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閃く部屋

 ギルドの冒険者になった以上、当面の生活費は依頼をこなして稼いでいかなくてはならない。

 この世界の人間達の間で使われているお金には、銅硬貨、銀硬貨、金硬貨がある。

 それぞれ価値が大きく異なり、銅硬貨一つだと市場にある野菜が買える程度だが、銀硬貨は三人の宿代一日分、金硬貨一つなら家を丸ごと買えるほどの価値があるらしい。

 

「……つまり、平野がファウンド様との契約を今後も維持したいなら、銀硬貨を何枚か集めないといけないわ」


 先日の件をなかったかのように忘れ、エランスは僕に文字を教えるついでに、家賃問題について考えてきてくれた。


 今日は街の喫茶店ではなく、ファウンドの一人部屋に僕とエランスが隣同士で座っていて、エランスが持ってきてくれた紙に字を書いている。


「……まじか。かなり大変じゃないか」


 この冒険者ギルドに入って五日ほど経つが、未だにその日の生活費用の銀貨一枚と銅貨五枚程度しか稼げていなかった。このままじゃ貯金が貯まるどころか、ここにいる意味すら怪しくなってくる。


「……エランスが言ってた、稼ぎがいい仕事な感じがしないんだけど?」


 僕は訝しむ眼差しでエランスを見るが、エランスはやれやれとため息を吐く。


「あのねえ……あなたが鑑定時に実力を隠したから、碌な依頼を受けれていないんじゃない」


 ……え? そうなの?


 冒険者ギルドは荒くれ者の集まりと言っても、「始まりの地」の公共機関。極力犠牲者は出さないように、総合評価の低い冒険者が一人でもいるパーティは、難易度の高い依頼を受けれないようになっているそうだ。


 ……というか、そもそも実力隠してないし。


「ここで長期間暮らすことで、地域のみんなから愛される理想の勇者様として、落ちた勇者の名声を取り戻そうとしているのかと思っていたのだけど、どうやら違うようね」

「え? ……まあ、ここが住み心地がいいことは確かだよ。ファウンドも気に入っているみたいだし」


 最初に「始まりの地」にきた理由は、学術都市に向かうついでだった。だが、始まりの地は中世ヨーロッパのような雰囲気でかなり落ち着いていて、僕とファウンドのお気に入りだった。

 魔族のような上位種の侵攻もなく、むしろキントさんやティオ婆のように人間と共存している種族すらいる。


「この『始まりの地』の平和のために頑張りたいってのは少しはあるかな。そのためには名声なんていらない」

「……あなたって、何にも考えていないようでたまにズルいのよね」

「へ? 何か言った?」

「何でもないわよ! ほら、文字間違ってるわよ!」


 隣から僕の文字を直してくるエランス。まだまだこの世界の文字には順応出来そうにないなあ。



 ――



「戻りました。ご主人様」


 いつものように買い物から帰ってきたファウンドは両手に袋いっぱい抱えている。


「……前々から思っていたのですが、ファウンド様はどうしてそんなに食材を買い漁っているのですか?」

「この市街地にある料理のレシピを試すためです。ご主人様に美味しい料理を届けるのも私の努めですので」


 メイド服を靡かせて自慢げなファウンドが堂々と告げる。やはり僕の部屋は世界一だ。


「そういえば、以前に比べたらファウンドのことを囲う人たちがいなくなったね」


 ギルドに入った最初はファウンドを囲う冒険者が後を絶たなかったが、今となってはこうして、買い物をゆっくりこなせるくらいになっている。


「それはそうよ。冒険者は実力主義だもの。私たちみたいに失せ物探しやら薬草集めやらばかりをしてたら、周りも興味がなくなるわよ」


 ……どうやらこの世界の人間は価値観が違うようだ。僕だったらファウンドが生まれてきたことに感謝するっていうのに……少し悔しい。


 僕自身が名声を得たい訳ではない。しかし、僕の完璧な部屋をこの世界の人たちに見せびらかしたい欲は、部屋友のエランスが出来てから日に日に増していた。


「ふっ……そろそろ『アレ』をする時かもしれないな」


 僕はファウンドから渡された紅茶を飲みながら笑顔になる。


「……何するつもりなの? 平野?」


 紅茶を飲みながらジト目を向けてくるエランス。まるで変質者を見るような目をしていてなんとも心外だ。


「そりゃあもちろん、『ファウンドを再び目立たせ、この街を賑やかにしてかつ、僕自身も稼ぐ方法』さ」

「……そんな都合がいい方法があるわけ?」


 相変わらずジト目のエランスは赤文字だらけの紙を返してくる。


「あるとも、だけどもう少し準備がいる。二人とも協力してくれるかい?」

「かしこまりました、ご主人様。私はあなたと共にあります」


 ティーポットを持ちながらお辞儀するファウンドは本物のメイドさんみたいでとても優雅だ。


「まだ何にも説明されてないんだけど……分かったわよ、やればいいんでしょ?」


 手をひらひらさせて降参のポーズを取るエランス。それでこそ僕の友達だ。



 ――



「すっごい、ファウンド様。これ全部ファウンド様がお作りになられたのですか?」


 一人部屋に三人だと手狭なので、エランスの二人部屋にきた僕たちは、ファウンドのお腹から出てくる料理に舌鼓を打っていた。

 普通ホテルで料理などしてはいけないが、ファウンドの中にある僕の部屋ならセーフだろう。


 出された料理の中には市場で買ってきた野菜のサラダ、温かいスープ、出来立てのパンもあった。さらに、以前カクレータ村で食べ損ねたロース・ブルのステーキも再現されていた。


「当然です。私はご主人様のために三食栄養のあるものを摂取していただきたいですから。『探索者』を利用して成分調査をしたので、毒味も済んでいます」


 『探索者』とは研究機関から拝借した技術を利用して開発した対毒専用装置だ。今の所謎エネルギー以外に未知の成分は検出されていない。


「これだけのご馳走様を作るために、日々研鑽を積んでいたのですね! 流石ファウンド様です!」


 エランスはうっとりした表情でファウンドを見つめている。それでも食べる手が止まっていないので、よほど口にあったようだ。


「ご主人様。食べさせてください」

「もちろんだとも。はい、あーん」


 口を開けたファウンドにステーキを食べさせてあげる。元々彼女の作ったものだが、こうも喜ばれるとなんだかやりがいがある。


「……平野は一度、自分を客観視した方がいいわよ」


 熱が冷めたかのように一気にジト目になったエランスが言っていることは、僕にはよく分からない。



 ――



 食器を片付けた僕は、エランスから宿題の紙を渡され、ファウンドと部屋を後にする。

 いつものように一人部屋に二人で入り、僕はファウンドの中に入る。


「ご主人様、エランスから教わっている学習の進捗はいかがですか?」

「思ってたより順調だよ。エランスの教え方が上手いんだろうね」


 エランスからもらった宿題をこなしながら、僕はこれからの予定を考える。


 文字を教わって四日、書くのはまだ出来ないが、ギルドの依頼書が大体何をするかくらいなら読めるようになってきた。これなら十分、僕のしたいことのために必要な依頼をこなせるだろう。


「明日から冒険に出発だ! 頑張ろうね、ファウンド!」

「はい。頑張りましょう。ご主人様」


 期待に胸膨らませる僕を、完璧な部屋は温かく見守っていた。

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