見つけた部屋
「ごめんなさい。それは無理です」
僕は頭を下げてナシストさんの提案を断る。勇者という存在が本当にいて、転送者がそう呼ばれていることは分かった。
しかし、天界やら女神やらを僕は知らない。異世界で無双出来ない現実は悔しいが、よく分からん女神のよく分からん宗教に入って、一生を過ごしたいわけではない。
「どうしてだ! 君は何も持たない、女神から見放された存在なんだぞ! これ以外の生き方なんてないはずだ!」
勢いで立ち上がったナシストさん。僕より高いすらっとした姿は、見ているこっちがつい憧れてしまうほど美しかった。
「どうしてそんなことが分かるんですか? 女神から強制されたわけでもないのに」
「な、なんだと……!?」
「僕は、以前の世界で一つの夢をずっと追い続けていました。そして、完成させたんです。その夢を」
「……ならば、君は僕のように、元の世界での未練がないのか……」
ナシストさんの項垂れた表情に、僕は首を振って否定する。
「そんなことはありません。僕はまだ、以前の世界で成しとげていないことがたくさんあります。今だって、その一つをこの世界で必死に解決しようとしています」
僕はナシストさんに必死で語る。このままだと家賃が払えないから、ファウンドとの契約が切れることを!
「しかし、この世界は元の世界とは違う! 僕たちは死んで! 亡霊のように! この世界での消耗品として扱われている! 元の世界とは、まるで生き方が違うじゃないか!」
僕の言葉を猛烈に否定してくるナシストさん。確かに、彼の人生は以前の世界では散々なものだったのかもしれない。
「それは違います、ナシストさん。この世界も以前の世界も、世界がなんであれ『僕たち』は変わりません。女神とか、勇者とか、宗教とか、そんなもので僕たちの人生は覆らない」
宗教の勧誘なんて乗らない方がいいのだ。大抵何言ってるのか分からないし。
「……だったら、僕には何が残るっていうんだ! 元の世界での夢を無くし、女神から見放され、消去法で生きている僕には! 一体何が!」
激昂するナシストさんの足から冷気が漏れ出る。温かい空気は一気に寒気へと変わっていた。
「……あなたに残っているものは僕には分かりません。でも、僕には守りたい部屋があります」
「…………部屋?」
「はい。何よりも大切な自分の空間。守りたいと思えるものは、前の世界にいた時もそこにしかありませんでした。だから、僕はこの世界でも、完璧な部屋を守りたいんです!」
僕の熱弁を聞いたナシストさんから冷気が引いていく。夜になりかけた誰もいない街路路から明かりが灯ってくる。
「……なるほど。どこにいようと守るべきものは、自分自身のプライドという事か」
「へ?」
「分かったよ。平野頼来。君の強さが。君のその誰よりも強い自我が、女神の恩恵すら跳ね返したのだろう」
両手を僕の肩に乗せて感涙しているナシストさん。よく分からないが、僕の完璧な部屋への情熱が伝わったらしい。
「全く! 今までの僕が情けない! 勝手にやさぐれて、この世界の者たちを勝手に見下して、挙句には旧来の知人すら巻き込もうとした! 僕にはまだこの世界で! 僕にしか出来ないことがあるというのに!」
溢れ出る涙を隠しもせず、魂の叫びを上げるナシストさん。ちょっと距離近いんで離れて欲しい。
――
「ありがとうな。平野。君のおかげで、勇者として、僕がどうすべきか分かった気がするよ」
「……伝わったようで何よりです」
すっかり夜になり、ベンチに腰掛けている僕とナシストさんは普段から隠して来た不安をお互いに川に流した。
「……なあ、僕たち親友になれないかな? 以前の世界を知る仲同士でさ」
「え? 本当に?」
ナシストさんは黒い空を見ながら僕に尋ねる。まさか、友達を超えた、あの伝説の存在になろうと言ってくれる人が僕の目の前に現れるなんて!
「当然だ。僕の本音を出したのは君だけだ。君はこれから苦労する事が多くあるだろう。そんな時は遠慮なく、僕のことを頼って欲しい」
そういうと、ナシストさんは手を差し出してくる。断る理由のない僕はがっしりと彼の手を握り返す。
「嬉しいよ。初めて出来た親友だ!」
僕の言葉に、ナシストはようやく笑顔を見せる。元気になってくれたようでよかった。
「あー! こんなところにいたのね平野!」
「ご主人様、夕飯の用意ができています。冷めないうちにどうぞ」
エランスとファウンドが僕のことを迎えに来てくれる。僕は早速出来た親友を二人に紹介しようとしたが、先にナシストが立ち上がる。
「おやおや! ご機嫌麗しう。お嬢さん方!」
「げ、ナシスト……なんで平野と一緒にいるのよ……」
ナシストを怪訝な顔で見つめるエランス。しかし、今のナシストに怖いものがないことは、親友である僕が一番よく知っている。
「なあに、僕様と相応しい同盟相手である彼と、親交を深めていただけさ! それと二人とも! 先程のパーティー入りの件はなしだ! 僕様は常にソロだからね!」
バチンと重いウインクをして、氷の上を滑り出すナシスト。その動きは先ほどとは打って変わって、生きたいという激しさがあった。
「それではまた会おう諸君! ……頼来! 何かあったら呼びたまえ! この僕様がいつでも力になるぞ!」
「ありがとう! 頼りにしてるよ! ナシスト!」
僕は滑り去っていくナシストに手を振りかえし、暗闇の中に彼の姿が消えるまで見送った。人生初の親友の誕生に涙が隠しきれない。
「あなた、ナシストと何話したのよ……」
「……やはりご主人様は、常に完璧です」
いつものように呆れるエランスを連れ、ファウンドが作った夕飯が待つホテルへと帰る。これからさらに楽しくなりそうな日常に、胸を膨らませるのだった。
10万字超えました!
ここまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます!
三章はまだまだ続きます!




