暴く部屋
「どうなってやがんだ!? テテュスがいない!?」
僕達は村の中心まで走り、村人たちからテテュスさんがいなくなったことについて詳しく聞いていた。焦りすぎたグラッドさんからは、特徴のある喋り方がなくなっている。
「それが、俺らにも分からなくて……村長は村に錯乱魔法をかけていたはずなんだが、交代しようとしたやつが見た時には、既に村長はいなかったんだ」
このカクレータ村は日中に村全体を錯乱魔法で覆うことで、魔族の襲撃から身を守っていた。その役割のほとんどを担当していたのが、若くして村長であるテテュスさんだ。
「テテュスさんの居場所、どう思う? ファウンド」
僕は頼れる最高の部屋、ファウンドに意見を求める。
「部屋の状況から推測するに、彼女は争ったわけではなく、自らの意思でどこかに消えたと思われます。」
やはりテテュスさんは無理矢理連れて行かれたわけではなさそうだ。そもそも誰にも気づかれずに村の錯乱魔法を突破して、ただ一人の村長である彼女を誘拐するのは無理がある。
「だが、あのテテュスが誰にも伝えずに村の外に出るとは思えねえ。」
額に汗をかくグラッドさんが少し冷静になってきた。
確かに、あの真面目なテテュスさんが誰にも言わずに村を危険に晒すわけがないのも事実だ。
「どうやら、消えた理由は魔族特有の上位魔法の一つ『洗脳魔法』が一番可能性が高いわね。どうして彼女を連れて行ったのかは謎だけど。」
エランスの言葉に周りのみんなが同意する。
……洗脳魔法? 魔族とかいう方達の宗教勧誘法の一つかな?
「おそらく、以前勇者様が倒した眷属の主人ね。テテュス一人だけを連れて、魔族は何をするつもりなのかしら……」
淡々と事実を告げていくエランスに、グラッドさんは肩を震わせている。
「でも、村の錯乱魔法が消えてなかったということは、彼女はまだ近くにいるかもしれないわ。捜しましょう」
頷く僕とグラッドさん。この世界の魔法は魔法を使う人間が使用を止めると、すぐに効果を失う。
テテュスさんの張った錯乱魔法が消えていないのは、テテュスさんが村から出てそこまで時間が経過していないからだ。
……ここで諦めるわけにはいかない。僕達は懸命にテテュスさんの捜索をしていった。
――
「くそっ! どうして! 影も形もないんだ!」
拳を地面に叩きつけて跪くグラッドさん。昼頃から始めた捜索は夕方まで続いていた。しかし、テテュスさんの足跡は一向に発見できずにいた。
一番疑問なのは、外にいた見張りの村人達すら彼女を見ていなかったことだ。
魔族の洗脳魔法というやつで、テテュスさん自身に錯乱魔法かけさせれば、気づかれずに村を出ることも可能なのでは?とも思っていたが、錯乱魔法を覚えた人達は効果をうけず、その姿が見えるようになるらしい。
その強みを活かした村人達は、今までのような弓を使った波状攻撃が可能なのであった。
つまり、テテュスさんは村の外に出ずに、魔族の洗脳魔法というやつを受けて失踪したことになる。
「ありえねえだろ、誰にも気づかれないで、村からも出ずに姿を消すなんて……」
「テテュスねーちゃん、どこ行っちゃったんだよお」
「……お姉ちゃん、今度花冠の作り方教えてくれるって約束したの」
意気消沈しているグラッドさんとグラ、コロ達に、かけられる言葉がない。
みんなから慕われ、ずっと努力していた彼女が、どうして攫われなくてはいけないのか? 僕もグラッドさん達ほどではないが、沸々と怒りを魔族に燃やしていた。
「ご主人様。少しよろしいですか?」
捜索を続けていたファウンドが戻ってきた。何やら報告したいことがあるようだ。
ファウンドはテテュスさんがいなくなった最初の場所、村に魔法をかけていた住居の外に連れてくる。周りには錯乱魔法をかけることに集中した村人しかいない。
「ご主人様、この村の家達に尋ねました。彼女は村から出ていないようです」
すると、ファウンドは突然肘を前に出し、腕を交差させてぐるぐる回し始めた。
周りに見てる村人は誰もいないが、もし目撃していたら、こんな状況で何をしているのだと言いたくなるだろう。
「……どうして、謎エネルギーがこの村にあるんだ?」
ファウンドが腕をぐるぐるするのは、彼女を動かす動力源である謎エネルギーを回収している時だ。
謎エネルギーはファウンドにしか見えず、時間をかけて一箇所に集まる性質がある。今までファウンドが腕をぐるぐるしたのは、洞窟内と、魔族の眷属を倒した時だけだ。
「発生地から推測すると、テテュスを中心に溢れていたようです」
どうやら魔族が洗脳魔法というやつで、テテュスさんを誘拐したのは本当のようだ。
いつの間にか帰って来ているテテュスさんの姿を想像していた分、その妄想が砕かれた絶望感が背中を重くする。
……いや、待てよ?
「その通りです、ご主人様。このエネルギーは私には見えます。つまり、今の私にはテテュスがどこに行ったか見えています」
淡々とこの状況を打破する手がかりを暴露していくファウンド。全く、僕の部屋はいつでも最高の部屋だ。
――
「エランスの居場所がわかったっていうのは本当ですかい! 旦那あ!?」
日が沈むまで捜索し続けて、身体が泥だらけなグラッドさんと、焦ったエランス達村人が集まってくる。よほどテテュスさんのことが心配なのだろう。
「はい、ファウンドが見つけてくれました。残念ですが、魔族が彼女を攫ったのは間違いないようです」
僕の言葉に村人達がざわめく。魔族の存在は人間にとっての脅威だ。このカクレータ村だって、もともと魔族から隠れるためにひっそりと潜んでいたのだ。
「それで、テテュスはどこにいるんですかい! はやく助けてやらねえと!」
魔族に攫われた人間がどうなるか考えたくもない。一刻も早く助けたいのが、ここにいる全員の総意だ。
……だが、それではダメなんだ。
「グラッドさん少しいいですか? ……それにエランスも」
僕は混乱を避けるため、村の代表であるグラッドさんと巫女であるエランスに真実を告げることにした。
「テテュスさんがいるのは……あそこです」
僕はこの村のひっそりとした雰囲気に合わない、大きな存在感を出して佇む神殿を指差した。
「そんな……テテュスが魔族に攫われたのはあっしらの村でえ、それもあの女神様からの予言が告げられる神殿だっていうんですかい!」
グラッドさんが動揺して膝から崩れ落ちる。無理もない。女神と魔族は相容れない存在のようだし、真っ先に捜索候補から外れる場所だ。
「神殿と魔族が関係あるなんて、そんなことあり得ないわ! 私はあそこで信託を受けて、あなた達勇者様を見つけ出したのよ!?」
エランスは動揺を隠せていない。
僕も初めは部屋友の仕事場に魔族がいるなんて信じられなかったが、ファウンドの調べは確実だ。それと、僕は勇者様じゃない。
僕の沈黙がその言葉に嘘偽りがないことを証明し、エランスは顔を俯かせる。
「僕たちは神殿に向かってみます。だから二人には、みんなを村の外に避難させて欲しいんです。魔族の攻撃が洗脳魔法だとすると、人数は最小の方がいいと思います」
魔族がどれだけの能力を持っているかわからないので、誰にも被害が出ないようにするにはこれしかない。
「分かったわ。いきなり魔族との戦いだけど、油断しないでね」
俯いてたエランスはすぐに切り替えて、僕の作戦に同意してくれる。
「……旦那あ、俺だけでもご一緒しちゃあ、いけねえですかい?」
顔が見えないグラッドさんは僕達との同行を求める。
「残念ですが、それは無理です。テテュスさんに洗脳魔法を使われた以上、グラッドさん達は魔族の手のひらの上です。一度操られたら何をされるか分かりません」
人質ならともかく、もし肉の壁なんかにされたら、僕では対処できないかもしれない。
「分かってやす。戦力以前に、敵の戦力になっちまうっちゅうことは……無理言ってすいやせんでした」
僕に土下座してくるグラッドさん。震えてる肩から彼の心配と悔しさが伝わって来る。
僕はグラッドさんと少し会話して、これからの魔族との戦いに備えた。
――
日がすっかり沈み、松明の灯りが村を照らす。村人達が村の外に出たことを確認し、僕とファウンドは神殿へと向かう。謎エネルギーは僕には見えないが、神殿に近づくほど、見えない圧力がかかって来るのを感じる。
一際明るい神殿は村の端に建てられていて、その後ろは小さい林がある。木々と社の雰囲気が神秘的で、とても魔族がいる場所とは思えない。
「ようこそ、待っていたぞ。勇者共」
神殿の上に羽を生やした黒い姿の何かが立っている。なるほど、あれが魔族か。
降りて来た魔族にクールな僕は挨拶をする。
「やあ。君が魔族? 僕は平野頼来。隣はファウンド。早速なんだけど、攫ったテテュスさんを返してくれないかな?」
初対面の相手にはとりあえず自己紹介だ。相手が魔族だろうと、コミュ障の僕には誰かと会話する時点でハードルが高いが耐えるしかない。
それに、言葉が通じるならテテュスさんを返してもらえるかもしれない。あと、僕は勇者じゃない。
「ククク、来て早々に人質を解放しろとは。どうやら勇者はどいつも傲慢だというのは本当らしい」
魔族が不敵に笑う。こいつは何がそんなに嬉しいんだろうか?
「頼来、ファウンド様! 援護に来ました! 女神の巫女である私でしたら、魔族の洗脳魔法でもある程度耐えられます!」
小さい体を必死に動かして走って来たエランス。どうやら村人達の避難は終わったらしい。
「来ましたかエランス。待っていましたよ」
魔族が急に丁寧語になって喋り出す。その声を聞いたエランスは顔を青ざめさせた。
「ま、まさかあなたは、バーバラスなの……!?」
バーバラス? ……ああ、この神殿にいた宗教関連の人か、結局最初の一度しか会わなかったから印象が薄い。
「その通りですエランス。あなたが女神から授かった予言のおかげで、こうして勇者共から簡単に女神の情報を引き出せるのです」
裂けた口で笑顔を作るバーバラス。一歩後ずさったエランスは激しく動揺していた。
「あり得ないわ……私はずっと魔族に、女神様に関する情報を与えていたということ? もし魔族に女神様の転送を利用されたら、人間は今度こそ終わりよ……」
どうやらバーバラスは長年ここで潜伏して、エランスから何かの情報を集めていたようだ。そして、僕たちからも情報を引き出そうとしているらしい。
「この世界の人間がもつ女神への知識はある程度把握しました。これはいずれ魔王城にも届けましょう。こんな辺境でも価値があって良かったですよ。それも全部、あなたが私の正体に気づかずに無様を晒し続けたおかげです」
優雅にお辞儀をするバーバラス。終始余裕のあるその態度は、エランスを絶望のどん底に落としていた。
「さて、醜い劣等種族の幼子を嬲るのはこのくらいにして、今度はあなた方ですよ? 勇者様?」
丁寧口調のままバーバラスは僕たちを標的にし始める。
「あなた方異世界人が持っている女神の情報。全ていただきましょう。そして、あなた方の戦闘能力を我々魔族に取り入れ、死んでも動く最強の駒として扱ってあげますよ」
バーバラスは口をさらに裂いて、満面の笑顔を作る。こうしてみるとなかなか表情が変わるやつで面白い。
……おや? バーバラスが黙った。どうやら話は終わりみたいだ。それじゃあそろそろ僕からも言っていいかな?
「そんなことどうでもいいから、さっさとテテュスさんを返して」
全く、これだから宗教の争いごとは嫌なんだ。




