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暗躍する部屋


「なるほど、勇者は二人いましたか」


 騒がしい宴を二度もした愚鈍な人間共に、バーバラスは軽蔑の眼差しを向ける。眼鏡をかけた牧師姿は人間共の油断を誘う仮の姿である。

 その正体は、人間という劣等種族の天敵とされる魔族だ。


 私めはこの村の牧師をしていた人間になり替わり、この村に忍び込んでいた。


 人間が少なく、魔族にとっては得のないこんな辺境の地で私めが人間のふりをしてきたのは、魔族を統括する魔王城からある依頼を受けたことがきっかけだった。


「『勇者が出現する始まりの地で勇者を捕らえ、女神の情報を引き出せ』ですか。こんな依頼、さらさらする気はなかったのでこんな辺境にいたのですが、まさかここまで順調に事が進むとは」


 『始まりの地』とは、ここより北にある地域で、勇者が大量に転送されてくる場所のことである。

 しかし、この人間共の村は『始まりの地』から遠く離れていて、今までここに勇者が転送されて来たという報告はない。


 私めは魔族の中でもかなり怠惰である。勇者の転送される見込みがないこの場所で、格下の人間共と生活することを選ぶくらいには、魔族としての義務をこなす気はなかった。


 ただ、こうして本物の勇者を目の前にしては、話が変わってくる。


 私めとて、怠惰ではあるが無欲ではない。それなりに知識欲はある。勇者と女神の関係。人間の救世主たる勇者の戦闘能力。こちらの世界以外の別世界の存在。仮に勇者を捕らえた場合の情報量は馬鹿にならない。


「あの勇者達の能力は空を飛ぶことと、眷属を切る短剣と銃を持つ事ですか」


 ……なるほど、勇者として相応しい能力を持っている。

 空を飛ぶのは魔族でも出来る。しかし、我々魔族の眷属を切断する剣や体を穿つ銃は、私めでも油断できるものではない。人間達の間で救世主と言われるだけある。

 勇者は女神からの加護を持ち、この世界の人間以上の身体能力と、それぞれ特殊な能力を持ち合わせている。身体能力は魔族と同等になる程度だが、勇者ごとに異なる能力は厄介な事この上ない。


 しかし、今目の前にいる二人の勇者は、能力が明かされた上にただ武器を出すだけだ。恐れることはない。私一人でも十分捕らえて情報を引き出す事が可能だろう。


 ……それに、女神からの予言を察知したのだろう。魔王城から盗み出した『こいつ』が起動し、この神殿の地下にやって来た以上、万が一にも敗北はない。


 ククク……と不敵に笑う自分に久しぶりの高揚感を得ながら、勇者確保の計画を企てていく。


 怠惰になりきった思考を、久方ぶりに回転させていく。魔族として思考を巡らせきった彼は、眼鏡を落とし、人間としての原型を無くした。爪を長く伸ばし、不敵に笑うその口は、以前の面影を消して裂けていくのだった。




 ――




「もう一度お願いします!」

「応ってもんよお!」


 僕、平野頼来はカクレータ村でグラッドさんからの特訓を受けている。

 座禅を組んで精神を統一する修行を続けるが、邪念はすぐにグラッドさんに看破され、肩から手痛いお叱りを受ける。



 ――



「それにしても頼来の旦那あ、本当に今まで通りの呼び方で構わねえんですかい?」


 特訓を終え、水を渡してくれるグラッドさんは僕の呼び方にまだ迷いがあるようだ。


「これまで通り、『頼来』でお願いします。僕に『勇者様』は似合わない」


 魔族の眷属を倒した一件以来、僕は村人達から勇者と呼ばれるようになってしまった。


 ……どうやらこの世界では、相応の実力を持つ人のことを『勇者様』と表現しているらしい。


 僕の最高の部屋であるファウンドが勇者様と呼ばれるのは当然なのだが、僕まで勇者様と呼ばれるわけにはいかない。

 あの時は単に武器の性能テストしていただけで、あくまで自衛した一般人なのだ。


「頼来にーちゃん! 先に帰るねー!」

「……またあした」

「ああ! 気をつけて帰れよー!」


 バイバイと手を振る二人の兄妹はこのカクレータ村唯一の子ども、グラとコロだ。

 僕はグラッドさんが未熟なグラとコロに錯乱魔法を教えていた所を目撃して、なんとか一緒に特訓させてもらえることになった。


 この世界の人間は、特訓すれば誰でも魔法が使えるようになるらしい。


 完璧な部屋を目指す僕は、魔法を覚えてファウンドをより確実に守れるようになりたいのだ。


「平野! またグラッドの特訓を受けていたの? 何度も説明したけど、勇者はこの世界の魔法は使えないの!」


 僕の様子を見に来てくれたのは、長い赤髪に青い瞳を輝かせた、部屋友一号で友人のエランスだ。彼女はいつも魔法の特訓をする僕を心配してくれる。なんと優しい友人なのだろう。


「大丈夫だよエランス。僕は勇者様じゃない。みんなが思ってるほど、すごい人じゃないんだよ」


 僕はただのファウンド愛好家だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「あんたがその実力を証明したんじゃない……ファウンド様! あなたからも平野に言ってください!」


 エランスは隣にいるメイド服を身に纏った、銀髪の長い髪をもつ金色の目をした僕の最高の部屋、ファウンドに応援を求める。

 ファウンドはこの世界に来て、何故か擬人化してしまったが、洞窟内で謎エネルギーを吸い取り、一緒に脱出した後はこのカクレータ村でお世話になっている。


「日々自らの訓練を怠らない。流石です。ご主人様」

「褒めてどうするんですか! ファウンド様!?」


 ……二人とも仲良くなったようで何よりだ。


 僕たちは魔族の眷属を倒し、カクレータ村で何日か過ごしていた。村を出て、他の場所を観光しようか悩んだが、錯乱魔法を覚えられたら今後の役にたちそうだったので、こうしてお世話になっている。


 その間、ファウンドの中で寝泊まりする僕は、なぜかエランスからファウンドへの恐怖心を取ることに成功?したのだが、ファウンドから出てくる僕に対する目つきは、いつもゴミを見るような目をしていた。僕は彼女に何かしてしまったのだろうか?


 でも、とりあえずエランスがファウンドと仲良くなる第一段階を踏めたことは大きい。友達とファウンドのことを褒めちぎる事ができそうで楽しみだ。

 僕の修行に付き合ってくれてるグラッドさんが、稽古場の片付けを終えてやって来る。


「それが、そうでもねえんですよおエランス嬢。頼来の旦那あは覚えが早くてえ、もう錯乱魔法を習得できそうなんでさあ」

「……これまで勇者様がこの世界の魔法を使えたという前例はないです。平野がこの世界の補助魔法まで使えてしまったら、スキル三つ持ちのサンモータ様をも超える勇者になるでしょう。こんな誰もいない土地で、そんな勇者は生まれません」


 丁寧語で断言するエランスはどこか自慢げだ。だから、僕には勇者様は相応しくないんだって。


「それよりも今一番不安なことは、近隣の森で魔族の眷属が出現したことです。グラッド、周囲には何もいなかったのですね?」

「あれから何度も周辺を調べやしたが、魔族と思われる気配は何一つ察知できなかったでさあ」


 眷属が出てからというもの、ここ数日の村人達は警戒体制だ。眷属がいたということは、近くに魔族がいることを意味するらしい。


「全く……バーバラスもどこかに行ってしまうし、これから一体、どうなっているのかしら」


 エランスは牧師であるバーバラスの行方不明に愚痴をこぼす。心配していないあたり、彼もそれなりの実力を備えた人物なのだろう。……宗教関連の人だから、あんまり関わりたくないけど。


「グラッド兄ちゃん! 大変だ!!」

「どうしたあ? グラ、コロ。忘れもんかあ?」


 慌てた様子で戻ってきたグラとコロ。どうやら単なる忘れ物というわけではなさそうだ。


「村長が! テテュスのねーちゃんがいなくなっちゃった!!」

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