温かい部屋②
僕たちのために開かれた歓迎会準備はとても賑やかだった。
僕たちが来たのがよっぽど嬉しいのだろうか、村人達は食糧庫からありったけのご馳走を持ってきている。
村の中心にはキャンプファイヤーの火が焚かれ、寝静まる夜を忘れさせてくれた。
「みんなあ日頃からあ魔族の襲撃を警戒してるもんですからあ、こういう宴ごとにやあ全力なんですよう」
グラッドさんは不思議がる僕に説明してくれる。日頃魔族から身を潜めてるせいで、あらゆる交友関係も皆無だそう。
僕たちのような村人以外の余所者がくるのもエランスや牧師を除くと数年ぶりなのだそう。
……もしかして、グラッドさん達が僕たちを連れてきたのは、これを口実に騒ぎたかっただけでは?
疑念の目を向ける僕に、グラッドさんは目を泳がせ、テテュスさんをからかいに行ってしまった。どうやら図星らしい。
呆れ返る僕の横で、ファウンドは焚かれる火をずっと眺めていた。光を照らす銀髪と、キラキラと輝く黄金の瞳が火に照らされて、なんとも神秘的だ。
「そういえばファウンド、火は大丈夫?家にとっての天敵はいつも火災だからね」
「いえ、火災対策は以前、ご主人様が徹底的に行ってくださいましたので恐怖はないです。今は、この輝きを部屋内で再現できないかのシミュレーションを行っていました」
こちらの世界にくる前に、完璧な部屋の最重要項目として考えていた火への対策を怠ったことは決してない。ファウンドからしても火が恐怖の対象になっていないようでよかった。
それに、部屋でこの炎を再現できたら楽しそうだ。ファウンドはいつも僕のことを第一に考えてくれる。
ファウンドの意見を絶賛すると、彼女はそっぽを向いてしまった。炎の眩しさと熱に当てられたのか、顔が若干赤みを帯びてた気がする。
「へへっ、頼来の旦那あも隅におけないですなあ」
「グラッド、お客人を揶揄うのはやめなさい。同胞のためというのは建前で、本当は宴をしたかったから連れてきたのは知ってるんですからね?」
「そ、そんなこたあねえですやい。テテュス。お二方の実力は凄まじかったからあ、お連れして村を守っていただこうと少しは思ってたぜい」
「…………少しは?」
テテュスさんを連れたグラッドさんが戻ってくる。語尾が特徴的だが、筋肉質でイケメンなグラッドさんと、キリッとした眼差しをした美人なテテュスさんはまさにお似合いのカップルだ。僕とファウンド程ではないけど。
「ありがとうございます。テテュスさん。グラッドさん。こうして食事を頂けるだけでも本当にありがたいです」
振舞われていた食事はグラッドさん達がとらえてきた牛肉のような干し肉や、川で取れた鮎のような魚、森で採れた山菜、村の畑でとれたキャベツのような野菜などがあった。どうやら生態系も元の世界に近いらしい。
「遠慮しないでくださいね。お連れしたのは私達なのですから。グラッドにはこう言いましたが、私達も普段の生活に気が滅入っていたのです。村としても、ちょうどいい時期にやって来てくださって、正直助かりました」
テテュスさんは優しい笑顔で村人達を眺める。これまでも閉鎖的な村を治める仕事は苦労したのだろう。その若さでこれだけの責任感を背負った彼女はとても立派だった。
「テテュス。俺はおめえにも楽しんで欲しいんだ。ほらこのとっておきの樽を開けてやる」
そういうとグラッドさんはどこからともなくワイン樽を持ってくる。この世界にも、お酒の文化はあるらしい。
「え?いけませんグラッド!私は村長として、この村の安全を常に支えないといけないのです」
ワイン樽を見たテテュスさんは急に飛び退いてグラッドさんに警戒体制をとる。
「何言ってんだあ。おめえが楽しめなきゃ、この村のやつらあ全員楽しめねえよお。ほら、とりあえず一口でも飲んどけってえ」
いつの間にか周りにいた村人達が頷いている。どうやら、宴の始まりはテテュスさんの乾杯が必須条件のようだ。この世界には法とかないんだろうし、テテュスさんの苦労は少しくらい労われてもいいだろう。
「……もう、一口だけですからね……」
チラチラとグラッドさんと周りの村人を見るテテュスさんは恥ずかしそうに差し出されたワインを口に運んだ……
――
「私だってえ! いつも頑張ってるですよお! 村のことをお父さまに託されてえ! みんなに幸せでいて欲しい! って!」
ワインを一口飲んだ彼女はみんなから説得され二杯三杯と飲んでいき、いつの間にかワインに呑まれていた。若干グラッドさんと口調が似ている気がする。
顔を真っ赤にし、ファウンドの首に腕を絡ませて抱きついている彼女は年相応? の本音を暴露しまくっていた。
他の村人たちもワインを開け、火の周りを囲って、思い思いの日常を過ごしていた。もう、騒ぎたかっただけだよね笑。
ファウンドはテテュスさんの絡みつきも受け入れ、様々に騒いでいる村人を見つめている。
「ご主人様、不思議です。私はただここにいるだけなのに、何故だか嬉しくなってきます。ご主人様だけでなく、村人達をいつの間にか目で追っているのです」
少し申し訳なさそうにするファウンド。どうやら僕だけを見ていない自分に疑念を持っているらしい。
「ファウンド、それでいいんだ。君は僕の部屋だけど、僕は君にもいろんな景色を見て欲しいんだ。そうして思ったこと、感じたことを僕と一緒に分かち合って欲しい。今、君が嬉しいを教えてくれたことが、僕にとって一番の目標達成だ」
澄んだ輝きを持つ黄金の瞳は僕をとらえ、周りの景色を眺めてまた僕を見つめ、ニコリと笑顔を向けてくる。やはり僕の部屋は世界一だ。
「頼来の旦那あ! 盛り上がってやすかい!?」
上機嫌な声でやってきたグラッドさんは足取りがふらついていて、すっかり出来上がっていた。
「ええ! とてもいい景色を見れてます!」
「そいつあよかった! 旦那あにも盛り上がってもらわなきゃ、この宴も意味がねえですからねえ!」
ワインの入った筒を引っ提げてきたグラッドさんは僕に筒を渡して、火の方に戻っていった。こういう宴に参加するのは好きなんだけど、お酒は苦手なんだよね……
筒のワインをどうしようか考えていた僕のところに、テテュスさんを寝かしつけたファウンドがやってくる。
「ご主人様。よろしければその筒の液体を摂取してもよろしいでしょうか?」
どうやらファウンドも村の雰囲気を変えてくれたこの液体に興味が湧いたようだ。否定する理由もないので、あっさり了承してファウンドに渡す。
……そういえば、ファウンドは以前ぐるぐるしていた謎エネルギー以来、エネルギーになるものを摂っていなかった気がする。そろそろ謎エネルギーに関しても調べないとだね。
僕が色々考えているうちにファウンドが持っていた筒の中が空になっている。あれ? ワインかなり量があった気がするけどな?
ふとファウンドの方を向くと、彼女は綺麗な銀の髪を前にかけて顔が見えない。でも、僕の方をその目が捉えてることだけはわかる。珍しくふらついた動きをするファウンドは、しかし確実に僕の方に向かってきていた。
「ご主人様は私のもの。ご主人様は私のもの。ご主人様は……」
呟いている声が聞こえてきた途端。僕の視界は真っ暗になり、身体ごと地面に押し倒される。
どうやら僕は、彼女に捕えられてしまったらしい。周りの景色は全てファウンドの銀髪に覆われていて、正面には整った顔立ちの金色に光る瞳。うん。美部屋さんだ。
どんどん迫ってくる女の子の顔が僕を捉えて離さない。ファウンドの顔が触れる一歩手前まできて、僕は彼女の唇に指を当てる。
「飲み過ぎだよ?『ゆっくりおやすみ、ファウンド』」
「……おやすみなさい。ご主人様」
僕は強制的に彼女をスリープさせる。彼女はすぐに動かなくなった。
僕は部屋の機能を誰かに悪用されないように強制停止機能を搭載させており、僕の声でしか部屋の機能は止まらないようになっている。
ファウンドにお酒を飲ませるのは危ないなと思い、スリープ状態になった彼女と一緒に起き上がると、村人達はじっと僕たちのことを凝視していた。
まるで時が止まったようだったが、炎のパチパチと鳴る音だけが時の経過を知らせてくれていた。




