捜す部屋
夕暮れの日が街を照らしている中、僕は冷たい氷道を追っていた。すでに人通りはなく、みんなが部屋で夕飯の準備をする匂いが漂う。
川が流れる場所まで辿り着き辺りを見渡すと、眩しい銀色スーツの青年がベンチに座って項垂れていた。
「あ、いたいた! 捜しましたよナシストさん!」
「え!? あっ……ふっ、一体どなたかな? この僕様は忙しいんだ。野蛮な男はさっさと去りたまえ」
派手なスーツを煌びやかに動かして、手で僕を追い払う。
「やっぱり、名前聞こえていなかったんですね……すみません。僕はまだこの世界に来たばかりで、挨拶もろくにできなくて……」
まあ僕のコミュ障は、この世界に来る前からだけど。
「…………いや、いいだろう。僕様が特別にお前の名前を聞いてやろうではないか」
ナシストさんはベンチに座り直すと、足を組んで僕の返事を待つ。
「ありがとうございます! 僕は平野頼来と言います! ……今は何も持たない普通の一般人です」
不用心にファウンドを置いてきてしまったことを後悔した。振動剣くらい持ってくればよかった。
「そうか、君が例の総合評価Eの勇者か。何かとギルドで噂は聞いているぞ」
おや? どうやら僕は有名人のようだ。勇者じゃないけど。
「……正直、少し悔しいです。せっかく別世界に来たというのに、僕は何も与えられなかった。本の主人公のように、強い能力が使えたらなって思う時もあります」
僕は別世界から来た彼に、今まで隠してきた本音をつい呟く。
よくある異世界系の話なら、なんか変な神から強い能力をもらって無双するはずなのに、僕は自己防衛で必死だ。創り上げた完璧な部屋の装備で、なんとか凌いでいるにすぎない。
エランスにも、もちろんファウンドにも言ってこなかった僕の本音。つい口に出してしまったのは、夕日を反射する川が、あまりにも綺麗だったせいだろうか。
「そうか……君は誰よりも弱く、この世界に散々振り回されてきたのだな。…………僕様と同じだな」
ナシストさんはベンチから立ちあがり、川の見える鉄格子にもたれかかる。
「あの、僕と同じというのは一体……?」
「少し長いが、聞いてくれるか? 君なら、僕様の愚痴も理解してくれるだろう」
僕は頷き、彼に続きを促す。
「……僕は元の世界では新卒の社員だった。厳しい就職活動をなんとか乗り越え、目指していた企業のお眼鏡に叶い、ようやく仕事にありつけた。僕は嬉しかった。ようやく育ての親に恩返しができる。嘲笑ったあいつらを逆に嘲笑うことができる。あの時の僕には、それしかなかったんだ」
いつの間にか一人称が「僕」になっているナシストさんの叫びを、僕は静かに聞いていた。
「ようやく初出勤の日。僕は気を引き締めて会社に向かおうとした。そうしたら、運悪く通り魔に刺されてね。いつの間にか天界にいた。僕の努力はあの瞬間に、全て消えたんだ」
顔を川に向けたナシストさんの声は震えていた。彼は以前の世界で死んで、この世界に来たらしい。
「天界にいた女神は僕に、元の世界での死を告げてきた。声すら出せずにパニックになった。でも、どうしようもないと受け入れるしかなかったんだ」
川を見つめるナシストさんの銀色のスーツは落ちかける夕日をより眩しく反射し始めた。
またここでも天界と女神か……
「全てを受け入れ、女神からこれからのことを聞いた。君も知ってると思うが、転送者は勇者として、女神から身体強化とスキルを付与される。この力で、『魔族を殲滅する意思』を示さないといけない」
…………いえ、知らないです。
「僕はなんとか切り替えた。元の世界で果たせなかった雪辱を、こちらの世界で果たそうと。武勇を示し、女神から認めてもらおうと。しかし……」
握り拳が強く握られる。歯を食いしばった表情は、こちらからだと見えなかったが、かなりの力が入っているのがわかる。
「女神は言った『スキルは……氷を足に作るだけですか。あまり期待できないですが、死んだ身として、精々頑張って働いてくださいね』と」
怒りが足から冷気となって伝わってくる。まるで彼の冷め切った心を象徴しているようだった。
「悔しかった! この世界でも、僕は誰の役にも立てないのかと! だから誓ったんだ! 女神から期待されなくても、必ずこの世界で最強になると! 誰も成し遂げられなかった種族の統制をここに為すと!」
彼は顔を天に向け、必死に涙を堪える。生きにくい現実にそれでも彼は抗ってきたようだ。
「…………だが、現実は甘くなかった。女神からの恩恵は勇者の一生のステータスであり、変化することは決してない。しかし、スキルは多くつくほどその力を強力にする。現に勇者サンモータの魔法は、他種族の秘術に匹敵する」
ナシストさんは再びベンチに座り項垂れる。勇者にも、実力には絶対の壁があるらしい。
「僕だって努力はしてきた。この能力を全力で活用して、魔族を追い払ったことも何度かある。でも、どんなに頑張っても、ステータスは何も変わりはしなかったんだ……」
「だから、僕はこうしてまだ始まりの地にいる。魔族との戦争に、こんなちっぽけな能力だけじゃ太刀打ちできないからな。有望そうな若者とパーティでも組もうかと考えていたのさ」
やけになったように自分の足を指差すナシストさん。少し間をおいて、僕に向き直る。
「僕の場合、女神からの身体能力向上があったから、総合評価Aの冒険者になれた。でも、君は総合評価E。僕よりも酷い状態だ。女神が言うには『魔族の殲滅意思』があれば、死んでも天界からの罪はない。どこかの宗教に入り、魔族への畏怖を続けていれば、罰を受けることなく成仏できるだろう」
ナシストさんは、僕に真剣な眼差しで語りかけてくる。とても純粋な黒い瞳だった。
――僕は、そんな彼にどうしても言わなくてはいけなかった。
「ごめんなさい。それは無理です」
川のせせらぎの中で魚がぴょんと跳ねた。




