払えない部屋②
……実に困ったことになった。どうやらこの世界には、ATMは存在しないらしい。
ギルドにATM捜索を依頼して数日、僕はギルドの隅にあるテーブルに座り、全く剥がれない紙を眺めて項垂れていた。
いくらお金が手に入ったからって、それをアパートの管理人さんに渡せなければ話にならない。
このままでは大量の金貨に囲まれたまま、完璧な部屋を失うことになる。そんなのはごめんだ。
「どうしたんだい頼来? 浮かない顔だね」
僕の前に親友であるナシストがやってくる。どうやら依頼の帰りのようだ。
「実は……どうしてもATMに行かないといけないんだ……!」
僕は縋り付くようにナシストに叫んだ。このままだと、僕の完璧な部屋は、家主のいないただの最高の部屋になってしまう。
「ATMって……もしかして、以前の世界にお金を振り込みたいってことかい?」
僕は全力で頷く。頼れる親友は、ファウンドと同じくらい僕の気持ちを理解してくれる。
「それなら、学術都市に向かうといいよ。きっとそこでなら、以前の世界にお金を送れるはずさ」
思ってもいなかった発言に、僕は驚いてナシストを見る。
「学術都市には、ATMがあるっていうのか?」
「正確には少し違うけどね。女神の使う勇者転送用の術式を解読して、逆にこちらの世界の物質を以前の世界に送る実験を何度かしているんだ。僕も以前、親のために何か送ろうとして、その実験に参加したことがあるんだよ」
「その話! 詳しく聞かせてくれ!」
僕は親友と話し込むため、ギルドを出て喫茶店へと向かった。
――
さて、ナシストが言うには、学術都市には以前の世界に物質を送れる技術があるそうだ。
ATMではないので、お金に類似するものをそのまま送らないといけないのが不便だが、金貨を袋に詰めて、住所と宛先を日本語で書いて、アパートの管理人宛にしておけば問題なく届くはずだ。
「でも、今の学術都市は気をつけた方がいいかもね。なんでも、異種族の交換留学を頻繁にしているらしくて、争いの元である勇者は、かなり嫌悪されているみたいなんだ」
学術都市は王都から近いが、全く別の空間を作り出しているそうで、お互いに交流することはほとんどないらしい。
そのため、学術都市は独自のルールがある独裁国家となっているそうだ。
「異種族の技術を取り入れて、さらなる躍進を狙っているんだろうけど、僕様からしたら諸刃の剣と言わざるを得ないね。勇者を除け者にするなんて、人間にとってあまりにも危険すぎる」
ナシストは困ったように手を掲げる。それだけ学術都市は今までとは異なり危ない場所ということなのだろう。
「……でも、僕は行かないといけないんだ。大切なもののために……!」
お金があるのに家賃が払えないなんて、ティオ婆みたいなことはしたくない。きちんと自分の財源が潤沢にあることを、管理人さんに示さなければ!
「……そうか、君にも以前の世界に置いてきた大切な事があるんだね。……わかった。僕様も協力しよう!」
情報源であるナシストの協力が得られたのは大きい。置いて来た大切な預金口座のため、僕はすぐさま行動することに決めた。
――
「こうですか、ファウンド様?」
「惜しいですね。ご主人様は、もう少し細かく切った方が好みです」
ホテルのキッチンを借りて、私はファウンド様から料理を教わっていた。
別に平野のためというわけではない。自分で料理を作った事がないから、毎日料理を作ってくれたファウンド様から教わりたくなっただけだ。たまには指導される側になるのも悪くない。
平野ではないが、ファウンド様はいつも完璧だった。私に出来ないことは、いつでもファウンド様がこなしてくれる。私に出来ることなんて、その後ろを全力で追いかけることだけだ。
「……エランスは、ご主人様のことをどう思っているのですか?」
「え?」
スープを煮込みながら、ファウンド様から突然放たれた言葉に唖然としてしまう。
「平野、ですか? ……とんでもなく強引なやつです。いつも巫女である私とファウンド様を引っ掻き回して、いつの間にか納得したような顔で佇んでいる! 今回だって、私たちの写真を貼り付けた売り物まで出して……あー! 思い出すだけで腹が立ってくる!」
私はあのヘラヘラした顔を思い出して地団駄を踏んでしまう。忘れたくても忘れられないその顔は、なんとも目障りだ。
……でも……
「…………でも、いつも何かに懸命になれるあの姿は、嫌いでは……ないです」
「そうですか…………ふふっ」
気のせいだろうか? 一瞬ファウンド様が笑った気がする。煮込んでいたスープの湯気でちょうど表情は隠されてしまった。
「ご主人様は、常に完璧ですね」
スープを掬い、お椀に入れて私に渡してくるファウンド様。優しく温かいその視線は、どうしてか苛ついた私の心を和ませてくれる。
「……とっても温かいです」
野菜を少量加えただけなのに、そのスープは今まで食べたどのスープよりも美味しい気がした。
――
「ここにいたか! ファウンド! エランス!」
僕はホテルに戻り、キッチンの片付けをしていた二人をようやく見つけだした。
「げ、平野。何しに来たのよ」
「何か入り用ですか? ご主人様」
とても頼もしい二人が、僕の所へ駆け寄って来てくれる。エランスもようやく機嫌を直してくれたみたいだ。
「これから学術都市に向おうと思う。転送システムの研究をしている場所に行きたいんだ」
……行かないと、家賃が払えない!
「へえ、いいじゃない。平野もようやく勇者について興味が湧いて来たようね」
……いや、全然興味ないです。
「ご主人様が行く所に、どこまでもお供します」
メイド服を摘みお辞儀をするファウンド。さすが僕の完璧な部屋だ。立ち振る舞いも完璧である。
「すでにナシストとキントさんには話をつけて来た! 今日発つモノレールに乗って早速向かおう!」
そうしないと、家賃支払日までに、金貨が管理人さんに届かないかもしれない。
「きょ、今日!? ……ほんと勝手なんだから!」
「かしこまりました。ご主人様」
――
旅の支度を終えて、僕たちは始まりの地から続く一本のレールの原点にいた。ここにあるモノレールに乗れば、遠くに見える学術都市に行ける。
「皆さん! 今まで、本当にありがとうございます!」
僕は始まりの地の住人の皆さんに頭を下げる。住人の皆さんは、胸にファウンドとエランスの缶バッジを付けている。
「こちらこそありがとう! 街に活気を戻してくれて!」
「あなたたちは、この街の救世主よ!」
「第二回のライブも待ってるからなー!」
賑やかなファン達の喧騒に思わず笑みが溢れる。
「平野君! 君に! 栄光あれ!」
「またいつでも僕様を頼れよ! 親友!」
「しょうねん〜。今度こそ、ウチに泊まって行ってね〜」
展示会メンバーのみんなも僕らのことを見送ってくれる。
……どうしてだろう。コミュ障の僕が、こんなに誰かと話すのが楽しいと思えるのは。
「ご主人様、行きましょう」
「早くしなさい、平野」
小さな二人の手は、僕を引っ張ってくれる。
……ああ、そうだ。この二人がいてくれたから、楽しいって思えたんだ。以前の世界での完璧を追い求める生活も悪くはなかったが、こうして二人と波乱万丈な生活をするのも悪くない。
モノレールが走り出す。僕はカメラのシャッターを押し、みんなの見送る姿を写真に残す。
これからだ。前の世界では見られなかった面白いものを、この二人と一緒にこの世界で見てみたい。これからの余生を誰からも羨ましがられるような、最高な日々にしたい!
僕はモノレールに揺られて、ひたすら続く荒野を眺めながら、僕たちの新しい目標を立てるのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
これにて三章完結です!!
次は学術都市編をやります。




