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噂の部屋

三章始めました!昼ぐらいにもう一話投稿予定です。


「聞いたかマスター? ここより南の辺境の地で、勇者が同時に二人誕生したって話」


 酒の匂いと男達のむさ苦しい匂いが充満する酒場で、南の鉱山勤務者である男は、酒場のマスターであるファベルを捕まえて談義をする。

 マスターは夜のために料理の仕込み中で、俺はやる気のない鉱山仕事を放り出して、昼から飲みに来ていた。


「……ああ、なんでも転送されてすぐに魔族を倒したようじゃねえか」


 皿を拭きながら淡々と話すファベルは、店の壁に勇者の肖像画を置くほどの大の勇者マニアだ。無口な彼でも、勇者のこととなると必ず話に乗ってくる。

 誰でもいいから会話の相手が欲しかった男は、マスターの食いつきの良さから、勇者の話題を酒の肴にする。


「すげえよな。あんな誰もいない所で勇者が誕生したってのもおかしな話だが、もし噂が本当なら、あのスキル三つ持ちの勇者より強いんじゃねえか? それに、最近またスキル三つ持ちが現れたっていうし」


 すると、マスターはカウンター越しに俺の服の首根っこを掴み上げる。


「……サンモータ様を超える勇者は現れやしねえ」

「わ、悪かった。確かにあいつは勇者史上最強だ。勇者の英雄譚で、永遠に語り継がれる男だろうよ」


 男は必死に最初のスキル三つ持ち勇者を絶賛し、ファベルから離された服を正す。全く、勇者マニアの地雷はどこにあるか分かったものじゃない。


 しかし、会話相手はマスター以外この酒場にはいない。そもそもこの南の鉱山自体は働く者が少なく、皆士気が低い。最南端の辺境の地ほどではないが、この鉱山も多種族の侵攻によって、人間から見捨てられつつある土地なのだ。


 この世界には生態系の頂点に人間、獣人、魚人、翼人族、機械人、エルフ、そして魔族が存在する。

 神話では、女神ダレーテルは世界を七つに分ける『神の壁』をお創りになり、それぞれの種族が平和に暮らせるようにしてくださったとされている。しかし、この均衡を壊したのが、エルフと魔族だった。


 二つの種族は己の種族が頂点であると主張し、他の種族を巻き込む争いを始めた。


 初めは様子を見守っていた他の種族も、二つの種族の強力な魔法の被害を看過しきれず、この争いに加担するようになった。


 しかし俺たち人間は、種族の中で唯一攻撃魔法を持たなかったため、種族の争いで真っ先に数を減らしていった。南の地が辺境の地となったのも、人間の王から種族の存命のため下された一極集中の影響だ。


 種族の危機に、人間の国であるグデーン国の初代国王であるリビング・ス・メールは、女神に勇者召喚の儀を行う申し出をした。


 勇者……彼らは異世界に住む人間であり、生物の創造神たる女神の加護を一心に受けた、上位種族すら越え得る強さを持った存在である。

 女神はリビング王の申し出を受諾され、異世界に存在する勇者をこちらに転送してくださるようになった。


 ここ最近は勇者の数も増えてきて、種族間での差が縮まったかのように思えたのだが……


「正直、実感湧かねえよなあ。本当に勇者って他種族を追い払ってくれてるのか?」


 ここ最近、『神の壁』からやってくる他種族の数が増えているように思えてならない。

 表上やって来るのは交友関係をとっている種族のみで、こちらへの敵対心はないのが救いだが、裏ではどれだけの暗躍があるか分かったものではない。


「……勇者も、『堕ち勇者』になっちまうことが最近多いからな……」


 勇者は誰もが聖人君子というわけではない。時折寝返り、女神の意思に背くものもいる。そんな『堕ち勇者』達は盗賊になったり、他種族の扇動をしたり、最悪人間を殺し始めるようになっていた。


 実の所、ここ最近『堕ち勇者』の数が異常に増えている。人間のために戦ってくれてる勇者達も、そいつらの処理に追われることが多く、本来の目的に手が足りていない状況だった。


「全く。女神様から力を授かっても、当の人間が潰しあっちゃあ話にならねえわな」


 男は残りの酒を一気に煽り、マスターに空の筒を手渡す。


「……そういう意味では、今回の新しい勇者は期待の新星だな。サンモータ様ほどではないが」


 空になった筒を受け取ったマスターはぶすっとした顔のまま酒を注ぎ足す。上機嫌な証拠だ。


「だな。そういやその勇者、今じゃあ魔族を斬ったっていう恐ろしく物騒な武器で、ここらの堕ち勇者達を狩りまくってるそうじゃねえか? 名前なんつったっけか?」


「……悪魔の日を(アクマ・デイ)終わらせる者(・ジ・エンド)


「そうそう、それそれ! なんで『魔族の日』の終焉じゃなくて、『悪魔の日』が終焉なんだろうな?」

「…………今回の勇者は、魔族だけを見据えてるわけではねえのかも知れねえな」


 料理の仕込みをするマスターは、店にかけられた歴代勇者の肖像画を見つめる。勇者マニアの物好きにしか分からない世界があるんだろう。


「……さあ、仕込みの邪魔だ。さっさと出ていきな」


 マスターはぶっきらぼうに俺を追い払う。やれやれ、そろそろ仕事に戻るとするか。


 重い腰を上げようとした時、店のドアが開いて入店のベルが鳴る。


「すみません。今、お店空いてますか? 周りの方から、お店はここしかないと聞きまして……」


 入ってきたのは細い体の中年の痩せ男だった。あまりにも頼りないその風貌は、この世界では吹けば飛びそうなものだった。


「……まだ仕込み途中でな。あり物になっちまうが、それでいいか?」


 仕込みの邪魔をされると不機嫌になるあのマスターが、今回は珍しく店に招く。どうやら俺が勇者の話で盛り上げたおかげのようだな。


「感謝しな兄ちゃん。マスターがこんな優しいのなんて、滅多にないぜ」

「ありがとうございます! ここを逃すとどこで休めるか分からなかったもので……三人分お願いできますか?」


 指を三本立てた男は後ろから付いてきた二人を連れて店に入る。


 ……俺は思わず見惚れてしまった。


 一人は、照らす光すら跳ね返すほどの銀の髪をした白黒の服を着た女の子供。もう一人は熱く燃える真紅の髪を優雅に靡かせる白赤の服を着た女の子供。どちらも見た目の年齢に相応しくない所作と振る舞いだった。

 唖然とする俺を尻目に、三人組は席に座る。


「平野、あなたはもう少し自分に威厳をもてないの? そんなんだから、少ないはずの盗賊に襲われたりするんじゃない!」

「大丈夫だよ。僕の威厳は全てファウンドのものさ」

「それが大丈夫じゃないって言ってるのよ! ファウンド様もなんとか言ってやってください!」

「私のためにご主人様が全てを捧げてくれている……これは結婚ですね」


 ……独特な三人組だな。マスターもよくこんなやつらを受け入れたもんだ。


 まあ、こいつらが都合よく来てくれたおかげで俺は酒をもう少し楽しめそうだし、よしとするか。


 ――


「おい! いつまで寝てやがる! さっさと出ていけ!」


 マスターの怒鳴り声で目が覚める。どうやら深酒しすぎたらしい。窓を見ると夕暮れで、もう仕事も終わるくらいの時間だ。


「仕事をほったらかしすぎちまったみてえだ。すまねえ、マスター! また来るわ!」

「二度と来んな!」


 いつものやり取りをマスターと交わし、俺は鉱山に戻る。なかなか面白い夢も見れたし、今日は気分がいい。


 ――それにしても、まさか店にかけてあった肖像画の三人が店に来る夢を見るとは。夢ってのは、よく分からないもんだわ。

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