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大戦闘・青き主よ

 戦闘の火蓋は砕き(・・)落とされた。


「っ! 【戦場(いくさば)の騒乱に命が奮う】ッ!!」


 第四層中心部から第五層へ急転直下。崩落した床の破片たちは、人工的で平坦な五層の床を途端に危なっかしい岩場へと変貌させた。


’(天井の低い小部屋(ルーム)へ誘導しなくては!)


 赤い霊気(オーラ)が体を覆い、血液が沸騰するように熱くなる。

 この大物を誘導するには、非戦術魔法では意味がない。要されるのは、必殺の威力を孕んだ危険因子たる魔法!

 銀のレイピアを抜刀し、大回りに疾走しながらアイオスは今日何度目かもわからない詠唱を始めた。


「【黒き邪悪を我が剣が拓く!続け幾千の誉れある勇士】ッ!」


 純白の閃光が瞬く。それは地上で見るどんな灯篭(ランタン)より眩しく、美しく。

 そしてこれまでに見たことがないほど、頼りなく明滅していた。


 もはやグレスなどに構っている暇はない。

 かの第一級冒険者(アイオス)とてこの征伐戦(レイド)級の化け物を相手に、いったい何秒まともに戦えるだろう。

 未到達領域での戦闘と比しても、装備も体も損耗しすぎていた。


 ボンドや街道の人間が到着するまで何分かかるか概算しようとして、アイオスは自分を嘲笑った。

 誰も来ない。きっと呪いで誰も近づけないだろうから。


 アイオスは天井が開けた中央広場から、記憶を頼りに道へ走りこんだ。

 予想通り、一直線の道とそれに並列する高台のある、天井の低い通路に出る。


 竜は体高からして下の道を動かざるを得ない。少々手狭だが、遠距離火力がない以上、この高台を利用して立体的な戦闘をする以外方法はない。


 発動を待たされていた剣技が、煙を上げながら失効する。

 また余計に剣芯を損耗。攻撃回数にまで制限がつく。


 アイオスは歯噛みしながら、跳躍して高台に跳び移った。竜は想定通り、下の道を猛進してくる。


 しかし前足のない飛竜(ワイバーン)のくせに酷く俊敏で危なげない走行だ、とアイオスは思った。地上戦といえど一瞬の油断が命取りになるだろう。


 だが、目標が飛んでいないならアイオスのやれない相手ではない。

 相手にとって不足なし。青髪の青年は左手に銅剣を抜き、故郷の歌を口ずさんだ。


「【栄華極まる晩春の宴、賑わす演舞、無数の酒杯。三人娘の朽葉のドレスはやがて乱刃の狂演となり、渇望に歪む人面を裂く。】」


 高台、道、壁を跳ねまわりながら、アイオスの剣が竜鱗を捉える。

 翼や尾を叩きつけて迎撃するが、極限まで集中した第一級冒険者(エキスパート)は飛竜の攻撃射程(レンジ)のわずか外を掠め、踊り子のように巨体を翻弄する。


「【仰げ。飛天する樹葉の精霊、我が両腕は】─────」


 着地したのは竜の正面、引き絞った二振りの剣が霊気(オーラ)でわずかに延伸する。


「【転会の殺刃(ポガテス・ギルコラス)】」


 突撃と同時に剣技の威風がアイオスの体を回転させる。

 飛竜は首をたわめ、無防備な彼の頭を食い千切らんとばねのように噛みついた。


 空中での迎撃、命を刈り取る回避不能の牙が、青年の首を食い千切るその瞬間。


 アイオスの回転軸がぶれ、背骨ではなく伸ばした右腕あたりを中心に回転。

 まるで小鳥が壁の穴を縫って飛ぶように、物理法則を一切無視した捻じれた軌道でそのアギトを交わす。


 その後の一秒を十等分したわずかな時間で、左手の銅剣が下顎を切り上げ、回転し右手の銀剣が首を切り上げ、胸を、翼を、背を、尻尾の付け根を。


 枯葉色の六連撃が竜の体躯に撃ち込まれた。

 アイオスを見失い、痛みに呻く飛竜。


 勢い余ってあわや転倒というところ、アイオスはなんとか両の足で立ち直った。


 竜の血飛沫が派手に開幕を彩る。

 決死の討伐戦は、始まってしまった。




-------------------------


 竜に叩き込んだ六連撃の代償は、反対にアイオスに深手を負わせることとなった。


「うがぁっ……!」

 卑小な人間の体が、迷宮の壁に叩きつけられる。


 白閃剣(ヴィラナシュ・カルド)を失効させておきながら冷却時間(クールタイム)も無しに剣技を正規発動したことで、アイオスの魔力伝達神経はボロボロに焼けてしまっていた。


(体が言うことをきかない……!)

 状態を無理に起こすも、飛竜の猛攻は留まるところを知らず、動けないアイオスを再三吹き飛ばす。


「ぐッああ……」


 氷の息に凍結した身体を翼爪と槍尾が引き裂く。魔法現象と物理威力に押しつぶされ、深い凍傷に痛む手では回復薬(ポーション)を握ることもままならない。


(確かにダメージを与えてはいる……それがむしろ激昂を誘い、攻勢に拍車をかけてしまったか……)


 第一級冒険者の防御能力といえど、相対する敵の攻撃能力も当然超一級。

 これまで剣を交えた魔物と比べても、ここまで優れた速度・威力の攻撃を繰り出すモンスターをアイオスは知らなかった。


「惜しいな」


 唸りを上げて飛んできた尻尾がアイオスの胸をどうと薙ぎ、グチャリ、と。

 壁に血の汚れをつけて、終わりにした。


「グァオオ……グルルル」


 飛竜は狭い道で踵を返し、大広間まで歩んだ。

 深い傷だった。特に首と胸を撃った剣は、致命的な出血を起こしていた。


「グルル……フシューッ」

 傷口を塞ぐように凍結吐息(ブレス)を吹き、止血する。

 


 飛竜は静かに翼を広げ羽ばたいた。


 勝者は、迷宮の青い主だった。


 地下の空は青い飛竜のものになった。いや、もはや迷宮全土が彼のものであった。

 異物を排除したことを言祝(ことほ)ぐように、ダンジョンは不気味な風音を鳴らした。


 ごぉう、ごおう。

 ごぉおう、ごおおう。


 空気が歪み、歪な音が第五階層を重々しく揺らす。




 その中に聞こえる、ちいさな歌声(・・・・・・)



「ウウ───ウガアアアアアーーーアッ!!!」

 飛竜は咆哮した。

 その忌々しいコトバを掻き消すように。

 青い龍眼がその影を捉える。忌々しい人間の、耳障りな音の源。


 赤い髪の青年(グレス)を。


 オー テ・ロシンドゥラット

 メイ エ ミスティクシュ・コルバン イピテト・ブルトンベン・スレテット

 キエ・ア・ホログ


 曖昧な発音はまるで幼児が母親の言葉を真似るがごとく、胡乱で稚拙な言葉が転がり落ちる。

 当のグレスは、頭は岩片に砕かれて血みどろになり、両目は眠るように閉じられていた。


 翼をばたりと打ち、舞い上がった竜は脚爪でグレスを千切らんと突っ込んだ。


 グレスは倒れ込むような前傾姿勢で爪と地面のわずかな隙間を縫ってそれを交わす。


 隙を与えぬ翼の叩きつけ、尻尾の突き刺し攻撃。そのどれもをほんの寸分の差でグレスは交わした。

 目の閉じた下級冒険者が魔物の気配だけで、音速にも迫ろうかという猛攻を回避し続ける。


 緩慢な速度は確かに手負いの一人間のそれだ。

 だが動き出しは竜よりも早く。

 跳んだ場所に顎や翼や吐息(ブレス)が吸い込まれていくかのような、異様な予知的回避。


 まるでその攻撃を昔から(・・・・・・・・)知っていた(・・・・・)かのような、驚異的な動作で。


 グレスは走り出した。

 飛竜の横を抜けると、アイオスがいた道の方へ駆ける。


「グギャアーッ!!」


 飛竜の爪牙は顔を向けてさえいない青年をかすめることさえなくなっていた。

 何かを恐れるように飛竜はグレスを圧し潰そうと飛び上がるが、半秒遅い。


 天井の低いあの道へ滑り込んだグレスは、アイオスのもとまで一足で跳び至る。

 彼の握る二つの剣を、自らの首に当て、浅く切り込んだ。


 グレスの首から血が垂れる。


 雫は銀と銅の剣を這い、柄を伝い、アイオスの手を濡らす。

 再びグレスは、不可解なことばを紡いだ。


 イーブレイ フーシュク・ヴィーレ・フォイト・エスマ

 エザナナポン・ウイラ・イタナク

 エギマシュ・マレト───


 コトバが反響し、次第に声は呪術儀式の音楽のようにびりびりと迷宮に共鳴し始めた。

 岩壁や天井に跳ね返った音たちが赤い靄となって溶けていく。


 流れ出るグレスの血は奇妙にも金色に変わり、眩く光を放っている。剣も人体も融解しようという光量に、飛竜は呻いて後ずさった。


 不可思議な暖かい光に呼び起されて、アイオスの瞼が震える。


目覚めよ(イーブレイ)


「……グ、レス?どうして君が……」


 二人の体を金の光が舐め、魔法のように傷が癒やしていく。

 潰れた肉、ぐちゃぐちゃになった内蔵、粉々の骨、流れ出た血。そのすべてが、どのような理論によってか次々と復元していく。

 アイオスはさっきまでの絶望的な気分が晴れ、胸に熱い何かがあるのを感じた。


 光が止み、閉じられていたグレスの目が開く。


「……行こう、アイオス」

「ああ。──終わらせよう」


 二人の剣士が並び立つ。

 決着の時(ラスト・ダンス)が始まる。


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