試験の部屋
……どうして、こんな所にいるんだろう。
本来なら僕は、学校近くの喫茶店で子ども達の帰りをゆっくり待つ大人ムーブをするはずだった。三十半ばにもなって、なぜ今更学校の入学試験を受けているのだろうか?
僕の周りには、ファウンド達と同じくらいの背丈の子どもしかいない。明らかに僕一人だけが浮いていた。
ちなみに、ファウンドとエランスは午後から試験をするためここにはいない。
「が、頑張りましょうね! 平野さん!」
コミュ障仲間の狐風の獣人、レーブンさんが励ましてくれる。どうやら自信を取り戻せたみたいで安心した。
レーブンさんがこんなに頑張っているんだ。僕もここに来てしまった以上、気をしっかり保たないといけない。震えている僕の足は、今にも踵を返して帰りそうだけど。
レーブンさんが試験監督から試験の説明を受けている間、僕は無我の境地に至るため、ドーム越しのどこまでも広がる青空をずっと眺めていた。
「あの、試験監督さんですか?」
僕に向かって話しかけてくる声が下から聞こえる。多分僕のことではないので、華麗にスルーしておく。
「おい! 劣等種族のおっさん! 姉さんが丁寧に聞いてやってんだぞ! 無視すんな!」
なんだかやたら大きい声が、先程の声の隣から聞こえてくる。この場所にいるおっさんは、僕と遠くにいる試験監督さんだけなので、多分僕のことだと思う。
僕は無我の境地を捨て、仕方なく目を下に降ろす。
――そこにいたのは、まさに天使だった。
背はファウンドと同じくらいで、姿形は人間に近く、二人とも明るい茶色の髪をしていた。しかし、唯一人間と異なる点がその背中にはあった。……羽だ。
それは、鳥類の羽だった。二人は背中の白い羽を、人間の手のように自在に動かしている。
「やめなさい、コット。滞在するために必要な最初の一歩を台無しにしたいの?」
長い茶髪の女の子は天使のような白い羽をはためかせ、片割れの短い茶髪の男の子の暴走を宥めている。
「……チッ、覚えてろよおっさん」
こちらを睨むように見上げてくる男の子は、背中の翼を荒ぶらせて去っていく。なんだかよく分からないが、因縁をつけられてしまったようだ。
「申し訳ありません、弟が粗相をしました。私はウール・リックス…………翼人族です」
丁寧に羽を折って挨拶してくれるウールさん。背中から生える白い羽根も特徴的だが、彼女の長い髪も羽に劣らない明るい茶髪をしている。
整った容姿の彼女に宿るオレンジの瞳はどこか神秘的だ。古代神話に出てきそうなシンプルな白いドレスを着ていて、片足だけ見える素足はとても印象的だ。
「これはご丁寧に、僕は平野頼来です。……果たすべき任務のため、ここにきました」
家賃滞納しそうだからここに来たなんて初対面の方には恥ずかしくて言えない。僕はクールに、あくまで任務と言って誤魔化す。
「……なるほど、あなたが噂の『悪魔の日を終わらせる者 《アクマ・デイ・ジ・エンド》』ですか」
なんのことやら分からないでいる僕の阿保面を、ウールさんはオレンジの瞳でジーッと見上げている。……なんだか、子どもに僕の値踏みをされているみたいで、少し辛い。
「辺境の魔族を退け、南にいた数多の堕ち勇者を正した者……そしてその竜の服。次は一体、何をなさるおつもりですか?」
……家賃の支払いです…………
僕はウールさんに申し訳なさそうな顔をしておく。家賃を支払えなくて完璧な部屋から見放されそうですなんて、とても言えたものではない。
「ふふ。『あくまで』極秘、ですか……『風』の噂で聞いた通りの方ですね」
何かをぶつぶつ呟いたウールさんは、踵を返して苛ついている弟さんの所へ向かって行った。……よく分からないけど、彼女が満足してくれたならいいか。
「諸君! これより試験内容の全体説明をする!」
遠くにいた試験監督の人がやってくる。近くに来たその図体はとても大きく、この中で一番身長が高い僕ですら見上げら姿勢になってしまう。
レーブンさんは、狐耳をピョコピョコさせて僕の隣に戻ってきた。
「試験はいたって単純だ! 白線から出ずに的を破壊できれば合格だ! 魔法でも物理でもかまわん!」
試験監督は白線を僕たちの前に引いて、百メートルほど離れた場所にある小さい物体を指差す。
皆んなは的を見て、神妙な顔で頷いている。
こうして、魔術学校の入学試験は始まった。
――
試験順を待つ僕たちは、近くに置かれた観覧席で待機している。
「はん! 下等種族の『補助魔法』で的が壊せるわけないのによ! 人間は弓兵しかいらないってか!?」
「やめなさい、コット。試験中です」
ウールさんは怒っている弟さんをヨシヨシ宥めるので必死だ。昔の僕もあんな風だったのだろうか?
……でも、弟さんの言うことも確かだ。補助魔法しか使えない人間にとって、百メートル先の的を狙う手段は弓を使うしかない。
僕が唯一使える錯乱魔法だって、奇襲や隠密用の補助魔法だ。遠くにある的を狙えるような魔法ではない。
――
「次! コット・リックス!!」
「……ったく、めんどくせえな。行ってくるわ、姉さん」
弓で的を破壊出来ず、数々の脱落者が出る中、弟さんが立ち上がった。
「はい。頑張ってね、コット」
姉からの声援に嫌そうな顔をして、必死に翼で追い払う弟さん。素直な気持ちが恥ずかしい年頃なのだろう。
白線の前に立った弟さんは、背中の白い翼を大きく広げた。
「一瞬で片付けてやる! 〈ウインド・カッター〉!」
弟さんは翼をはためかせて、目に見えるほどの旋風を作り出した。おそらく、あれが彼ら翼人族の魔法なのだろう。
旋風は真っ直ぐ的に進んでいき、的を真っ二つにする。
「よし、合格だ。後日入学書類を渡す」
「はん! 当然だろ!」
――
「成長したわね……コット」
遠くから活躍を見守っていたウールさんは、ハンカチを目に当てて弟さんの成長を喜んでいる。「やめろ姉さん!」なんて言い残して会場から出て行った弟さんだが、その言葉に反して、満更でもない様子だった。仲が良くて羨ましい。
「次! レーブン・アニマー!!」
「ひっ、ひぇ!」
隣で怯えながら立ちあがった狐耳のレーブンさんは、まだ緊張が抜けていないようだった。
最初に校門で会った時のように、サイズの合ってない青い服に顔を埋めてしまい、服から僅かにでた狐耳もペタンと張り付いている。
「大丈夫だよ、レーブンさん。僕がついてる。思いっきりやっちゃえ」
僕はレーブンさんの肩と思われる所に両手を乗せる。コミュ障同士のよしみだ。僕にできる限りの声援を送っておこう。
「あ……ありがとうございます! 平野さん! なんだか……げ、元気が出てきました!」
自分よりもコミュ障な僕からの応援で自信が湧いてきたようだ。レーブンさんは、青い服からかわいい狐顔を出して三角の耳を上に向けてくれた。
白線の前に立ったレーブンさんは、空色の目を細めて、遠くの的に狙いを定める。
「行きます! 〈身体強化〉!」
レーブンさんは全身の黄褐色の毛並みからオレンジ色のオーラを出し、シャツ越しに持っていた小さな石ころを的に向かって投げる。
音速に近い速度で放たれた石ころは、百メートル先の的を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「……合格だ。後日入学書類を渡す」
「や、やりました! 平野さん! 見ててくれましたか!」
ニコニコ顔で僕に振り向き、服の袖を振り回しているレーブンさん。突き出た鼻を得意げにヒクヒクさせ、耳をピョコピョコ跳ねさせる姿はとても可愛らしい。……レーブンさんを怒らせるのだけはやめておこう。
――
「次! ウール・リックス!!」
「ふふ……次は私の番ですか。『それでは……お先に失礼しますね』」
そこまで近くにいたわけではないのに、彼女は明らかに、僕に向かってその言葉を発していたのが分かった。それだけ彼女の声は、遠くにいた気がしないほど鮮明に聞こえた。
「では、参ります」
白線の前に立ったウールさんは、的に向かって片手を伸ばした。静寂が辺りに漂う中、百メートル先の的が突然歪み始める。
最初こそ耐えれていた的だが、ついにその姿をひしゃげてしまい、円盤から小さな球体になってしまった。
「…………合格だ。後日入学書類を渡す」
呆気に取られていた試験監督が、ようやくウールさんに合格を与える。
ウールさんは僕を見て、小さくVサインをしてくれた。……僕、いつの間に彼女と仲良くなったんだろう。
――
「次! 平野頼来!!」
ようやく来たか、僕の出番が!
僕は悠然と白線の前に立ち、この試験会場に来てからずっと決めていたことを実行した。
「すみません、辞退させてください」




