振動する部屋
僕たちが遭遇したのはどう見ても牛ではなく、黒い煙を発している真っ黒な生物だった。
二足歩行で腰を曲げた前屈みの姿勢をしていて、萎びた手をぶらぶらとさせている。大きな図体を持ちながらもその移動はとても静かで、見ていると恐怖を感じるはずが、気を抜くとすぐに意識から外れてしまいそうになるほど気配が薄い。
あの化け物の周りに僕たちの目的だったロース・ブルの死体が数匹転がっていたことから、かなり強い生物なことは間違い。
「……俺らがあ一度仕掛けてきやす。遠距離からの狙い撃ちなら多少は通ると思いやす」
グラッドさんは男達を散開させ、真っ黒な生物の周りを囲っていく。どうやら錯乱魔法は、あの生物にも効いているようだった。
「総員! 一斉攻撃!」
グラッドさんが号令をかけると、生物めがけて四方八方から矢が発射される。
突然周囲から現れる高速の光は、獲物にとっては回避できようのない必殺の瞬間だ。
……だが、あの真っ黒な生物は違うらしい。
「ありえねえ!? 全部弾き返しやがった!?」
誰から見ても逃げようのなかった弓撃を、真っ黒な生物はいとも容易く萎びた手で弾き返す。その生物はさらに、周囲の木々を吹き飛ばし、巻き込まれたグラッドさん達にも負傷を負わせていた。
「あれは魔族の眷属ね。ここにいるってことは、あいつを動かしている魔族も近くにいるってことだわ」
エランスがあの生物の正体を教えてくれたが、ただの眷属でこの強さは恐ろしい。魔族とは一体どれだけ強いんだ?
「魔族の眷属があこんなに強いのはあ、想定外すぎやすねえ。お三方! ここは一度撤収しやしょう!」
僕たちの近くまで吹き飛ばされたグラッドさんは僕たちに撤退を提案してくるが……多分、もう遅い。
「まさかあ、錯乱魔法を見抜かれてやがるんですかい……」
どうやらあの眷属は、今の邂逅で錯乱魔法を見抜いたらしく、僕たちのことを見つめながら近づいてきている。
今の攻撃で、あの生物の力がかなり異常なことは分かったので、逃げるのはおそらく不可能だ。仮に逃げ切れたとしても、錯乱魔法が看破された今、あの生物を逃せば村が危ない。
「……ここでえ、倒すしかなさそうでさあ」
僕たちと同じ結論に辿り着いたグラッドさんが、意を決して渾身の矢を放つ。しかし、眷属は弾き飛ばしもせず、その身体だけで跳ね返す。
「避けさえされねえとは、とんだやつがこんな森に出てきたもんでさあ」
呆れ返って弓を下ろしてしまうグラッドさん。これはどうやら緊急事態のようだ。
「……ファウンド、どうやら僕たちの出番みたいだ。行こう」
「かしこまりました。ご主人様」
眷属と同じくらいゆっくり歩く僕と、その後ろでメイド服を靡かせて歩くファウンド。
「待ちなさい! 勇者様はともかく、黒い痩せ男は下がるのよ! 相手が悪すぎる!」
「そうでっせ、旦那あ! 姉さんと安全なあ所に避難してくだせえ!」
後ろからエランス達が必死に叫んできている。何を言っているんだ? 僕たちの実力を見たいって言い出したのは君達だぞ?
……今こそ、僕たちの完璧さを証明する時だ!
近づいてくる存在に気づいたのか、眷属はピタリと足を止める。合わせて僕たちも足を止める。
張り詰めた空気が広がる中、木々のゆらめきを合図に眷属と僕たちは同時に動いた。距離を一気に狭めて萎びた長い手を振り翳し、襲いかかってくる眷属。
「ファウンド! 振動剣だ!」
「かしこまりました。ご主人様」
襲いかかってきた眷属の手が叩きつけられる。
その光景をみて恐怖の顔を浮かべるエランス達。
眷属の手は地面を叩きつけ……しかし、二度と元に戻ることはなかった。
「……うん、切れ味はいつも通りだね。なんならさらに良くなってない?」
「ご主人様。依頼されていた、部屋のエネルギー変換が完了したためかと」
「貯蓄してある以前の世界の電力はとっておきたいからね。それにしても、謎エネルギーを使うと武器の性能も上がるのか? ……調べることは山積みだな」
普通に会話する僕たちを見て唖然とするエランス達。そういえばこの振動剣は初めて見せたっけ? この剣こそ、遠足の時にファウンドが完了を伝えてくれた『あれ』の一つだ。
この剣は、僕が万が一油断して部屋に無断で侵入してきた輩がいた時に、自己判断で極刑にするため用意した『あくまで自衛』シリーズの一つだ。
刃渡りは二十センチほどの小型だが電源を入れると、一度に斬る剣戟の回数を何千、何万にすることができる。
さらに、この剣は以前の世界の電力ではなく、ファウンドがぐるぐるした謎エネルギーで動いている。
この剣には、幾重にも及ぶ謎エネルギーの攻撃がその一振りに凝縮されている。(見えないけど)
ちなみに僕が使う部屋の武器は、どれもファウンドのお腹から射出される。
「僕の発明品がファウンドのぐるぐるした力で強くなってるのいいね! 共同作業しているみたいで!」
「ご主人様との共同作業……つまり結婚」
ふふっと笑うファウンド。最後の方が小声すぎて聞き取れなかったが、何かいいことでもあったのだろう。
ファウンドとの時間を遮るかのように腕を切られた眷属が唸りを上げて再び襲いかかってくる。
「……邪魔です。ご主人様との時間を遮るものは排除します」
ファウンドはギラリと黄金の瞳を光らせると、手から機関銃を出現させる。
彼女自身が使う武器はお腹から出てこず、使いたい部位から具現化されていた。
機関銃を片手に持ち、眷属の身体を蜂の巣にしていくファウンド。
無表情なその瞳はもはや眷属の姿ではなく、機関銃の火花を眺めていた……
ちなみにこの機関銃は、僕が使えるわけでもない、完璧な部屋にあるファウンドの自衛装備なので、『あくまで自衛』ではない。『正当防衛』シリーズだ。
ファウンドが正当防衛で機関銃を撃ち尽くした時には、眷属の身体は腕も含めて、跡形もなく消えていた。どうやら本体が死ぬと、身体ごと消滅するらしい。
いまだ唖然とするエランスとグラッドさん。周りの吹き飛ばされた男達もそろそろ戻ってくるだろう。
「二人とも。死んでる牛の回収を始めませんか? どうやらまだ食べれそうですし」




