宿命の部屋
「お会いできて光栄です勇者様。私はエランス。故あって、この村で女神ダレーテルからの予言を受け取る巫女としての命を受けております」
巫女服のスカート裾を摘み挨拶をする姿は、高貴な生まれであることがわかる。太ももあたりまで伸びた赤い髪が少女の存在感を際立てていて、とても優雅だ。赤と白の巫女服は神社に似た雰囲気の部屋とよく似合っている。
無言で頷いていた僕を見て、エランスはジト目を向ける。
「あなたは勇者様の付き添い? さっきはあなたが勇者様を連れて逃げたせいでとんだ苦労をしたんだけど、一体どういうつもり?」
打って変わって威圧的な態度を出してくるエランス。言うまでもないだろうが、先ほどのエランスの礼儀正しい態度はファウンドに向けたものだった。
「女神やら予言やら呟いていたから、怖くて逃げただけだよ」
僕は逃亡理由を彼女に正直に伝える。僕の経験上、宗教勧誘は話を合わせたらお終いなのだ。道端での勧誘はスルーして当然だろう。
「あなたねえ! 女神の予言は、私たち人間にとっての唯一の救いなのよ? 勇者さまがいる地域はどれだけ安寧を得られるか分かってる?」
……いえ、全然知らないです。
「全く……どうやらあなたは、勇者様と一緒にこの世界に転送されてきた付属品みたいね。……まあ、不幸な事故にあったと思って、これからせいぜい頑張りなさい」
そういうと赤髪の女の子はこちらに全く興味を無くしたようにファウンドの方へ向き直る。
「勇者様! このエランス。これからはあなた様の右腕として、粉骨砕身の思いでお仕えさせていただきます。共に魔族の脅威から人間を救い、種族のさらなる繁栄を成し遂げましょう」
「…………」
「……あの?勇者様?お返事をお聞きしたいのですが?」
「…………」
キラキラした青い瞳は、ファウンドのことしか見えておらず、彼女のためなら死ぬ覚悟すらあるような勢いだ。
ちなみに、ファウンドは僕の指示以外聞かない。ファウンドの音声識別機能が正常に作動していることを確認し、エランスの必死な様子を見つめる。
……一体、僕の部屋のどこにそこまでの魅力を感じているのだろうか?
前住んでた時のご近所さんは、部屋を通り過ぎるたびに恐怖した表情を浮かべていたというのに。
――もしかして、彼女はこの完璧な部屋の魅力がわかるということだろうか?
そうなると今までの彼女の言動にも説明がつく。女神やら予言やらは彼女の理想の部屋を見つけたというお告げだったのだろう。家占いとかよくあるらしいし、彼女にとっては占いも住居選びに大事なことなのだろう。
幼い彼女にとって、自分の部屋はとても心強い味方のはずだ。インドアを極めた僕でも、部屋のことを勇者と思ったことはないが、部屋は最大の味方だ。彼女なりの表現に違いない。魔族とかなんたらは勇者の妄想からの延長だろう。
――僕は彼女の必死な物件探しする姿に、自然と涙していた。
「ちょっと黒服の痩せ男! ……そうよあなたよ! 勇者様の反応がないのは一体どう言うこと!? というかなんで泣いてるのよ!?」
「分かったよエランス。僕の部屋だけど、そこまでの情熱を見せられたら仕方ない。少しくらいなら見学してくれていいよ」
僕はファウンドに他の人と会話していい許可を出す。するとファウンドはその黄金の瞳をぎらりと光らせ、エランスのところへと近づいていき、彼女を壁へと追い込む。
エランスの表情が喜びから一瞬で恐怖に変わっていた。
「これ以上ご主人様を侮辱する言動をした場合、即刻排除します。よろしいですね?」
ファウンドは機関銃をエランスのこめかみに押し付けながら、もう片方の手でエランスの逃げ場を無くす。これが世間で流行りの壁ドンってやつか。
まずい。エランスの顔がどんどん青くなってる。このままだと、せっかく自慢の部屋に興味を抱いてくれた人を失ってしまう。
「違うよファウンド。エランスは僕を侮辱してない。僕の部屋を絶賛してくれていたんだ。僕のことを褒められるよりもとても嬉しいことだ。だから、ファウンドには、エランスと友達になって、仲良くなって欲しいな」
ファウンドの誤解を解くのは大変だが、僕の部屋を自慢できるチャンスを逃すわけにはいかない。もしファウンドがエランスと仲良くなってくれたら、エランスは僕の部屋友としてファウンドの良さについて語り合ってくれるだろう。
「かしこまりました、ご主人様。エランス、私と友達になってください」
ファウンドはエランスのこめかみに突きつけた銃をしまい、小柄で綺麗な手を差し出す。胸キュンのためだろうか? エランスに壁ドンしたままだ。
エランスは差し出された手を握り返す。誤解がなくなってよかった。幼い彼女たちには、仲良く遊んで交流を深めていって欲しい。
「……あのう、頼来の旦那あ。そろそろエランス嬢を解放してやってくれねえですかい? このままだと倒れちまいそうだ」
グラッドに言われて、エランスは大分限界なことに気づいた。顔は青いままだし、釣った目尻からはうるうるした雫が溢れ出てきそうだった。さすがに距離感を縮めすぎたか。物件探しは時間をかけてやった方がいいもんね。
僕はファウンドにエランスから離れるよう指示を出し、彼女を自由の身にする。すると、彼女は震えながら神殿の奥に引っ込んでいった。やはりまだファウンドと仲良くなるのは早すぎたようだった。反省。
「申し訳ありません。彼女には私から言っておきますので、ご気分を損ねないで頂きたい」
牧師のバーバラスさんは僕たちに頭を下げているが、すぐにやめてもらった。
損ねたなんてとんでもない。むしろ、僕の部屋の良さがわかる人が見つかってとても嬉しいのだ。
「それじゃあ牧師様あ。俺らはそろそろお暇させていただきやすぜえ。宴の準備もしねえといけねえしな」
グラッドさんは僕たちが来たお祝いに歓迎会をしてくれるそうだ。なんともありがたい。
「わかりました。それではお二方とも、その内お話をお聞かせくださいね」
眼鏡をキラリと輝かせて見つめてくるバーバラスさんにテキトーな返事をして神殿を出ていく。
エランスはともかく、あの人には宗教の香りがする。少し距離を置こう。
僕たちが外に出ると、神殿は名残惜しそうに揺れているように見えた。




