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呪われた場所

「ねえ、あんた」

 レダは突然話しかけてきた女の方を見た。

「なんだ」

「迷宮のことを調べているようだね。構造に、生態に……クックッ、第二層ね。まだまだ初心者といったところか?」

 レダが見上げるほどの身長の女は、怪しげに笑った。

 レダは作業に戻り、機械的にペンを走らせる。


「そうだ。俺に何か用か」

「用って程のことじゃないけどね。もししらないなら、良いことを教えてあげようと思ってね」

「いいこと?役に立つ事なら、ぜひ聞きたいな」

 レダは面倒くさそうに言った。それを見て女はまたクツクツと笑うと、次のように答えた。


「『迷宮の呪い』って、知ってるか」


「……迷宮の……?」

 レダの手がぴたりと止まる。


「そう。なんでもあらゆる迷宮には、呪いがかかってるって噂……いや、いまや共通認識といえるね。そういう話があるんだ。第二層には行ったことがあるかい?」

「ああ。少しだけな」

 女はレダの顔を覗き込んだ。


頭痛(・・)、したろ」


「……。」

 レダは今度こそ女に正対する。


「それは迷宮の呪いの最も基本的な症状。

 迷宮は深く潜るたびに、人体に奇妙な症状を与えるようになる。

 頭痛、腹痛、吐き気、幻覚、息切れ、鼻血が止まらない、筋肉や内臓がつぶれる、何倍もの重力を受けたように倒れ伏したり、眠ったまま目覚めなくなったり……。果ては体が蒸発して、迷宮に溶けていっちまうなんて噂もある」


「本当なのか、それ」


「さあね。しかし、ダンジョンに行って間もないド素人(アマチュア)が、屈強な熟練者(エキスパート)にキャリーされて第三層まで行ったことがあってな。それはもうひどかったそうだ。まるで象に踏みつぶされたようにぐちゃぐちゃになったらしい。骨も靭帯もでたらめになって、今もリハビリ中だとかなんとか……」

 レダは第二階層で感じた頭痛や、ぐっすり眠っていたイノンのことを思い出した。極度の緊張や治癒に際する眠気だと思っていたが……。


「ともあれ、迷宮に潜るには、素質がいるらしい。それは迷宮での経験や滞在時間によって鍛えられ、次第により上位の呪いにも耐性がついていく、と考えられている」


「それは……素質のない探索者が探索したとして、一生、第二層に適応できない可能性もあるのか」

「あるだろうな。素質と時間の度合いの積が、呪いへの耐性の度合いと言われているし、それになんとなく想像できるだろう」

「想像?」

「クックッ、頭痛に困って、いつまでも浅瀬で安い魔物を狩っている冒険者の姿がさ」

 レダはペンのインクが羊皮紙を汚しているのに気づき、ゆっくりとペンを置いた。


「なぜギルドはこの情報を公表しない……ジンクス程度のものでも、報告が複数あるなら知らせておくべきだろうに」

「そんなことは簡単さ」


 今度も、女はすぐに答えた。

「ほとんどの新人は二層に行く前に死ぬから、伝える相手がいないのさ、クックッ!」


-------------------------


 イノンとグレスは迷宮第一層の南側で戦闘訓練を行っていた。


「うん、なんかいいかんじかも!」

「さっきよりも、ずいぶん動きが良くなったように見える。さすがだ、イノン」

「へへ、それほどでも」


 タオルを渡し、ロータッチをして交代する。

 二人がいるのは、岩壁から突き出た大樹がそこかしこに根を張るエリア。動物型のモンスターの獣道になりやすく、さまざまな魔物と次々に遭遇できる。狩場として人気で、少し入り組んだエリアにも、冒険者の行き来がみられる。大中央道(メインストリート)西側の階段までは距離があるため、南の果てに、二層まで続く縦穴が人の手で穿たれた。


「グレスは、もっと駆け引きのできるモンスターと戦った方がよさそうだね」

「ああ。亜人は手ごわい。猿、のやつも……」

「そうだね」


 グレスはレダの動きを思い出しながら試すのは、魔物に無理にぶつかるのではなく、隙を窺う反撃型(カウンター・スタイル)


「ッ!」


 剣が角や爪にぶつかっても鍔迫り合いに移行せず、あえて弾き飛ばしたり往なしたりして、自身への衝撃を軽減することに意識を向ける。


 ここに来る前、「個々が余裕を失うほど消耗しているのに、それを自覚できなかったのもまずかった。体力の温存や、調子を確かめることも意識するべきだった」とレダが言っていた。


「冷静に……冷静に……」


 グレスは何度もつぶやきながら、左右に軽くステップした。

 モンスターと距離が出来たら、視野が狭まらないように無理やり頭を左右に振る。

 無意識で余裕を持つことは、経験の少ないグレスには難しい。不格好でも、慣例動作(ルーティーン・ワーク)のように意識的なモーションを挟み、立ち回りの身軽さや広い視野を確保しようとしていた。


「っラァ!!」

「グェー!」

 姿勢が崩れた一瞬を突き、トカゲ亜人のモンスターにとどめを刺した。

 死亡した身体が急速に腐敗し、ボロボロと崩れ始める。


 グレスはその様子を横目に見ながらこぶしを握りこんだ。

「少しずつ、できるようになってきたぞ」

「グレスも、結構調子よさそうだね」

「ああ。付け焼刃だが、欠けていたものがわかってきた」


 力を確かめ合う二人は目が合って微笑した。


 しかし、静かな時間は唐突に、誰かの叫びに破られた。


「──────ァああっ!!!?」


「なんだ……?」

「何か……」

 訝しむ二人。全身が緊張し、剣を握りなおす。


 明らかに平常を脱した、恐怖に満ちたような声。


 閉所にやられた奇人の絶叫であってくれ。

 そうどこかで願ったのを嘲笑うかのように、二度目の叫びははっきりと聞き取れた。


魔 物 の 逆 流(モンスター・フラッド)だァあああああああああ!!!」


 地響き、眼光。咆哮。

 二人のいる通りに、魔物の群れがなだれ込んだ。



-------------------------


「わっ!イノン……!」


 モンスターの数がゆうに十を超えることがわかると同時に、イノンはグレスの手を取って走り出した。

「っ……!」

「イノン!一体何が!」


 歯噛みして必死に走るイノン。グレスは「一人で走れる」と腕を優しく払い、イノンに並走した。


魔物の逆流(モンスター・フラッド)……まさか今日遭遇するなんて……!」

「それ、あの男も……何が起きてるんだ」

「迷宮の魔物の生息地はかなり厳密に決まってて、階層の移動はまず起こらないの。

 同じ魔物でも、四層生まれなら四層、五層生まれなら五層を出ることはないんだけど……

 ごく稀に、大規模な魔物の群れがいくつもの階層を跨いで移動することがある。

 それが魔物の逆流(モンスター・フラッド)

「魔物の……大移動……!!」


 イノンは全力で走っているのか、その額には大粒の汗が浮かんでいる。


「下層の上級の魔物も大量に移動してくるから、一刻も早く迷宮から脱出しないといけない!!」

「なんてことだ……!でも、イノン、待て!こっちは───」


 二人がいる南側のエリアに、モンスターの群れは北側から押し寄せてきた。

 それから逃げようと走り出したということは、東側にある迷宮出口から遠ざかっていることになる。


「わかってる!でもあの量のモンスターを、今の私たちが捌くことはできないよ。今回の逆流がどのくらいの規模かわからないけど、とにかく戦闘を回避しないと。延々とエンカウトし続けて、物量に潰されちゃう!」


「で、でもジリ貧だ。行き止まりにあたったら……」


「機を見てどこか小部屋に身を潜めるしかない。第一層には冒険者が多く潜るから、捜索討伐隊が組まれたらすぐにくまなく探されるはず。二日……生き延びれば、地上に帰れるはず!」


「でも、食糧はそんなに無い。大丈夫なのかっ」


「わからない。でも、第一級の冒険者が地上にいるはずだし、こんなイレギュラーが発生したら、下層の攻略よりも上層、ひいては地上の安全のために上級冒険者は討伐戦を始めるはず。少なくとも、群れに立ち向かって全部倒すよりは、勝算のある賭けだよ!」


「イノン!」


 グレスはイノンの腕を掴んで止めた。

「なに!?」

「イノン。いま、冷静か」


 驚くほど危険な状況に陥ったグレスには、この状況の困難の度合いは推し量るしかない。

 イノンの思考と提案がおそらく二人の明暗を分ける。

 グレスは問う。冷静かと。


 イノンは深呼吸してから、答えた。

「私たちにとれる選択肢はこれしかない。あんまり冷静ではないけど、これしかないと思う」

「……わかった」


 グレスはゆっくり頷いた。

 そして付け加える。


「生きて帰ろう」


 イノンはニッと口角を上げ、頷き返した。


 初級冒険者(ニュービー)二人の逃亡戦が始まった。


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