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天界らしい部屋

 これから住む街は都心から近く、かといって人が多いわけでもない場所のようで、僕にとって都合のいい街だった。


 生活範囲が極小の僕としては、人ごみでの窮屈は絶対に耐えられない。かといって人が居なすぎると周辺環境が良くならないので周りが衰退していく一方だ。

 これから長く暮らしていくからにはある程度の人がいて、住み心地が勝手に良くなっていかないといけない。


 これこそ、引きこもりの美学。


 何も考えていなかった当時の僕は、疲れ切った生活を労うため、やる気のない余生をおくるつもりだったのだ。


 だが、出会いは突然訪れる。


 その出会いは運命だった。都心での洗礼を一身に受け、身も心もズタボロで将来が見えなかった当時の僕には眩しい空間がそこにはあった。


 誰もいない。誰も聞かないし。誰も見ない。自分だけの空間というのは何て素晴らしいんだろう。

 誰にも干渉されない、干渉しようものなら法を味方につけれるという最高の城。いつの間にかすり減っていた僕の心は何故かその空間に夢中になっていた。


 後で聞いた話だと、僕の住む404号室は以前から誰も住んでおらず、なぜかその棟ではぽっかり一つだけ空いていた不思議な場所だったらしい。


 ……でも、どうして僕がそこに住むことになったのかを気にしたことはない。


 なぜなら僕は、既にその部屋の虜になっていたからだ!


 ――


 夢中で自分の部屋を考え、幾つもの失敗を繰り返しはや五年。遂にこれまでの経験と体験から、技術の集大成を集結させた完璧な部屋が出来上がった。

 たまに工事の音がうるさくて周りから白い目で見られたこともあったが、部屋のためを思うと気にならなかった。……結局怒られたんだけど。


 色々あったが、僕が目を覚ましたら完璧な部屋の窓から溢れる朝日が僕を優しく迎え入れてくれるはずだ。

 そして僕は、部屋の更なる向上を昨日の自分から託されるはずだった。



 ――



「あなたは死にました。別の世界を救う転生者として私、ダレーテルの世界で活躍してください」


 …………なに言ってるのかな?


 目を覚ましたら昨日完成した完璧な部屋の窓から溢れる朝日が、僕を優しく迎え入れてくれるはずだった。どうして部屋の景色ではなく、女の人が目の前に立っている?


 金髪の髪に透き通るような青い目。ゲームで良く見るような天使の格好をした女性は、不思議そうにこちらをじっと見ている。


「あの、私の話を聞いてましたか? ここは天界。あなたは元の世界で死んだので、私の世界を救う勇者として戦ってください」


 …………言ってることがさっぱり分からない。


 というかこの人、なんで僕の完璧な部屋に不法侵入してるの? この人にはインターホンを押すという概念がないのか? ……これは法的措置もやむなしだろう。


 そこで、僕は気づいてしまった。五年もの歳月苦楽を共にしてきた憩いの空間が、ここには存在しないということを…


 人は本当に大切なものを失うとどうなるのか、失わないと分からない。

 これは、僕が初めて経験した喪失感だった。この感情がどのように昇華されるのかは、人それぞれなのだろう。ちなみに僕の場合号泣して叫ぶだった。


 あまりにも酷い声だっただろう。そりゃそうだ。普段声を出す仕事をしているのに人生最大の悲鳴なんてあげたら、たとえどこかにいる天使だろうが神だろうが気に掛けざるを得まい。


「ちょ、い、一体どうしたんですか急に? いや、死んだことに絶望する方も叫ぶ方もいらっしゃいましたが、その歳で独り身の方がここまで絶望して発狂するのは想定外といいますか……と、とりあえず落ち着いてください!」


 不法侵入の天使のコスプレが、僕が叫んでいる間に何か言ってる気がする。


 しかし、見渡す限りみえる神秘的なほどの青空と地平線まで広がる白い雲が作る地面。そんな絶望の景色が見えた瞬間に天使のコスプレの声は吹き飛び、代わりに僕の叫びが上書きされる。


 ……こんなゴミみたいな景色を見るよりも、一度は完成を見たあの景色を見たかった……



 ――



「えー、はい。それでは平野頼来さん。改めて説明しますね? ちょ、もういい加減泣き止んでください!」


 もうどれだけ時間が経ったかも覚えていない。覚えているのは、完璧な部屋がここには存在していないということだけだった。というかこいつ誰だ?


「いいですか? ここは天界ダレーテル。私、女神ダレーテルの棲まう空間です。あなたは元の世界アンミーンで死にました。そしてその魂は、女神アンミーンからの強制転送を受けてここ天界ダレーテルにいます。私の世界ダレーテルの勇者として活躍し、魔族を消し去ってください」


「…………」


「あなたは生前恋人も、友人もおらず、話すのは職場の方々とのみ。将来を鑑みても特に変化はないと思えるほどの無気力さ。あまり期待していないですが、この世界への強制転送を命じられた時点で女神からの判断は絶対です。大人しく『勇者』となって来世を過ごしなさい」


「…………」


「安心してください。強制転送は私が付きっきりで行うのでかなり手厚いですよ。例えば、転送者にはいくつかスキルがつきます。まあ、それが目当てで世界の救済をお願いしているのですが。その力を使えば、私の世界に棲まう人間程度なら思いのままに動かせることでしょう。前世で成し遂げられなかったことをするのもまあ、ある程度までは許容します。ただし、人間を襲う魔族の殲滅意思。これは絶対です。もし殲滅を成し遂げようとせずに人生を終えた場合、あなたには女神である私から、帰還した魂への罪を執行します。とても人の世ではあり得ないような苦痛を味わうことになるでしょう」


「…………」


「では、ここからは『勇者』としてのスキルを選択していただきます。いくつかつくとはいいましたが、この世界へ強制転送された人間で今までついたスキルは最大で三個持ちが一人のみ。そういえば、先程スキル三つ持ちが生まれましたので今は二人ですね。他にも二個持ちが若干数に一個が過半数。ごくわずかにスキルがない方もいましたが、強制転送に耐えられる肉体を得ているので、私の世界での人間よりははるかに強いです」


「…………」


「あれだけ泣き喚いていたあなたが、私の世界でどれだけ生きられるのかなんて目に見えていますが、安心していいですよ?転送した勇者は沢山いますからあなたにはそれほど期待していません。ちなみに、こちらの世界で死んで罪を与える必要がない場合は完全に魂が消滅します。新しい世代への交代というやつですね。では、このスキル石に触れてください。この石があなたの潜在能力を引き出し、こちらの世界に適応させます」


「…………」


「…………あのー、いかがされました? もう話は全て済みましたが?」


「もう帰っていいですか? 部屋が待ってるんで」

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