任務完遂!
依頼内容は、ホーンラットの角10本の納品。
ホーンラットは角の生えた大きな鼠だ。動きは遅いが、その鋭利な角で突かれれば生身の人間では即死しかねない。
「そっちへ行ったぞ!」
「わかった!」
ホーンラットは基本的には臆病で、逃走しやすい。これを多人数で囲って退路を断ち、好戦的にさせるのだ。窮鼠、冒険者を噛むというわけだ。
グレスはレダの知識に感心した。きっとグレス一人では日が暮れるまで逃げられ続けたことだろう。
グレスはレダの、「目の前の敵に集中しすぎない」という忠告に気を遣った。
地形を確認しながら相手の単純な動きを交わし、こちらに向き直るまでの隙だらけの背中を、剣でグサリと刺すのだ。
余裕を持つことは大切だ。実際敵の目の前で転んだときは、死ぬかと思って泣きかけた。
「お疲れ。怪我はない?角は私が回収するね」
「あ、そこは右~」
「待って、この声はデネビルかも。頭上に注意して」
そして、イノンの活躍は素晴らしかった。
戦闘で消耗する前衛に薬や食料を適切に分配し、戦闘範囲外の警戒や進行順路など、不安を事前に潰していくのだ。
「イノンは、すごい」
「そうだろう。余裕を持つことは大切だ」
「ああ。これを教えてもらえてよかった」
グレスはべた褒めした。まさかダンジョンに非戦闘員が潜るとは思わなかったが、余裕を預けられる人が一人いると、安心感が生まれ、漫然とした焦りが無くなる。
イノンの役割も、それをパーティに組み込むレダも、素晴らしいとグレスは思った。
「そ、そんなことないよ。二人がいるからダンジョンに潜れてるわけだし」
イノンは手中で角を転がしながら笑った。
「えっと、あと3本だね。この調子ならすぐに集まりそう」
「よし、そろそろ行こう。グレス、いいか」
「ああ。俺は、余裕だぜ」
「ふふ。調子がいいな」
レダの戦闘は、敵の攻撃を交わしてから動く反撃スタイルだ。
グレスはよくもあれほど器用に動き回るものだと感心した。
進行度合いでは下級冒険者に分類されるものの、レダには優れた戦闘技術がある。
真正面からぶつかるグレスと、相手をいなして戦うレダ。まだ連携らしい連携はとれないが、二人の相性は存外悪くなさそうだった。
ギルド会館でホーンラットの角を納品した後、グレスは正式に、パーティ加入を認められた。
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「お疲れ様でした。報酬はこちらになります」
ギルド会館に依頼の物を納品したレダたちは、報酬の銀貨銅貨を分けあった。
レダは、新たな仲間となるグレスの歓迎会をしようと、酒場に彼を案内した。
「乾杯!」
レダ、イノン、グレスはジョッキをぶつけて勝利と新たな仲間を祝った。
「ぷはっ。いやー、1日で依頼が終わってよかった」
「そうだねー。ホーンラットがたくさんいてラッキーだったよー」
「レダ、イノン。俺を仲間に入れてくれてありがとう。それと……俺は足手まといにはならなかったか?」
グレスは心配そうに聞いた。レダは焼いた鳥肉を口に運びながら語った。
「グレス。人間、だれしも初心者から物事を始めるんだ。気負うことはない。
俺だって初めてダンジョンに潜った時は震えていたよ、人と一緒だったけどな」
レダは自嘲気味に笑った。
イノンと出会う前、レダも荒々しい冒険者然とした青年だったという。彼も他と同じ、ただの自己の利益を求めるギャンブラーだった。
「ダンジョンは危険な場所だ。何百人という冒険者が挑み、死んで魔物の餌になってきた。
そんな場所に新たに挑む人間は、無謀な馬鹿だ」
その苦笑の中にどんな記憶があるのか。日の浅いグレスにはきっと想像もかなわないことなのだろう。
「でも、俺はそんな馬鹿な人間たちも、問答無用で見捨てるべきとは思わない。
誰かが教えたり、協力することで『無謀』は『挑戦』に変えられる。勝算のある賭けになる。
多少自分の歩みが遅くなったとしても、無駄な死を減らせるなら、俺は人に協力するべきだと思う」
協力。あの青髪の男も似たことを言っていたな、とグレスは思った。
「人体は軟弱だ。しかし情報を共有し、助け合うことで、冒険者の総力を伸ばしていくことができる。
それが回りまわって、いつか俺のピンチを救ってくれるかもしれない」
レダは「それに、自分が見捨てた奴が次の日死んだら目覚めが悪いしな」と付け加えた。
イノンがレダの手を握り、彼に微笑んだ。レダも微笑を返す。
「二人は……」
過去に誰かの死を経験したのか。グレスは後の言葉を飲み込んだ。
代わりに「人をよくパーティに入れているのか?」と聞いた。
「時々な。みな攻略の速いパーティに移っていくから、期間は短いが」
「みんな血の気が多いよね」
ギルドの職員は紹介の時、半年も第一階層にいるパーティは珍しいとグレスに言ってあった。
進捗が悪いのではなく、堅実なのだ。
新人育成を兼ねながら、第一層を安全に戦い抜いている結果だった。
グレスは少しだけ黙ったあと、ゆっくりと話した。
「俺は……感動した。イノン、レダ、君たちは冒険者やギルドに大きな貢献をしているはずだ。きっと多くの命を救い、攻略に役立ってきたんだろう」
「グレス……ははは。いや、なんだか照れ臭いな。なんというか、初心者の君に言われるのも少し変な感じだけど……そうだな。そう願ってるよ」
レダはグレスの言葉に苦笑したが、グレスの真っ直ぐな瞳を見て、素直に賞賛を受けることにした。
「……」
「……イノン?」
「あ、うん。私もそう思うよ」
「どうかしたのか」
「ううん、なんでもない」
「……そうか。さあ、二人も食べよう。安い食事だが、たくさん食べて力をつけるんだ」
「ああ。俺ももう一杯頼もうかな」
「じゃあ私も」
酒場の小さな歓迎会を、澄んだ夜空が包み込んだ。
「……ああ。だが……は、下層で……れて」
「……か?……の悪い噂……いだろう」
「わからない。……のまま、もし……ら、討伐隊を……」
肉が、酒が、種々の料理が、いつもと同じように、冒険者の英気を養っていた。
酒場の夜は静かに深まっていった。




