依頼の部屋②
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「……あれ? 寝てた」
……ものすごい夢を見てた気がする。憧れのエルフさんが部屋で騒音撒き散らして床を踏み抜きそうな勢いでタップダンスを踊っている夢だ。正直悪夢と言っていいだろう。
だが悪夢で良かった。現実のエルフさんは、川のせせらぎの聞こえる森でハープを奏でているのだ。断じてこんな限界みたいな存在ではない。せっかくの異世界なんだから、ぜひ本物を拝みたいものだ。
「目が覚めましたか? 人間の子よ」
僕の顔を間近で見つめる暗緑色の瞳がそこにはあった。悪夢に出てきたエルフさんにそっくりだが、その風貌はまさに理想のエルフそのものだ。……息が酒臭いな。
八等身美人を連想するくらい理想であるその体型に、色気のある汗ばんだ体。胸はジャージ姿でも分かるくらい大きく、世に居る男はその美貌に釘付けになるに違いない。……部屋が臭いな。
ほぼ理想のエルフを見れた安堵感で起き上がる。しかし、周りにはファウンドとエランスはおらず、代わりにゴミ袋と酒瓶の山があった。
僕は自分の頬をつねる。……ああ、現実か。忘れよう。
僕は再び、寝心地の悪い床で意識を失うのだった……
「いや、起きろやー!」
エルフさんが僕を転がし、失いかけていた意識を正常に戻してしまった。
――
「全く、どの転送者も似た様な反応しやがって。そんなに清楚がいいのかよ」
背中を孫の手で掻きながら新しい酒瓶を開ける、ピンクの髪をした緑ジャージ着のエルフさん。ジャージ姿でも分かるはち切れそうな胸元は、着られているジャージの方が悲鳴をあげているように思える。
「あのー……本当にあの上位種のエルフさんですか?」
エルフのコスプレ大好きなお姉さんという可能性もある。というかそうであってくれ。
「おう。そうだぞ少年。アタシの美しさの虜になったか?」
受け入れ難い現実にとどめを刺される。
どんなに容姿が優れていても、ゴミ屋敷の中で胡座をかいて、背中掻きながら酒飲んでるジャージ姿のやつなんて、虜になる方が難しいだろ……
――
「初めまして僕は平野頼来です最高の部屋と友達が待っているのでこれで失礼します」
部屋から出ていこうとする僕の腕を掴むエルフさん。自己紹介して即帰る作戦は失敗した。
「はいよろ〜。アタシはティオネア・ルミナス。ティオでいいぞ」
僕の腕を掴みながら酒瓶を持ち自己紹介し返すティオ。夢で聞いた名前と一致してしまったことから、先ほどの夢は現実らしい。
諦めてティオの方に向き直る僕。こうしてみると、桜色の髪は溌剌としていて、大人の魅力に溢れている。気もする。
「それじゃあティオさん。ファウンドとエランスはどこにいるんですか? とりあえず二人と合流したいのですが」
「ああ。あいつらならアタシの出した依頼をしてるぞー」
……そういえば僕たちは魔法猫の捜索に来たんだった。二人は早速周辺を見てくれているらしい。
「アタシの可愛い『ジョセフィーヌ』、最近アタシの家で匿うことにした野良ちゃんなんだけどね。いつの間にか姿を消しちまったんだよ。一体何が気に入らなかったんだろうね」
意味ありげに憂うティオ。こんな汚部屋でもその雰囲気が神秘を纏うのは、さすがエルフといったところか。
「……ジョセフィーヌさんの行きそうな場所に心当たりはありますか?」
「う〜ん。あの子川辺が好きだから、近くの川でふらついてるかも」
そういえばこの家の近くに川があったな。とりあえずそこから探してみよう。
「分かりました。それじゃあ捜してきます。……それとティオさん。部屋で騒音出して踊るのやめた方がいいですよ」
僕はティオにクレームを言って部屋を出ようとする。しかし、また腕を掴まれる。
「待ってよ〜少年。話し相手が欲しかったんだ〜。ジョセフィーヌはお嬢さん二人に任せてさ、アタシの相手しておくれよ〜。久々に若いやつと話したいんだ〜」
朗らかな雰囲気で付き纏ってくるティオ。悪酔のせいか妙に僕に甘えてきている。以前の世界で上の階に住んでいたおばちゃんを思い出して、正直鬱陶しい。
「あのですねえ。あなたが依頼を出したから仕事をしようとしてるのに、当のあなたが妨害してどうするんですか。それに僕は三十半ばで、立派なおっさんですよ?」
口調がいつの間にかエランスに似てしまう。僕の友達も誰かからこんな目に遭わされているのだろうか?
「心配すんなよ〜。ジョセフィーヌは散歩してるだけだし、あの依頼だって別に外しても良かったんだ。にしても、三十半ばね〜」
僕の腕を引っ張って顔を間近に近づける。相変わらず酒臭いが、暗緑色の瞳はその奥を見せないような神秘を秘めていた。
「なんだ〜まだピッチピチじゃないか! アタシなんて千五百歳間近のお姉さんだよ?」
……エルフが長命な部分は以前の世界と共通らしい。
「まだまだ人生長いけど、毎月の家賃だけはどうにかしてほしいのよね〜。払ったと思ったらまた来るし、あの金取り虫どもめ!」
僕の腕を大きな双丘で挟み込んで談義しているティオ。話の内容が酷すぎるせいで全然嬉しくない。
「……家賃は大事ですよ。大事な部屋との固い絆のために必要なものなんですから」
……あれ? そういえばファウンドの家賃ってどうなってるんだろ? そういやそろそろ支払日だよな……?
「大事な部屋ねえ……そ〜かもね。人間の街に来ることになった時は驚いたけど〜、暮らしてみると住み心地がいいもんだし」
ティオは立ち上がると、頭にバンダナを巻いて、ジャージの上からエプロンをつける。
「よ〜し! 今から部屋の掃除だ〜! いっちょやったりますか〜!」
腕をまくりゴミの山を荒らしていくティオを応援し、僕は気づかれない様にこっそり部屋を出た。




