バーバラスの部屋
「…………ここは、魔王城ですか」
世界ダレーテルの最北端。極寒の雪が降り続ける中に一つの城が存在する。
他種族ですら容易に近づけないその城は、魔族の世界における唯一の象徴としてそびえ立っている。
「どうやら、私めはグラッドに殺されたようですね……」
魔王城は私め達にとって唯一の拠点であり、ここには魔族の研究成果全てが集約されている。その中には、この世界で死んだ魔族を呼び戻すコフィンも存在する。
魔族がこの世界で上位種と呼ばれる理由は、洗脳魔法などの上位魔法を使えるだけではない。寿命を除けば、死んだとしてもこの世界のどこかで再生することが出来るからだ。
魔族の生命力は寿命の長いエルフとよく比べられるため、一括りに上位種などと呼ばれている。
「ようやくお目覚めか、バーバラス」
コフィンに充填された液体の感覚に嫌気をさしながら、バーバラスは話しかけてきた正面にいる姿勢のいい魔族を見据える。
「お久しぶりですねシープ。こんな陰気な所で今も研究を続けていたにしては、随分と元気そうですね」
「ふっ、どこかの誰かのように任務を放棄して、辺境で怠惰な生活をしていた阿呆を茶化してやるくらいには元気だぞ?」
シープは長い爪を器用に動かしてメガネを掛け直す。相変わらず自分の研究に精を出しているようだ。
「……今回は失態を認めましょう。研究に嫌気がさして、誰もいない辺境の地で劣等種族と暮らしていましたが、かつての研究対象をこの手にできると踏んで行動したら、このザマですよ」
私めは綺麗に切断された十本の爪をシープに見せる。死んでも削れることのない魔族の爪は、完全に切断された状態で蘇っていた。
「……正直驚いたぞ。我々魔族の爪はこの世界での最高硬度を誇る物質。我々ですらこれの扱いに苦労しているというのに。それを全て、ここまで綺麗に切断するとは」
シープはジロジロと私めの爪を観察する。ばつが悪いのですぐに手を引っ込めたが、バーバラスもシープには同意見だった。
「……とてもこの世界であり得る力ではありませんでした。何より恐ろしいのは、その力を持つ者が辺境の地で二人も現れたということです」
「……とても信じられる話ではないが、お前の言葉に嘘はない、それが真実なのだろう」
シープは嘘を見抜く力がある。もし反抗的な魔族が死んで魔王城へ帰還した時に、反逆の目を潰す役割を務めている。
「それよりバーバラス。持ち逃げした魔造兵器はどこにある? そろそろ『魔王』様の計画を遂行するため、返還して欲しいのだが」
シープは私めの目を見て問いただしてくる。高い鼻に黒い瞳は人間共からしたらイケメン。というやつなのだろう。
「無理ですよ。スズメノチャヒキは私めの爪を切った二人の勇者に破壊されました」
「……!? 馬鹿な! あれは魔造兵器! 神をも殺す『天災』として開発したものだぞ!」
シープがコフィン越しに私めに疑惑の目を向ける。しかし、彼の能力で、その言葉に嘘がないことは分かったはずだ。
「到底放置できる力ではない。バーバラス、勇者達の行方に心当たりは?」
「確かエランス……勇者共の巫女は、学術都市の話をかなり持ち出していました。おそらく向かうならそこでしょう」
「…………分かった。そこには既にシヤベリが潜伏している。事前に報告しておこう」
そう言うとシープは、私めのいるコフィンから離れて去っていく。
「……シープ。『魔王』様は御息災か?」
「……ああ。お前のことを心配していたぞ」
そう言うとシープは部屋から出ていく。やれやれ、どうやら魔王様には、ご迷惑をおかけしていたようだ。
結果こそ散々だったが、あの村での生活はよい休暇になった。ただ、魔族のプライドである私めの爪が無くなったことはなんとも度し難い。これでは、私めが赤子のようではないか。
愚痴を散々撒き散らした私めは、魔王様に謝罪するため、液体が充填されたコフィンから怠惰に出るのだった。




