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トラウマの部屋②


「あ、ありがとうございます。こ、こんな場所初めてなので、……緊張します」


 狐の耳をバタバタさせて周囲を見回すレーブンさん。

 僕たちは一旦学校から離れ、近くの喫茶店に入っていた。学術都市の喫茶店は、始まりの地にあった喫茶店と同じような雰囲気で、トラウマだらけだった外の景色を忘れさせてくれる。


「そんなに緊張しなくてもいいよ」

 

 テーブル席につき、ファウンドの隣に僕が座る。前には獣人のレーブンさんがいて、奥にはエランスが座っている。


「それにしても……あなたはどうして私達に土下座してきたのよ」


 エランスが紅茶を飲みながら隣のレーブンさんに尋ねる。正直僕たちは、会ったことすらないこの子から謝られて訳がわからない状態だった。


「そ、それは……私が大声を出したせいで……た、楽しそうに話す皆様の貴重な会話を、じゃ、邪魔したからです……」


 途切れ途切れで話していくレーブンさんは、サイズの合ってない青い服に顔を埋めて、顔を上げてくれる気配がない。


「そうか……それなら僕も、君に謝らないといけないな」


 僕は椅子から立ち上がり、膝を折って床に正座し、額を床につけた。


 レーブンさんはこう思っているのだろう。『自分が存在しているだけで、誰かに迷惑をかけているのではないか』と。

 その気持ちは以前の世界でのトラウマを思い出した僕には、痛いほど分かった。だから、この子が土下座して謝ってきた分、こちらも誠意を見せなくてはならない。


「すまなかった! 僕も君の独り言を邪魔してしまった! だからこれで許してくれ!」


 僕はレーブンさんに心の底から謝る。自分の独り言を邪魔されるのはとても嫌なことだ。僕の悲惨な叫びで、この子が気分を害してしまったことは間違い無い。ならば、僕に出来る最大限の謝罪をここでするしかない。


「ひ、ひぇ!? そんな! 私こそごめんなさい! 平野さんにそんなことをさせてしまって!」


 土下座している僕に向かって、自身の毛並みが汚れることも気にせずに、レーブンさんが床に膝をついて土下座してくる。


「いや! 僕の方こそ!」


「いいえ! 私こそ!」


「やめなさいよ、あなたたち! こんな所でみっともない!!」


 エランスは僕とレーブンさんの首根っこを掴み、喫茶店から引っ張り出してしまった。ちなみに喫茶店のお代は、ファウンドが支払ってくれた。



 ――



 喫茶店から近くの公園のベンチまで引き摺られた僕とレーブンさんは、先ほどまでの土下座していた勢いを完全に失っていた。


「それじゃああなたも、魔術学校の試験を受けにきたのね?」

「は、はい! こ、故郷の長から……ケ、ケジメをつけてこいと言われてしまいまして。わ、私なんかに務まるわけないのに……」


 青いシャツの首元から見えていた狐の耳がヘタリと倒れ込む。まるで何も見たくない、聞きたくないかのような拒絶っぷりだ。

 なんか物騒なワードが聞こえたが、こんなに大人しくて可愛い子が言うわけがない。きっと気のせいだろう。


 それに分かる、分かってしまう。周りから期待された所で、結局何もできなかった時の周囲の反応。……だから学校は恐ろしい。


「分かるぞレーブンさん……僕も以前の学校では、とても辛い思いをした」

「へ、平野さん……」


 僕は僅かにシャツから出ていたレーブンさんの頭を撫でる。ふかふかの毛並みは、撫でているこっちがつい癒されてしまう。


「だけど……いや、だからこそ。君には僕のようになってほしくない。若い時に見た、全く知らない新しいことは見るだけでも、必ず自分の糧になるんだ。」


 実際、僕が初めて洞窟でファウンドを見た時は涙が止まらなかった。多分学校もそうだ。若者にとっては感動できる何かがあるに違いない。……僕は行かないけど。


「よく言ったわ平野。レーブンさん。あなたはまだ試験すら受けていない。始まってもないのにそんな調子じゃ、それこそ故郷にとっての一番の恥よ?」


 エランスは服に隠れたレーブンさんの手を取り、説得を続ける。エランスは誰に対しても面倒見が良い。流石は僕の赤ペン先生だ。


「う、うう……わ、分かりました……こ、故郷のためにが、頑張ってみます……!」


 エランスの説得が通じ、レーブンさんはシャツから顔をぴょこっとだして校門を見上げる。良かった。貴重な若者の選択を間違えさせないで済みそうだ。


 僕は上下に頭を揺らして納得し、ベンチから立ち上がってこの場を後にする。あとは若者達で頑張ってほしい。


 ……しかし、現実はどうやら、そう上手くいかないらしい。


「さて……それじゃあ平野、行くわよ?」


 エランスはしっかりと僕の腕を握りしめている。ものすごい力だ。カクレータ村での遠足以上の握力な気がする。


「……そ、それは、若い三人でなんとか頑張ってほしいなー、って。ね? ファウンド?」


 僕はファウンドに助けを求める。完璧な部屋は一番の僕の理解者だ。僕の危機を察知して、いつでも助けてくれる。


「かしこまりました、ご主人様。エランス、その手を離しなさい。ご主人様は忙しいのです」


 そうだ! 僕は常に忙しいんだ!


「ファウンド様。こちらをご覧ください」


 エランスは僕の腕を掴みながら、ファウンドに冊子を渡す。見た感じ、魔術学校のパンフレットのようだ。

 レーブンさんは「ひゃっ!」と可愛い声をあげて、僕の後ろに隠れる。

 分かる。学校のパンフレットに、未だに恐怖心があるのだろう。


「? これはなんですかエランス? こんなものでは、ご主人様の決定は揺らぎませんよ?」


 そうだ! 憎っくき学校のパンフレットなんて燃やしてしまえ!


「ファウンド様。ここに描かれた男性の服をご覧ください」


 エランスはパンフレットに描かれた男女の姿をファウンドに見せつける。描かれていたのは、いかにも魔法使い見習いみたいな服装をしている写真だった。

 男女で襟首の色が異なる白いシャツ。その上から黒いローブを着ていて、男女が楽しそうに手を繋いでいる。


「とても良い服ですね。ですが、それとご主人様にどんな関係が?」


 ……あれ? なんだか嫌な予感がする。


「もしここに入学できれば、ここに描かれた服を、平野は必ず着ることができます。……そう、今目の前にいる、()()()()にね」


「……」


 エランスは龍の威厳が全面に出された、僕のかっこいい服を指差す。……もしかして、この服が羨ましいのかな?


「やれやれ……何を言い出すかと思えば、僕のコーデを妬んだってあげないよ? 全く。がめついなあ、エランスは……それじゃあ、僕は行くよ」


 僕はエランスの手からするりと脱出し、半袖服の金色の龍を引き連れてクールに歩いて行く。少し嫌な予感がするので、クールさも少し焦りに変わって、いつの間にか早歩きになっている。


 ……しかし、現実はどうやら、そう上手くいかないらしい。



 ――



「これより! 魔術学校の入学試験を始める!」


 気がついたら、僕は試験を受けていた。……どうしてこうなった。

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