依頼の部屋
ギルドの喧騒がファウンドを中心に集まっていく中、僕はファウンドが皆から絶賛されていることが嬉しくて、ギルドの端っこで様子を見守っていた。
「あら平野、どうしてそんなところにいるの?」
ギルドの登録手続きを終えたエランスが、僕のいる端のテーブルにやってくる。
「ファウンドがこれだけ評価されてるのが嬉しくて、遠くから見守っているんだ」
散々冒険者たちから詰め寄られているファウンドは、僕が許可を出してからは淡々と受け答えをしていた。
「ふーん。それにしても、どうして平野は鑑定の時に本当の実力を見せなかったの?」
……え? 本当の実力? なにそれ、やはり僕にも秘められた力が!?
「……やっぱ、エランスは気づいちゃうかー」
ちょっと面白いから、エランスと話を合わせておこう。
「当然じゃない。あなたの実力は何度もこの目で見てきたわ。魔族の爪すら容易く斬り刻むあなたが、最低のEランクなんてあり得ないもの」
やれやれと呆れた雰囲気のエランス。バーバラスの爪は長かったから切りやすかっただけだしな。普通の爪じゃ対処できなかっただろう。
それにしても、実力を隠してる系主人公。今度生まれ変わったらなってみたいものだ。
「本当の姿を見せたら、僕たちの目的は果たせないからね」
正体隠してる系の主人公は、前の世界の本でもよく見たな。たしか最高の部屋にあった気がするし、久々に読んでみよう。
「それもそうね。私たちは名声を得るために来たわけじゃなく、当面の資金繰りをどうにかするために来たのよね。悪目立ちする必要はないわ。気づけなくてごめんなさい」
何故か頭を下げてくるエランス。どうやら僕のごっこ遊びが嫌になった様だ。友達の嫌なことに気づけないなんて、これだから僕はダメなんだ。
「こちらこそ巻き込んでごめん。……でも、ファウンドが『勇者様』扱いされてしまったね」
「そこは問題ないわ。今は盛り上がってるけど、冒険者なんてゴロツキの集まり、地位や身分に興味はないわ」
それにしてはファウンドの周りはやけに騒がしい。尊敬の眼差しを向ける者もいれば、対抗心を向ける者、庇護欲を溢れさせる者、なにやらいかがわしい視線を向ける者など多種多様だ。……最後のやつは顔を覚えておこう。
「ファウンド様は小柄で美人ですからね。普段の生活では出会わない様な方と会えたことを喜んでいるのでしょう」
「なるほど……つまりファウンドは、このギルドの『アイドル』ってわけだね」
「アイドル?」
首を傾げるエランス。どうやらこの世界にはまだアイドル文化はないようだ。いずれ発展させていこう。
フフフと笑い出す僕をジト目で見つめるエランス。僕の手を引き、依頼のある大きな板へと連れてくる。
「何はともあれ、依頼をこなしていきましょ。当面はここにある失せ物探しと薬草採取になるでしょうね」
この世界の文字で色々書いてあるようだが、文字が読めない僕は、上に書いてある絵でおおよその内容を推測することしかできない。
……初めての依頼だし、のんびりやりたいな。
僕はファウンドのこと以外になると、途端にやる気を失う。正直今日食べれるお金が稼げれば十分だった。
とりあえず手近な所にある、猛獣っぽい絵が書いてない依頼を選ぶ。
「これなんてどう? かなり可愛い?動物が描いてあるし楽しそうだ」
僕は青い姿をした三つ目の猫っぽい生き物が書いてある依頼書をエランスに手渡す。
「どれどれ……魔法猫の捜索願。依頼主は……エルフじゃない!?」
依頼書を握る手が震え始める。なにか不都合でもあるのだろうか?
「なんでエルフが『始まりの地』に依頼なんか……人間なんて塵だと思っているあの種族が、私達に頼むことなんてないはずなのに……」
久々に手を口に当ててぶつぶつ言っているエランスを見た。こういう時のエランスはちょっと陰気で親しみが持てる。
「……いいわ。受けましょう、この依頼。魔族を倒したあなた達ならエルフからの依頼だろうと、なんとかなるでしょう」
――
ファウンドを騒ぎの渦中から連れ出し、猫の捜索依頼に出立する。
「はあ!? 頼来あんた、この世界の文字が読めないのにあの依頼を選んだっていうの!?」
「そうなんだ……ごめんエランス」
両手を合わせてごめんのポーズを取る僕。呆れ返られるかと思ったら、エランスはいつもより大人しかった。
「謝らないといけないのは私の方だわ。巫女として、あなたの苦悩に気づけないなんて」
エランスも頭を下げてくる。やっぱ友達って素直になれていいもんだね。
「勇者様には女神様から与えられるギフトの中に、この世界の文字に関しての知識も含まれていたはずなのに……何かの手違いかしら?」
……エランスには、時々する女神様関連の話をなんとかして欲しいけど。
――
依頼主であるエルフさんの家は、ギルドや宿のある市街地から外れた、始まりの地でも端の方の細い路地裏にあった。
付近には誰も住んでいないのか、鳥の鳴き声と、近くに流れる川の水流しか聞こえない。……いかにも自然との調和を重んじるエルフの住処という感じでワクワクする。
僕は依頼主の家のドアをノックする。返事がないので今度は少し強めに叩く。しかし、反応がない。
「おかしいわね。この時間は必ずいるって書いてあるのに」
「ノックした音が聞こえなかったのかな?」
「それこそあり得ないわ。エルフの聴覚は人間の千倍以上あるとされているわ。私たちが来た足音で気づかない訳がない」
僕たちが疑問を抱く中、ファウンドはじっと壁を見つめていた。
「ご主人様、扉の向こうに熱源を一つ感じます。おそらく依頼主です」
ファウンドが言うなら間違いはない。例え気づかれていなくても、依頼を受けに来たと言えば不法侵入にはならないだろう。
僕は再びノックをし、「失礼しまーす」と一言言って扉を開ける。
――意識が飛びかけた。
人は本当に恐ろしい体験をするとどうなるのか、してみないと分からない。この体験は僕の中で初めての体験だった。これがどのように昇華されるのかは人それぞれなのだろう。ちなみに僕の場合、後ろにぶっ倒れるだった。
上位種であるエルフはその場で地面を震わせている。恐ろしいプレッシャーを辺り一帯から感じる。
「――、――――!――!!」
エランスが必死に部屋の中に入っていく、この上位種から発せられる圧力に、よく屈しない者だ。
「――――!――――――!!!」
エランスは依頼主を見つけ、必死に叫んでいる。だが、さすが上位種。まるで相手にされていない。
僕を介抱してくれていたファウンドが、エルフさんの部屋を進んでいく。僕の部屋はあらゆる耐性をつけてあるので、安心して見ていられる。
ファウンドは背を向けているエルフさんに向かって、口ではないどこかから喋りだす。
『うるさいです。静かにしてください』
『うるせーのはお前らだ! 散々ウチに無断で入りやがって! 家賃なら払えねえよ!』
タップダンスをしていた足をくるりと回して、ようやく彼女は正面を向いた。桜色のショートヘアーが綺麗に舞う。踊りで火照った長い耳が一瞬見えて桜色の髪で隠れる。汗ばんだ緑ジャージの姿で、キラリと光った緑の瞳はずいぶん暗く、その目にやる気をほとんど感じられない。
エルフさんはようやく、僕らが思ってた人と違うことを理解したらしい。腕を何度も振って、周囲の魔法陣から湧いてくる騒音を掻き消していく。
――
「ようこそいらっしゃいました。私は『ティオネア・ルミナス』。この街に存在する唯一のエルフですわ」
エルフさんは汗ばんだ緑ジャージをなんとか摘んで、優雅な雰囲気をだす。しかし、部屋に転がる酒瓶と、酒臭い汗ばんだ体のせいで全て台無しになっている。
僕は久しぶりに初対面の人への挨拶を忘れて、人様の部屋の入り口で意識を失った。




