依頼の部屋④
「ありがと〜少年! お礼にチューしたげる!」
「大丈夫です。間に合ってます」
魔法猫を腕で抱えている僕に迫ってくる口をひょっとこにしたティオを避ける。この人のせいでエルフの清らかなイメージは台無しだ。これからティオ婆でいいや。
魔法猫を確保した僕はファウンド達と合流し、ティオ婆に依頼達成の報告をしに戻ってきていた。
「それにしてもよく見つけたわね平野。魔力を追って捜そうかと思っていたのに、こんなあっさり見つけてくるなんて」
「うーん。なんかそこにいる気がしたんだよね。なんでか分からないけど」
それに、結果的に見つけてくれたのは、偶然通りがかったサンモータさんという方だったし。
「ご主人様はやはり完璧です。あなたの部屋であることを誇りに思います」
僕の威厳は全てファウンドのものだが、褒められて悪い気はしないので、ファウンドの銀髪を撫でる。滑らかな絹のような髪は色々あった一日の疲れを癒してくれる。
僕から避けられたティオ婆は、部屋の壁と熱いキスを交わしていた口を離してこちらに振り向く。
「も〜! 恥ずかしがらなくても、アタシとあんなに乳繰り合った仲じゃないか」
恥ずかしそうな顔でジャージに顔を埋めて腰をクネクネさせるティオ婆。冗談はその存在だけにしてほしい。
「……ご主人様。一体どういうことですか?」
あれ? 髪を撫でられて嬉しがっていたファウンドの雰囲気が怖い。もしかして、ティオ婆の言ったこと本当だと思ってる!?
「ファウンド。僕はあの婆さんに何もしていない。一方的にあちらが難癖をつけてきているだけだ。僕の人生は全て君のものだよ」
「……嬉しいです。ご主人様」
ファウンドの誤解が解け、お互いの関係を再確認する僕たちは完全に二人の世界を作り上げていた。
「……あの子達はいつもあんな感じなのかい?」
「お恥ずかしい限りです」
――
「さ〜て! ジョセフィーヌちゃんを見つけてくれたお礼をしないとね! と言っても、報酬はギルドに先払いしてあるんだけどね」
ティオ婆は手をパンと叩いて、何かを決めたように僕たちの前に立つ。
「家賃は払えないって言ってなかったでしたっけ?」
「そりゃあ払いたくないから払わないに決まってるじゃないか!」
ティオ婆が何故か自慢げに言ってくる。エランスではないが、何を言っているのか分からない。
「……ええっと。それじゃあ、お礼というのはなんでしょうか?」
努めて依頼関係で過ごそうとするエランスのプロ根性がすごい。さすがギルド長から顔を覚えられてるだけある。
「そんなの当然! これよ!」
ティオ婆は両手を広げ、部屋に散らばる無数のゴミ袋を見せつける。……何が言いたいのか分からない。
「あれ、嬉しくない? 上位種のエルフから出た生活廃棄物よ? 特に転送者は泣いて喜ぶと聞いたんだけど」
当たり前のように疑問符を浮かべるティオ婆に呆れ返る僕たち三人。この婆さんはこの始まりの地で、今までどうやって生きてきたのだろうか?
「……そういえば、部屋の掃除をするとか意気込んでいなかったでしたっけ? 一体あれはどうなったのですか?」
僕が住む部屋との関係を語ってあげて、掃除に奮起したと思ったのに全く片付いていない。むしろとっ散らかってより悲惨な光景になっている。
「いや〜、アタシもやろうと思ったんだけど〜。前に転送者の一人がアタシのゴミ袋を高値で買い取ってくれたことを思い出してさ〜。こんだけ貯まってんだからボッロ儲け出来るかな〜って思って!」
頭の上で拳を作り、「テヘペロ」する婆さん。大人のお姉さんのうっかり顔はなんとも清廉で素敵だ。
……しかし、その汚い発想だけはなんとかしておこう。
「平野、窓は開けておいたわ。周囲には誰もいないから、被害の心配はしなくていいわよ」
「よし、ファウンド。やっておしまい」
「かしこまりました。ご主人様」
ファウンドは手に筒をはめたような装備をつける。僕がよく使っていたあくまで自衛シリーズの一つ。「強化型分別式掃除機」だ。その吸引力は相当なもので、ゴミ袋程度なら丸ごと吸えるし、中で缶、瓶、ペットボトルの分別もされる便利品だ。
ファウンドは掃除機のスイッチを入れ、辺りのゴミ袋と酒瓶を丸ごと吸引していく。ジョセフィーヌは僕の腕で抱えて避難させておいた。
「え? ちょ、ちょっと待って! アタシの財産、勝手に盗まないでよ!」
抗議している内容がおかしい婆さんはおいといて、辺りのゴミ袋を回収し切ったファウンドは、翼を広げて窓から飛び出し、上空にゴミ袋のみを吐き出す。
「目標、排除します」
ファウンドは筒になった手の装備を変化させ、その手から火炎放射器を二つ出現させる。彼女の正当防衛シリーズの一つ。「対多人数用火炎放射器」だ。
上空に打ち上がったゴミ袋が、ファウンドの火炎放射で瞬く間に炭へと変わる。風にのって舞う黒い吹雪は、長年の呪縛から解放されたことを喜んでいるように見えた。
――
「うっ、うっ……アタシのぉ……アタシの財産んんん!」
ピカピカになった部屋は、生活用品以外何もない、きちんとした佇まいをしていた。……真ん中で鳴いて蠢く婆さんを除いて。
「まあ、いいか! また作れるし!」
僕は初めて『あくまで自衛ハリセン』で誰かを叩いた。ギャグ漫画のような『パァン』なんて音、まさかこの世界で聞くことになるとは思わなかったぞ。
――
「はあ……なんか上位種のイメージが崩れそうだわ」
「全くだ……あれがエルフなんて……」
気落ちした僕とエランスはギルドに行って報酬をもらった帰りで、今は泊まる予定の宿に向かっていた。
とりあえずあの婆さんには残った酒瓶を換金して、出来るだけゴミを溜めないように叱りつけておいた。「は〜い」なんて言っていたが、どうせまたやるだろう。
「そういえばファウンド。エルフの婆さんの部屋って何か言ってた? もしあの婆さんがまた汚くするなら、部屋から追い出させてもいいと思うけど」
ファウンドは完璧な部屋なので、他の部屋と会話することができる。僕がカクレータ村で錯乱魔法の修行をしていた間、ファウンドは村にあった竪穴住居とよく話をしていた。
あの婆さんはとりあえず部屋の大切さを知った方がいい。野宿を何回かすれば、家賃を払わないなんて言わなくなるはずだ。
少し考えた末、ファウンドが淡々と告げる。
「……嬉しい、と」
「……え? ファウンド、もう一度詳しく言ってくれるかな?」
「はい、ご主人様。ティオネア・ルミナスの部屋は『上位種に踏みつけられて嬉しい。雑に扱われて嬉しい』と申していました」
三人の歩みが止まる。ファウンドの部屋の声を聞く力はとても頼りになるが、今回だけは聞かない方が良かったかもしれない。
「……ま、まあとりあえず依頼は達成したし、夕飯にしましょ! 前に言ったヒレー・ブルのビーフシチューが美味しいお店を紹介するわよ!」
「おお、それはぜひ行ってみたい! 行こうファウンド!」
「かしこまりました。ご主人様」
僕たちは今日起きた出来事の全てを忘れるため、日の沈む市街地を走り出すのだった。




