壊される部屋②
「さっきからなんの話をしてるのかさっぱり分からないんだけど」
「は?」
長い爪で襲ってきたバーバラスの動きが止まる。
また驚いたような顔をしている。笑顔にもバリエーションがあるし顔芸人みたいだ。
「……相方を失ったショックで記憶を飛ばしましたか。あなたの絶望する顔を楽しみにしていたのですが、残念です」
今度は悲しそうな顔をしている。口が裂けてる分、喜怒哀楽がわかりやすくていいね。そういう道に進んだ方がいいんじゃないだろうか。
……まあ、あんたにこれからの道はないけどね。
「平野! ファウンド様がやられてしまった今、こちらに勝ち目はないわ! 早く逃げなさい!」
エランスが必死に何かを叫んでいる中、僕はぐるりと周囲を見回す。
かつてあった村の風景は大きく変わっていた。地面は凸凹に突き出て、川は濁流になり、林は大きく荒れ果てていた。なにより村の家が、松明の火で燃やされ、瓦礫の山になっていた。
「……僕、まだグラとコロの部屋を見ていなかったんだ。どうしてくれる?」
「はあ? 部屋? 何を言い出すかと思えば、こんな偏屈な場所に住む底辺種族の部屋、見て何になるというのですか?」
嘲笑うバーバラスの話を無視して、村での思い出を振り返る。
この村の人たちは、みんな活き活きしていた。コミュ障で、根暗な僕への偏見もなく、温かく接してくれた。
そんな村での居心地が良くて、ファウンドと一緒に何日もお世話になってしまった。
「ここまで何もない村、掃いて捨てたほうがいいですよ。むしろ掃除した私めに感謝してほしいくらいです」
燃え続ける周囲の村を見回し、何か言ってるバーバラスに向き直る。
「……だから、この村の部屋をこんなことにしたお前は、ここで殺す」
「……ハハハ! やはり記憶があやふやなようだ! こんなちっぽけな村一つなくなった程度で、私めを殺す? 理由も小さい上に、あなた程度の勇者が! 魔族を殺す事など出来るわけがないでしょう!?」
バーバラスは声を張り上げて僕を嘲笑う。
――だが、僕はその全てに反論する。
「お前は何もかも間違ってる。この村はちっぽけなんかじゃないし、ファウンドは今も目的を達成しているし……僕はお前を殺す」
そして僕は勇者じゃない。
「平野……」
覚悟を決め、ようやく振動剣のスイッチを入れる。振動する剣はそのエンジン音を鳴らし、触れたもの全てに自身の剣跡を残そうとしていた。
「戯言ですね。そんな剣一本で魔族である私めに、抗えるはずがないでしょう!」
振るわれる十本の爪全てが一気に自分に向けられる。
「うるさい。お前の爪切りに、もう割く時間はない」
僕は剣で弧を描き、襲ってきた魔族の爪全てを切断する。
「ッ! 馬鹿な……!? 決して切れない魔族の爪を、こうも容易く切断するだと……!?」
バーバラスは驚きで声が震えている。
――
魔族であるバーバラスの爪が地面に落ちていく。驚きと恐怖から、エランスは咄嗟に平野へ畏怖の目をむける。
魔族の爪が長いのは、彼ら自身も爪を切ることが不可能に近いほど、その爪が強固なものだからだ。あまりにも強固すぎて、生涯削れることがないことから、彼らは爪の長さで年齢を判断する者も多い。
上位種ですらできるはずのない爪の切断を十本全て、こうも容易く切るということは……
「……平野!! あなたは、神にすら匹敵しうる力を持っているというの……!?」
――
エランスの言葉に、初めてバーバラスが歪んだ顔をする。
……そんな長い爪してるから振動剣一本で容易に切れるんだ。だからエランスも神とか宗教のワード持ち込んでまで驚かないでほしい。
「くっ……どうやら、あなたの力を甘く見ていたようです。ですが! こちらにはスズメノチャヒキがいます!」
バーバラスさんは手をあげて指を鳴らした。
……しかし何も起こらず、瓦礫だらけの周囲に、虚しい音だけが鳴り響く。
「どうした!? スズメノチャヒキ!? 魔造兵器として、女神の下僕であるあの勇者を殺せ!」
いうことを聞かない蛇に、慌てた様子のバーバラス。いつの間にか勇者ではない僕のことを殺そうとしてるし。
表情がコロコロ変わるバーバラスを眺めていると、地響きが鳴り響き、でかい蛇のお腹が動き出した。
「……フフフ、スズメノチャヒキが動いた以上、これであなたもお終いです。死になさい! 勇者頼来!」
バーバラスはもう宗教のことを忘れて、完全に僕のことを殺す気だ。爪を切られたのがそんなにショックだったのだろうか? あと、僕は勇者じゃない。
……それに、何か勘違いしているようだ。
「はしゃいでるところ申し訳無いんだけど……あれ。動かしてるのファウンドだよ?」
「なにぃ!!??」
慌てて後ろを振り向くバーバラス。蛇のお腹は動いていたが、上に、上に登り、ついにお腹だけが宙に浮いていた。
しかし、限界が来たのだろう。蛇の岩のような皮膚が引き裂かれる。中から出た一つの銀の光は、夜空に輝く星のように天高く昇っていた。
「お待たせいたしました、ご主人様。洞窟内のエネルギー残り二割の回収を完了いたしました」
無表情のまま降りてくる僕の完璧な部屋は、肘を前に出し腕を交差させてぐるぐるしていた。




