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依頼の部屋③

 ティオの部屋からなんとか脱出して川沿いを歩いている僕は、重大な問題に気づいてしまった。


 ――完璧な部屋の家賃がやばい。


 僕とファウンドは生涯一緒にいることを約束した仲だが、そこには大前提として、賃貸契約という大きな縁が関わっている。


 ファウンドとの契約は普通借家契約の法定更新なので、以前の世界に戻る必要はない。


 ――だがもし、以前の世界のお金が尽きて家賃が払えなくなったら、ここにいるファウンドがどうなるのか分からない。


 僕は自分の完璧な部屋を作るために、あらゆるものを犠牲にしてきた結果、対して貯金がない。あっても家賃半年分、ファウンド六機分くらいだ。

 しかし、こうしてゆっくり観光しているうちに、賃貸契約のファウンドの残機がおそらく一機無くなった。


 ――なんとかあちらの世界にある口座にお金を振り込んでおかなければ!!


 僕のこれからの行動方針はゆったりした観光から大きく変わったのだった。




 ――




「見つからないわね、魔法猫マジェスティ・キャット。あのエルフ、本当にこんな依頼させる気あるの?」


 平野がエルフの騒音で意識を失い、私とファウンド様は代わりに魔法猫の捜索を始めていた。しかし、全く見つかる気配がない。

 魔法猫とは、魔法の素である『魔素』が突然変異して構成された魔法生物の一種である。外見は一般的な猫に近いが、青い体が波うち、尻尾は三本、目も三つ存在して、あんまり可愛くはない。


 上位種であるエルフは、魔力の扱いが他種族よりも上手い。魔法猫のような魔素で構成された擬似的な生物を使役し、生活に役立てている。

 私たちが人間が使う補助魔法なら、魔法生物の操作のみで十分こなしてしまうのだ。だからこそエルフは人間を見下しているはずなのだが……


「見つかりませんね。エランス、魔法猫から発生している魔素というものは追えないのですか?」

「『探索魔法』が使えれば追えるけど、生憎私は習得出来ていないのよね。平野なら使えるかしら?」


 私は期待を込めてファウンド様を見るが、彼女は首を横に振る。


「ご主人様はこの世界に来たばかり。『錯乱魔法』を習得なされただけでも十分かと」

「そうなのよねー。ファウンド様が規格外な勇者なことで忘れがちだけど、平野も並の勇者ではないのよね」


 勇者はこの世界の魔法を覚えることはできない。なぜなら、既に女神様からの恩恵を与えられた彼らは、完成された存在だからだ。

 勇者は初めから強い。経験や練度に差こそあれ、初めに与えられたスキルと身体強化がこの世界に転送されてからの彼らの一生のステータスなのだ。


 だからこそ、彼らはこの世界では孤立しがちだ。周りの補助魔法をどれだけ羨んでも、彼らは決して使うことはできない。

 そんな状況に変化を求めた結果、勇者はならず者の『堕ち勇者』になることが多い。以前から国中でもかなり問題視されてきたものだ。


 ……私は、平野が錯乱魔法を覚えようとするのを必死に止めた。彼が魔法を覚えられない現実を、屈辱にしてほしくなかったから。


 でも、彼は何故か魔法を使えている。鉱山で盗賊を無傷で倒したのだって、平野が錯乱魔法で相手を蹂躙したからだ。


「女神様は、平野に何を与えたっていうの……?」




 ――




「何も……何もない。早く、お金をもらわなければ」


 僕は迫り来る家賃の底に焦ってしまい、考え事をしながら道を歩いていた。

 その結果、前に立っていた男の人の背中にぶつかってしまった。


「す、すみません。よそ見をしていました」


 謝る僕へと振り返ったその姿は、僕より背の高い銀の甲冑を着た黒髪のおかっぱ頭の男だった。少し中年感を感じるし、同い年くらいかな?

 右手には彼の身長くらいある槍を所持しており、そのまっすぐな槍は、まるでずっとそこにあったかのように、不動のまま直立していた。


「気にしないでくれたまえ。私は民の全てを愛し、愛される。僕の背中に見惚れるのは、僕の背中がそれだけ世界を背負っている証なのだから!」

「え? あ、はい」


 ……なんだかよく分からないが、許してくれたみたいだ。そういえば、ティオさんの依頼もそろそろ始めないとな。


「実は迷子の猫を探していて、こんな猫を見ませんでしたか」


 ティオさんの依頼書に描いてあった猫を見せる。描かれた猫の三つの目は、怪しげに輝いている。

 受け取った甲冑の男は目を見開いて魔法猫を見ている。


「むむ! これは……なんとも美しい! これこそ生物の限界を超えた生物の頂点! オーレ氏のも見事ではあったが、この生物はなんとも素晴らしい!」


 写真を掲げながら回り出した甲冑の男は、まるで運命の出会いをしたかのような恍惚とした表情をしている。どうやら彼は、猫が大好きなようだ。


「ふむ、この猫様とは是非会ってみたいものだな! 少し待っていたまえ!」


 そう言うと男は手にしていた槍を地面に突き刺し、その手で槍の口金部分を掴んだ――



 …………ガサガサ



「あれ? 今動いたのって……?」


 僕は何故か突然、街路路の茂みが動いたことが気になる。


「何かあるみたいだな! 行ってみようではないか!」


 僕の視線の先に気づいた甲冑の男は、ついてこいと言うかのように先導する。

 揺れた茂みに辿り着いた男は、茂みに頭と手を突っ込む。


「おお! そなたが猫様か! なんとも麗しい姿! この尻尾といい、その美しき瞳といい、なんともたまらん!」


 茂みから出てきた甲冑の男は両手に何かを抱えて出てきた。それこそまさに今から探そうとしていた魔法猫そのものであった。



 ――



「うむ! 十分堪能させてもらった! 貴殿に礼を言うぞ!」


 猫好きの彼はひたすら魔法猫を愛でた後、僕に魔法猫を引き渡してくる。なんだか魔法猫が若干疲れている気がする。


「いえ! 僕からもお礼を言わせてください! おかげで依頼が達成できそうです」


 見つけてくれた甲冑の男に頭を下げる。


「ハッハッハ! 気にしなくて良い。私は民の笑顔が大好きなのだ! それではな!」


 別れを告げて背中を向ける甲冑の男。そういや名前聞いてないな。


「僕は平野頼来! あなたの名前は!?」


 僕が久々に出した大声に足を止める男。首だけ振り向いたその姿はとても絵になっている。


「サンモータ。別世界の人間さ」


 手を上に上げて、さよならのジェスチャーをするサンモータさん。

 その背中はとても大きく、まるで世界を背負っているように感じて、僕は思わず見惚れていた。

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