擬人化した部屋②
人は本当に大切なものを見つけるとどうなるのか、見てみないと分からない。この感情は僕の中で初めての体験だった。
この感情がどのように昇華されるのか、それは人それぞれなのだろう。ちなみに僕の場合、滝のような涙が溢れていた。
……あまりにも酷い顔をしてるだろうな。世間ではクールなイケおじキャラで通ってるのに。こんな涙と鼻水だらけの酷い顔をしていたら、イケおじのクールさなんて欠片もない。でも、今起こっている現実は、僕の普段のクールさをも消し飛ばしてしまう。
《部屋にお姫様抱っこされている!》
好きな人にお姫様抱っこされるのは、恥ずかしいことだと思っていた。しかしそんなもの、完璧な部屋にお姫様抱っこされている安心感には勝てない。
僕は感動と安心感を得ることに忙しくて、機関銃を受けた熊が爆発する音なんて気にならないほど、何も考えられなかった。
――
「ご主人様、周囲の掃討が完了しました。ご用がある場合は、なんなりとお申し付けください」
感動の涙が収まりきったくらいで、目の前に立つ美少女が、僕の指示を待っていた。
いつの間にか燃えていた熊が、その体から火を灯している。
火の光に映った僕の部屋は、小学校高学年くらいの幼い子どもの姿をしていた。
当たり前だが、僕の部屋はとても美しかった。白黒のメイド服を着て、僕に奉仕をしたいと意思表示をしている。
熊の死体から出る火の光が反射して、その姿が見えなくなるくらい眩しい銀髪。それを腰まで伸ばし、優雅に靡かせる姿はどこか神秘的だった。無機質ながらも吸い込まれるような黄金の瞳は、見た人の姿を綺麗に反射していて、瞳に映る僕の姿が邪魔にすら思える。
あまりにも非の打ち所がない完璧さから、少女は近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
しかし、そんな完璧な彼女は、僕がいつも聴いていた音声認識の声を発して、そこに存在していた。
なるほど。
《僕の部屋は、どうやら擬人化したらしい》
……完璧な部屋を創り上げた僕だが、部屋を擬人化しようなんて思ったことはない。擬人化などいらないくらい部屋を愛していた僕には不要なものだった。それに、僕があくまで目指した完璧な部屋は、究極の安全性と機能性だ。
僕はこの部屋で暮らし始めてから、数年間で部屋に起こりうるであろう、「もしも」、「どうしたら」を全て解決するため、僕の人生全てを捧げて、部屋防衛システムを創り上げた。
これから何が起きようとも、僕の完璧な部屋だけは、必ず無事になるように設計してある。
「……それじゃあとりあえず、どうして人の姿になったのか教えてくれる?」
色々部屋を魔改造した自覚はあるが、ここまで劇的ビフォーアフターされたとなると、いくらなんでもこれを疑問にせざるを得ない。君、いつの間にトランスフォームなんて覚えたの?
僕の質問に、目の前の部屋は悲しそうな表情をする。完璧な部屋の黄金の瞳が、挙動不審にキョロキョロ動いていて、見ていてかわいい。
「……わかりません。早く元の姿に戻り、ご主人様の部屋として役割を果たしたいのですが……お役に立てず大変申し訳ございません」
「そ、そんな謝らないで! 僕の完璧な部屋に不備があるとしたら、それは僕の不備だ! 君にはいつも助けられてるし、これからも一生頼りにしているよ」
日頃の感謝が溢れ出した咄嗟の言葉に、少女は安心したようににっこり微笑む。
……僕の部屋はなんて律儀で可愛らしいんだろう。一生暮らすしかない。
それにしても、完璧な部屋が目の前にいる事実と、真っ暗で何も見えない周囲の状況は、明らかに異常事態だ。
こんな時はとりあえず、行動するに限る。ここにいてもしょうがない。
「とにかく、ここから離れよう。今なら熊から出てる火の灯りで周りが見えるし、先に進めそうな場所もある程度わかる。倒した熊の匂いで、いつ他の熊が来るかも分からないし」
僕は部屋に行動方針を伝えていく。彼女がこくこく頷く度に、長い銀の髪がゆらゆら揺れている。
(そうだ、大事なことを忘れていた)
「ごめん。そういえば成り行きで結局自己紹介してなかったね。僕は平野頼来。君の契約者だ」
僕の自己紹介を不思議そうに眺める完璧な部屋。首を傾げて、明らかに疑問符を作り上げるのはやめてください。尊死するから。
「? なぜ自己紹介をする必要があるのですか? 私は只の、ご主人様にご奉仕する部屋でしかありませんよ?」
疑問に思ったことを沢山投げかけてくれる僕の完璧な部屋は、じっと僕を見つめて、回答を求めてくる。
そんなに不思議そうな表情をして、目と鼻の先まで近づいてこないでほしい。嬉しくて気絶してしまう。
「そんなことないよ。僕は君という存在に出会ってから、毎日が楽しかったんだ。今まで使われる部屋と、使う人間の関係でしかなくて寂しかった。だから、こうして人の姿になってくれた君には、素直にならないといけないんだ」
まあ素直になった結果、とりあえず自己紹介から始まるのは正しいか分からない。コミュニケーション、苦手。
「そうですか。でしたら、私のことは404号室とお呼びください。既にアパートからは切り離されていますので、他の部屋はもうありませんが」
……! 待っていたぜ! この瞬間をよお!
「名前なんだけどね。僕は君を見つけてからずっと、君に付けたい名前があったんだ! 『ファウンド』っていうのはどうだろう?」
ついに、僕の完璧な部屋に、この名前をお披露目することが出来た! 恐悦至極である。
「ファウンド……ファウンド……ファウンド……ふふっ」
おや? 僕の提案した名前を連呼してくれている。それにちょっと笑った? 可愛いすぎるので、そろそろ結婚してくれ。
「かしこまりました、ご主人様。これより私は『ファウンド』。ご主人様の生活を永遠に支援し、ゆりかごから墓場まで苦楽を共にすることを、ここに誓います」
……結婚より重いことになったなあ笑
1/17会話のやり取り、表現、洞窟内の敵について修正しました。




