試験の部屋②
「すみません、辞退させてください」
「……何を言っている?」
試験監督さんは僕の言葉に驚いて固まってしまった。
ここまで連れてきたのはファウンドとエランスだ。僕に試験を受ける意思はない。
それに、試験を真面目に受けたとして、あんな遠い所にある的なんて壊せる訳がない。
仮にカクレータ村でグラッドさんから弓を教わっていたとしても、せいぜい的に当てるのが限界だろう。
「そ、そうか。ではさっさと去るが…………少し待て」
試験監督さんは後ろを向いて、通信機と思われるものを取り出す。どうやらこの学術都市にいる誰かと通話しているらしい。以前の世界でいう携帯電話のようなものだろうか?
ちなみに僕は携帯電話を持っていない。完璧な部屋を創るために必要な情報は全て、近くの図書館に行って集めたし、今まで持っていなくて不便だと思ったことはない。
そもそも以前の世界で、僕に携帯電話を持てと言う人が存在しなかった。
「ドラゴンの服を着た男? ……ええ、目の前に。……は? シヤベリ卿の客人!?」
僕が着ている龍の服を見て何か言ってるな。……もしかして、このかっこいい服が売っている場所を調べてるのか!?
学術都市と呼ばれるだけあって知識欲が強い。欲しいと思ったらすぐに売っているか調べるのは、さすが研究機関といったところか。
僕が感心している間に、通話を終えた試験監督さんが向き直る。
「貴様は、試験を必ず受けねばならない。さっさとあの的を壊してくれ」
……なんか、さらっととんでもないこと言ったぞ、この筋肉ダルマ。
え? なんで僕が的を壊せる前提で話を進めてるの? いや無理だから。さっさと部屋に帰らせてほしい。家賃の送り方は他の方法を考えるから。
僕のアイコンタクトを感じ取ってくれたのか、試験監督さんは頷いてくれる。
「お前たち! 少し離れていろ! あの的がどうなるか分かったものではないからな!」
観覧席で待機する残りの受験者たちを後ろに下がらせる筋肉ダルマ。違う、そうじゃない。
まるで危険人物のように扱われている僕は、諦観の眼差しで再び青空を見上げる。
澄み渡った空の景色は、僕を日常から開放し心を癒してくれる。……完璧な部屋が見たいなあ。
……こうなったら、やる気のないアピールをしてさっさと退場して引き篭ろう。どうせ何も出来ないんだ。恥も外聞も知ったことではない。
僕は諦めて目を瞑り、思いっきり背伸びをする。勢いよく両腕を空に上げて両耳を塞ぎ、訳がわからない状況の外界から一瞬の解放を得る。
リラックスした僕の姿は、真面目に試験を受けている受験者を嘲笑っているように見えるだろう。これなら、あの筋肉ダルマも少しは呆れたに違いない。
「ば、馬鹿な……!? 一体どうやって? 魔力すら感じなかったぞ!?」
「それじゃあ、僕は帰りますね。お疲れ様でした」
僕は言い訳もせずにさっさと試験会場を後にする。この場に長居するだけで受験者たちの妨げになる。部外者は大人しく、ファウンドの中で引き篭ろう。
「待て、平野頼来! 聞きたいことがあるんだ!」
逃げ出す僕を筋肉ダルマが追ってくる。僕の行動に大分驚いているようで、先程までの威厳はないほど慌てふためいていた。まるで、今までこんな変なやつは見たことがないかのように。
……そうだった。忘れていたよ。
僕は筋肉ダルマに伝えなくてはいけないことを思い出して、くるりと向き直る。
向き直ると、そこにはすでに筋肉質で高身長な筋肉ダルマの姿が目の前あり、思わずたじろいでしまう。その大きい体のせいで、試験用の的すら見えない。
……でも、この情報を秘密にしたままではフェアではない。
僕は勇気を出して、筋肉ダルマの肩に両手を乗せる。身長差がありすぎて、僕は先程の背伸びと似たような姿勢になってしまっている。
「? 平野頼来。貴様は一体……?」
僕はその疑問に龍の服を指差して、クールに応えた。
「これはオーダーメイドなんだ。誰にも譲れない」
呆然とした筋肉ダルマを置いて、僕は出口へと歩き出す。トラブルこそ多かったが、これでこのトラウマだらけの魔術学校ともおさらばだ!
――
「やったわね! 全員合格よ!」
「ご主人様は、常に完璧です」
「へ、平野さん! か、かっこいいです!」
僕たち四人は以前の喫茶店で以前と同じ席に座り、あり得ない試験結果を見ていた。
……どうしてこうなった。僕は的に何か当てようとすらしてないぞ?
「それにしても、やるじゃない平野。的のあった地面ごと吹き飛ばすなんて、聞いたこともないわよ」
「ふーん………………え?」
「す、すごいです平野さん! わ、私の身体強化でも、的を吹き飛ばすくらいしか出来なかったのに!」
……いや、知らんぞそんなの。あの場所では龍の服に興味をもってくれた筋肉ダルマに、かっこいい服を自慢しただけなんだが。
「…………何かの間違いじゃないかなあ」
「今更謙遜しても意味ないわよ。大人しく学校で無双しなさい」
……なんでエランスは、僕のことをそんなに最強キャラに仕立て上げたいんだろうか?
「やれやれ……ファウンド、君から二人に言ってやってくれ。『僕が入学出来たのは間違いだ』って」
僕からの声ではダメでも、ファウンドの声ならみんなに届くだろう。さっさと全員、夢から帰ってきて欲しい。
「…………ご主人様のローブ姿、すごく楽しみです」
……なるほど、四面楚歌ってやつか。
僕は努めてクールに、少し冷めてきた苦いコーヒーを飲むのだった。
――
「なるほど。この力、シヤベリ卿が欲しがる訳だ」
例の客人が受けた試験会場に立つ「ナイン01」は、転送者の圧倒的なまでの強さに身動きが取れずにいた。
「部隊長! ご無沙汰しております!」
「久しいな『ファイブ03』、西方への遠征以来か」
私は旧来の友人との再会を喜ぶ。彼は例の客人が受けた試験の監督であり、この学術都市の中心『アルテミス』にある我ら傭兵集団『ノナンズ』の一人である。
「はい! 部隊長自らの伝令を聞いた時は、万感の思いでありました!」
「そう畏まらなくていい。同じ苦難を乗り越えた者同士、既に礼儀など不要だ」
私は、一度でも共に作戦を乗り越えた者を友人として迎え入れている。この世界の人間が消耗品のように扱われる事への唯一の抗いだった。
「は、はい。恐縮です」
「それでだ……この光景、君はどう思う?」
試験会場にあったであろう的は、柱を突き刺していた地面ごとその姿はない。それどころか、的の先にあった塀すらも破壊されて、見るも無惨な光景が広がっていた。この状況を見ただけでも、試験会場で起こったであろう惨劇が目に浮かぶ。
「恐らく、他種族が使う攻撃魔法ですね。それもかなり高威力の。独房にいる勇者よりも高出力のものかと」
この学術都市は現在、他種族の受け入れを積極的に行っている。表向きには、勇者は他種族との交流の邪魔になるとして徹底的に排除している。
「そうだな、私も同意見だ。…………だが」
「何か、気になる点でも?」
「…………いや、気にするな。とにかく、例の異端者共は客人として入学させるんだ。シヤベリ卿の機嫌を損ねてはならない」
シヤベリ卿はこの学術都市を牛耳る大富豪だ。彼の財力無くしては、この都市は成り立たなかっただろう。そして我ら『ノナンズ』も、彼に雇われている。
「承知しました、部隊長。……それと、例の客人から伝言を預かっています」
「…………言ってみろ」
「竜の刺繍を指差し、『これはオーダーメイドなんだ。誰にも譲れない』と」
「オーダーメイド、譲れない、か。……強欲なことだな」
シヤベリ卿が召集した客人の思惑に薄々気づきながら、久々の友との会話に満足し職務に戻るナイン01。
彼が試験会場で感じた『まるで何かが的を引きずり続けた跡』という印象は、誰にも打ち明けられないまま夜空に消えていった。




