
「かしこまりました、ご主人様」
学舎に隠された謎を解くなんていう非日常、思い出したくもない授業なんかより楽しそうだ!……それに一応冒険者だし。
駆け出しの冒険者である僕の血は、少しだけ騒ぎ始めていた。
――
「……話、長すぎるでしょ」
僕たちは数時間の拘束から解放されて、夕暮れに染まった校門を後にしている。まさか、入学式の学園長の演説だけで二時間近く続くとは思わなかった。
「シヤベリ学園長、とても素晴らしい演説だったわ。勇者の巫女として、これからも邁進できる改善点がいくつもあったわね」
……僕の友達はなんだか嬉しそうだ。あの演説をまともに聞いていた人が、こんなに身近にいたとは。
「ああ! お前は!!」
呆れ返っている僕の耳に、なんだか聞き覚えのある大きな声が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、翼人族のウールさんと、その弟さんが並んで歩いている。二人とも魔術学校の制服を着ていて、黒いローブ姿と背中の白い天使のような羽が綺麗にはためいている。
「平野さん! 入学試験ぶりですね!」
「やあウールさん、元気そうだね」
何故か分からないが、やたら僕に親しげに話しかけてくるウールさん。身長差のせいだと思うが、彼女が上目遣いのキラキラした目をこちらに向けてくる。……これが陽キャのノリってやつなのか?
「おい、おっさん! 殺されたくなかったら、姉さんに馴れ馴れしくするな!」
弟さんがウールさんの前に割って入ってくる。ものすごい威圧感だ。
……いや、むしろほぼ初対面なのに陽キャのノリで馴れ馴れしくされて戸惑っているんですが……
「やめなさいコット、私が平野さんとお話したいのです。それに、彼はダレーテルの転送者です。あなたでは相手にすらなりませんよ」
「はあ? 姉さん。いくら勇者だからって、こんな冴えないおっさんにビビってんのかよ!?」
僕を指差してウールさんに激昂する弟さん。反抗期の弟さんを世話するウールさんも大変そうだ。それに、僕は勇者じゃない。
「……いいぜ。だったら勝負だ、おっさん! 俺が勝ったら姉さんに土下座して、二度と近づくな!」
土下座ならいくらでも出来るけど、近づいてきてるのはウールさんの方からなんだよなあ。
「……ご主人様。そろそろ排除してもよろしいですか?」
ファウンドが僕の隣から囁くように排除の許可を求めてくる。
最近のファウンドは、出会ったら直ぐに排除許可を求めてきた時よりは他人にかなり優しくなっていた。僕はそんな完璧な部屋の成長を喜ぶ。……排除はダメだけど。
ファウンドに排除NGを出して、僕は弟さんに向き直る。
「いいよ、弟さん。勝負を受けよう」
「俺を弟と呼ぶな!」
「ほ、本気ですか!? 平野さん!」
「珍しい。あの平野がこの手の勝負を受けるなんて」
心配してくれるレーブンさんからの言葉は純粋な優しさに溢れていてとても優しい。隣の妙に悪意を感じるエランスの言い方とは大違いだ。
「……これは、弟さんのためにも誰かがやらなきゃいけないことなんだ」
僕には、誰かの弟である者の気持ちが分かる。あの年頃なら、あれこれ言ってくる姉に反抗したいだろう。
ストレスをウールさんにぶつけないためにも、弟さんには是非僕のことをボコボコにしてもらって、日頃のストレスを発散して欲しい。
僕はファウンドの中に入ればすぐに傷が治るから、大したダメージにはならない。
「だから、俺を弟と呼ぶな! ……今日の夜、最初に会った試験会場で勝負だ!」
弟さんは「勇者なんてボコボコにしてやる!」と言い残して、そそくさと校門を抜ける。だから、僕は勇者じゃないって。
「申し訳ありません、平野さん。弟はまだ、平野さんの強さを理解していないんです」
ウールさんは心配そうな顔をして、僕の手を両手で包み込んでくる。
「気にしなくていいよ、ウールさん。僕は弟さんに何かするわけじゃないから」
むしろ何かをされる方だから。
「ご主人様……」
心配してくれるファウンドの目が優しすぎて、僕の心が痛む。
……だけど、これは弟さんの成長ために必要なことなんだ。
こうして僕は、みんなからの不安となぜか期待に満ちた目を感じながら、甘んじて弟さんのサンドバッグになる覚悟を決めたのだった。




