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払えない部屋


「ええっと……つまり平野は、ファウンド様のために部屋の家賃を払わないといけないわけね?」

「ああ、そうなんだ」


 始まりの地の喫茶店内で、僕の汚い文字を添削しながら、向かいにいるエランスは紅茶を飲んだ。


 僕は最高の部屋であるファウンドと異世界観光を満喫するため、学術都市に向かっていた。だがそれ以前に、僕とファウンドの初めの縁である賃貸契約に必要な預金が危険にさらされていた。


 現在ファウンドは、この世界の市場調査をしているため、この喫茶店にはいない。

 ファウンドには家賃を払うお金がないことを伝えづらかったので、この世界の文字を教えてくれているエランスに秘密を打ち明ける絶好の機会だった。


「なるほど……ファウンド様が平野を『ご主人様』と呼ぶのは、あくまでビジネスだった。ということね」


 自慢げな顔でニヤニヤし始めるエランス。僕たちの関係の真実に気がついてしまったらしい。


「う、うるさいな!! 僕とファウンドはそれ以上の関係だとも! ただ、どうにもできない現実があるだけで……」


「おかしいと思ったのよ。あんな可愛い子が、どうして三十半ばのおじさんと一緒に行動しているのか。見るからに容姿が似てないから、実の親子ってわけでもないし」


 後半は理解不能だったが、エランスの言葉はもっともだ。僕も完璧な部屋が、あそこまで美しい姿になるとは思ってもいなかった。


「僕のファウンドへの愛が実ったということだね」

「あくまで育てたのは自分ってわけね……そこは私も納得してあげる。ここまで一緒に過ごしてきて、あなたがファウンド様に邪な目を向けていないことは十分に分かったわ」

 僕の文字を赤ペンで直し、上から正しい文字を重ねて書いているエランスは、ずいぶんと得意げだ。


「でも、あなたがファウンド様に空間魔法を使わせることは納得していないわ。あなたの部屋は、当分入るの禁止だからね!」

「そ、そんな!?」


 そりゃ僕だって、ファウンドのお腹を見ながら部屋に入るのは、今でも多少の抵抗はあるさ。

 でも、僕が夢見た理想がそこには完成しているというのに、そこに入ってはいけないとは苦行にも程がある。エランスめ、僕とファウンドの関係が羨ましいからって、とんでもないことを言い出したな。


「悔しかったら、ファウンド様の中に入る方法を直ぐに変えなさい。全く、なんでよりにもよってお腹なのよ……」


 そんなことを僕に言われてもどうしようもない。彼女の入り口は最初からお腹だったのだ。


「……分かったよ、善処する。だから僕の家賃問題に協力してくれ!」


 背に腹は変えられない。僕は潔く納得してエランスに協力を求める。


「仕方ないわね。それじゃああなたの家賃問題、手伝ってあげるわよ」


 僕とエランスは固い握手をして約束を交わした。


 

 ――


 

「戻りました、ご主人様。この街の食材はどれも新鮮で美味しそうです。特に野菜は多種多様で見惚れてしまいます」


 市場調査から帰ってきたファウンドはご機嫌になようで、僕に成果である両手にぶら下げた袋の中身を報告してくる。


「ご苦労様ファウンド。それで、急に申し訳ないんだけど……」


 僕はチラリとエランスを見る。「早く言え!」と口パクで言ってきているエランスの目が怖い。


「……ファウンド。僕はこれから、君の中に入れない。これも部屋友と一緒に、ファウンドのこれからを守るためなんだ。許して欲しい」


 僕の言葉を聞いたファウンドは、市場での収穫品である野菜を落とす。両手に機関銃を手にした彼女は、片方を自分のこめかみに、片方を僕のおでこにつける。


「ちょ! まっ、ええ?」


 エランスは目を丸めて驚いている。しかし、ファウンドの機関銃が揺らぐことはなかった。


「……ご主人様のために生きれない私など、必要ありません。第一優先の任務失敗を確認したので、主もろとも自害します」

「……ああ、よろしく頼むよ」


 僕はファウンドの全てを受け入れ、これから待つ天界に向けての心の準備をした。


「…………ああ、もう! 分かったわよ、いいわよ! 平野が部屋に入ることに今後何も言わないわ! ファウンド様がそこまでして、平野のためにお腹を開くって言うなら、私からはもう何も言えないじゃない!」


 痺れを切らしたエランスが諦めて、僕とファウンドの関係を認める。何故だか周囲が騒がしいようだが気のせいだろう。


「……全く、エランスにも困ったものです。ご主人様が私の部屋に入ることに否定的だったあなたが、私がいない間にすることなど想像できます」

「は? ……一体どういうことよ平野!」


 両手の機関銃をしまい、腕を組むファウンド。僕たちの演技は、どうやらエランスに効果抜群だったらしい。


「エランスがどうしても僕達の関係に物申したかったみたいだから、ファウンドと一芝居してみたんだ」

「じゃあ! あの無理心中も演技ってこと?」


 椅子から立ち上がったエランスは、座っている僕と同じくらいの背の高さになって詰め寄ってくる。


「悪かったって。友達である君を説得するにはこれしかないと思ったんだ」

「説得も何も、あんなの無効よ! よくも騙してくれたわね!」


 エランスが僕と額同士をくっつけて威圧してくる。至近距離で見る彼女の青い瞳はとても綺麗だ。


「無効ではないよ。既に言質はとってある」


 僕はファウンドにアイコンタクトし、ファウンドは外用の監視カメラを映す。


『分かったわよ、いいわよ! 平野が部屋に入ることに今後何も言わないわ!』


 繰り返される映像は着々とエランスのことを追い詰めていく。たとえ友達だろうと、僕とファウンドの関係を崩そうとするなら容赦はしないのだ。


「……いいわ。あなた達の関係を受け入れてあげる。あなたがそこまで自分の養子に入れ込んでいるとは思わなかったわ」


 ……はて、養子? 一体何を言っているんだろうか?


「ファウンド様、待っていてください。このエランス。いずれ平野の魔の手からあなたを救い出して、立派な勇者様として導いてみせますからね……!」


 優しい口調でエランスはファウンドに告げ、逃げるように店から出て行った。


「エランスー! 例の約束も忘れないでねー!」


 僕の言葉に反応して、店の窓越しから舌をちょっと出して嫌そうな顔をしてくるエランス。……あれはオッケーでいいのだろうか?


 残された紙には、僕が書いた汚い黒い文字と、エランスの書いた綺麗な赤い文字が書かれていて、まるでお互いが別のものを描いているかのように、歪に重なっていた。

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