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敗戦の先に

 第一階層、大中央道(メインストリート)。三人は傷だらけで倒れ伏していた。



 戦線は瓦解し、戦術が乱闘一択となった瞬間、レダは死に物狂いでイノンのもとに走った。


「うアああああああああッ!!!」


 自分の腕や首の血管まで食い千切るストーン・エイプを強情に無視し、イノンに噛みついたそれに剣を突き立てた。

 血があたりに飛び散る。跳び退こうする猿に有無を言わせず、一突き。


「っやぁッ!!」

 自由になったイノンもすぐさま短剣を抜き、レダに噛みつくそれを突き刺す。

 二人は二つの猿の死体と共に崩れ落ちた。

 流れ出る血が意識を朦朧とさせたが、酷い痛みが気絶することを許さなかった。


 グレスは逃げ出そうとする心を必死に叱咤していた。

 イノンを助けようとするあまり、敵の数を減らす前に突進。結果、レダに大けがを負わせることとなった。

 いまのグレスの技術では、ストーン・エイプを討伐することが出来ない。

 剣を振る速度も、攻撃をかわす足も、駆け引きをする思考もない。


 しかしストーン・エイプは、群れの二匹が倒されたことに気づくと、ゆっくりとグレスから距離をとった。少しの静寂の後、踵を返して一目散に迷宮の奥へ跳び去っていった。


 グレスは大声で叫んだ。


 剣を握る手はぶるぶると震え、眦は吊り上がり、何度も足を地面に叩きつけた。

 二人のもとに走り寄り、落とし物の確認もせず二人の体を抱え、第一階層へ向けて歩きだした。


 歩く間に、もう一度叫んだ。

 迷宮の岩壁に、グレスの声がしんと響いた。



・・・。


 初めての第二層攻略は、失敗に終わった。

 三人は今、第一層東側の小さな小部屋(ルーム)に身を隠している。


 二人の傷口になけなしの上級回復薬(ハイ・ポーション)をかけ、傷口がふさがったのを確認したグレスは、低級のものを飲みながらうなだれた。


 イノンは眠ってしまったらしい。

 レダの顔が痛みに歪むたび、グレスは目を逸らした。


「グレス、」

「あ、ああ。その、さっきはすまなかった。焦っていて……」

「グレス」

「な、なんだっ」


 レダの深刻な雰囲気を、グレスは恐れた。この後に起こるだろうことも、受け入れなければならないと思った。


「俺たちはパーティだ。パーティは、命を預ける仲間だ。誰かを助けるのも守るのもあたりまえだ」

「あ、ああ。俺もそう思う」


「だがそれは自分の事が出来ている(・・・・・・・・・・)人間がやることだ。

 自分の仕事を全うし、余裕がある人間がやることだ。

 パーティは、ひとりひとりに為すべき役割が分担されている。わかるな」


「あ、……ああ。……すまない」

「グレス、いまは三人の生還を喜ぼう。だが、これっきりにしてくれよ」


 技術を身に着け、気持ちが大きくなっていたのかもしれない。目の前の敵が動けないだろうという慢心、自分ならできるだろうという慢心、助けて役に立ちたいという利己心。

 グレスの行動が危険を招いてしまったのだ。

 レダの言うことに、グレスは力なく頷いた。


「さて、これからどうするがだが……」

 レダは地図を引っ張り出した。

「今日の行動はまず地上に帰還することだろう。幸い、グレスのおかげで第二層からは脱出できたわけだし、このまま大中央道(メインストリート)を進めば安全に帰還できるはずだ」


 グレスは懐中時計を見た。

 ダンジョンに潜入してから四時間、外は昼下がりだろう。探索者の往来も十分ある時間だ。


「イノンが起きるまでここで休もう。明日は、もっと準備をしなくちゃいけない。いままで稼いだ分を奮発して、装備を新調することにする。異論はあるか」

 レダはグレスに投げかけた。


 グレスは恐る恐る問うた。

「レダ、その、俺は……まだパーティにいてもいいのか」


 レダは苦笑して、頷いて見せた。

「失敗したから解散、なんてしていたら、パーティも新人も、いつまでたっても成長しない。失敗を経験して生還できた経験は貴重だ。次に活かそう」


 グレスはようやく笑顔を作ることが出来た。

「ありがとう、レダ。俺は……もっと強く、なるよ」


 レダはまた苦笑して、イノンの寝顔をちらりと見て「俺だってそうさ」とつぶやいた。



-------------------------


 深い傷を負いながらも第二階層から生還したグレス、レダ、イノンの三人は、翌日、再突入の為の準備を進めていた。


「あ、グレス!ダンジョン行くの?私も行っていい?」

「イノン。君もか」

「うん。もうちょっと私も、戦えるようにならないと」

 イノンはそう言って、脚につけた短剣に触れた。

「そうか。なにか買っていくものはあるか?」


 対してレダは二人と別行動をすると伝え、ギルドが管理する資料館に向かっていた。


 今回の失敗で、レダは迷宮や魔物に関する知識や、戦っていくノウハウが不完全であることを実感した。

(初めての第二階層の空気に気圧され、冷静さを欠いていた気がする……。)


 『モンスターの生態と特徴』、『迷宮の構造・地形』、『利用できる原生植物』、『モンスター素材一覧』────。指南書を漁っては用意した羊皮紙に書き写していく。魔物の逆流(モンスター・フラッド)、落下トラップや遭難のことも考え、第三階層までの情報を、なるべくくまなく。


(多すぎる情報は初学者には扱いきれないが、どの情報が不要かを取捨することもできない。何度も読み、正しく書き残し、ダンジョンで参照できるようにしなくては……)




「イノンはレダといつ出会ったんだ?」


 イノンは「うーん」と少し悩んでから話した。

「レダとパーティを組んだのはね、半年前くらいなの。その時は私も、グレスみたいに右も左もわからない初級冒険者だったんだよ」

「半年か!第二層で見たイノンとレダの連携も半年という時間の賜物なんだな」

「ふふ。……でもあれはね、レダが私に合わせてくれてるんだよ。私の戦闘技能は低い方。二層で死にかけて、ちょっと甘えすぎちゃってたのかなーって、反省」


 しゅんとするイノンを、グレスは慌てて励ました。

「き、きっとそんなことはない。それに、イノンはもっと重要な役割を背負っている」

「あれもね、実は全部レダの受け売りなの」

「えっ。そうなのか」

 グレスは、イノンが博識で言っているものだと思っていた。


「うん。本当は、ああいう斥候(スカウト)の立ち回りはレダの方がずっと得意。でも私が戦うのヘタだから、レダが前衛に回るしかなかった……。他のメンバーが入れ代わり立ち代わり、誰と組んでも恥ずかしくないようにって、攻略を中断してレダが特訓してくれて」

「そうか……それは大変だったろう」

 結局五か月もかかっちゃった、とイノンは苦笑した。


 グレスは、自分が戦況や進行度合いを俯瞰し先んじてアドバイスする姿を、想像しただけで頭が爆発しそうになった。


「そうでもないよ。それが今の私の役割だし。それでね、グレス」

「ああ」

 イノンが足を止める。グレスも続いて足を止める。

「グレスが来てくれて、また前衛が安定するようになった。二層では失敗しちゃったけど……しばらく私たちと闘ってくれると、嬉しいな」


 イノンからそんなことを言われたのは初めてだった。思えばイノンよりもレダと話すことが多かったかもしれない。

 グレスはぐっと拳に力が入るのを感じた。

「ああ。もっと二人と、戦っていきたいと思う。これからも、よろしく頼む」

 グレスはイノンに手を差し伸べた。

 イノンは微笑んで、その手を握り返した。


「ありがとうグレス。さあ、行こうか。今日は私が先にやるね!」

「わかった。無理をしないように、やっていこう」

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