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迷い子のグレス

「グレス!!」

「どこ行きやがったあの野郎っ……!」


 赤髪の青年は二人の第一級冒険者の感知圏内から、見事に消え失せて見せた。

 小部屋(ルーム)には何の手がかりも残っていないが、何が起こったかは明白だ。


 グレスはまた迷宮に迷い込んだのだ。おそらく、彼が無意識に第三層から七層まで降りていた時と同じことが起きている。


「まさか七層に行ったんじゃねえだろうな」

 ボンドがそうつぶやくのを手で制し、アイオスは耳を澄ませた。


 ───────。


「聴こえたっ。あっち……!」


 アイオスは音の方を指さして戦慄した。

 かすかな足音が聴こえたのは小部屋(ルーム)の左側。半地下のように小さな階段が口を開ける、大迷路への入り口(・・・・・・・・)だった。


「そんなバカな……なんで迷路に」


 アイオスは考えた。

 グレスは初め、何を求めて第七層まで下りて行ったのか?グレスは自分の導かれる方へ、無意識に歩を進め七層までたどり着いた。彼自身が何かを求めて潜ったわけではない。


 グレスの超常的センスは、意識が戻った後にも発揮された。すなわち、「秘密の横穴」の時だ。他のメンバーが興味を示さなかった洞窟に、グレスはどうしようもなく引かれていた。


 そしてその後何があった?


「……。」

「おい、一か八か、もう行かねえと!あいつが歩いた経路(ルート)変更(・・)されたらもう……!」


 アイオスは震える息を抑えて深呼吸する。そしてゆっくりと言った。

「ボンド。もしかするとまずいことになったかもしれない」

「ああっ!?見りゃわかるぜぞれは!」


「グレスは多分、あの青い竜のもとに行こうとしているんだ。」

「青い竜……?何の話だアイオス」


「君たちが倒れた後に遭遇した大型の魔物だ。【呪いの根源】……だと俺は睨んでる」

「グレスは魔物なのか?いや、どちらにせよ呪いの元凶に近づくのはなんでなんだ…」


 二人の間にはグレスの行動の謎以前に、もっと大きな疑問が落ちた。

 迷宮を彷徨うグレスと、呪いの渦中の竜。

 元の道ではなく、迷路に向かったのはなぜ……?


「とにかく追わねえと。俺が二人抱えるぜ」

 未だ目覚めない三人に走り寄るボンドだが、アイオスはそれに答えなかった。


「アイオス?」


 アイオスは白銀のレイピアを抜くと、その痛んでざらついた刀身に真剣なまなざしを向けた。

「ボンド。ここからは、別行動だ」

「手分けするのか?しかし、大迷路でばらけて、もし合流できなかったら……」


「いや、二人では入らない。ボンド、君は三人ともを抱えて、迷宮内街道まで走ってくれ。俺がグレスを探す」


「さっ……」

 ボンドは絶句した。眦を吊り上げ、乱暴にアイオスの肩を掴む。


「アイオス、もうこの際だから言うぜ。もうあいつを守るだけの余裕は、俺たちにはない。

 このイノンとか言う女も、ついでだから運ぶだけだ。

 自分から死にに行った奴を助けに行って、俺たちまで死んじまったら意味ねえぜ!」


「御尤もだボンド。……でも、彼は俺の知人なんだ。助けたい」

「アイオス!」


「それにね、ボンド。俺は今……すごく嫌な予感がしているんだ。 グレス個人のことだけじゃない、ダンジョンの、何か根幹に触れるような渦に巻き込まれつつあるような気がする。

 なにか、酷くまずい気がするんだ。行かなきゃいけない気がするんだ」

 レイピアをしまうと、アイオスはボンドに正対した。


 ボンドは肩を落として一歩引く。

「お前までそんなこと言うのかよ……」


「ボンド。三人を任せた。グレスは縦穴から五階層に移ったはずだ。迷路の縦穴を探すけど、ボンドは正規ルートで降りてくれ。十全な準備をして、下で会おう」


 ボンドは三人の体を両肩に担ぐと、西の方を向いた。

「すぐにそっちに行く。なるべくゆっくり行けよ」

「そうはいかないけど……まあ、きっと無事でいるよ」


 アイオスは微妙な笑みを浮かべて応えた。


 ボンドは地竜を避けさらに外周の経路へ、アイオスは大迷路への階段を下りて行った。


-------------------------


 迷宮第四階層の中心部、というより中心からほぼ外円まで広がる大迷路エリア。

 地上とは全く違う生物にあふれる迷宮の中で、最も特異なモンスターたちが揃う異空間だ。


 その別名は迷宮内迷宮(メイズ・イン・メイズ)。どれだけベテランの冒険者でも必ず避けて通る危険度の高いエリア。


 最も危険なのは、岩石系モンスター、幻覚作用を持つ鱗粉や体液を使うモンスターたちによって、経路(ルート)が書き換えられたように変化すること。


 しかし、避けられる理由はそれだけではない。その基本構造も極めていびつなのである。


 四層は迷宮のなかでも最も面積の大きな階層であるが、縦方向(・・・)にも広い。

 天上は高く、床は分厚く、床下にも構造物が連なっている。

 つまるところ、階層が無秩序に上下に別れているのだ。


 階段を降りたかと思えばまた登り、頭上に屋根裏部屋のような半階層があったり、道はひどく曲がりくねり上下し捻じれ、方向感覚をあっという間に狂わせるだろう。

 長大な袋小路、他階層に存在しない高さを活かした構造、定石(セオリー)の通じない魔物たち……。


 そんな場所に、アイオスは単身で乗り込んだのだ。

 グレスの足音など、とうに聴こえない。聴こえるのは魔物のうめき声と、岩がこすれる「経路(ルート)変更」の音。


「ぐ…っ…」


 アイオスはきつけ薬を飲んだ。

 第六層、第五層をほぼ単身で突破してきた疲労が、今になって襲い掛かる。


(ここに入ったこと自体が賭けではあるが、もし当てが外れたら詰みだな)


 アイオスが目指すのは縦穴、上階層から下階層へ一足跳びに移動する落とし穴。

 パーティ壊滅の代名詞として忌み嫌われる縦穴だが、グレスがあえて大迷路に踏み込んだのならばこれを利用しないということはないだろう。

 構造自体は第五層の方がはるかに単純だ。下で合流できる可能性の方が高い。



「………。」

 アイオスの歩みは急ぎ足かつ忍び足。

 戦闘はもう一度たりとも行いたくない。グレスがどう進もうと、これ以上距離が離れてしまえば再会は望み薄になる。


 緊迫した走行が続く。


 遠くから、何度も岩がこすれる音が響く。

 ざりざりと鳴っているのは、砂漠虫(サンドワーム)が壁か床を渡っている音だろう。


 亜人系モンスターの声は、聴こえない。

 ゴブリン、コボルド、ミノタウロス……迷宮を代表するようなモンスターたちは大迷路内にも多く出現する。下層の魔物が進出していて、ここでは息をひそめているのだろうか?


 ……。


 速度を落として地図を開く。

 現在位置はすでに分からないが、袋小路につながる地形、魔物の発生地点のそれとは一致していない。

 問題ない。縦穴はそれほど多くないが、四層においては大迷路内に集中して発生する。

 この移動速度であれば、グレスか縦穴のいずれかを発見するまでそうかからないだろう。


 アイオスは腰に佩いたレイピアと銅剣の柄を撫でた。

 疲労が溜まっている。魔力伝達回路も剣芯も焼けてきていて、これ以上剣技は乱発したくない。

 だが、体力や魔力は回復薬(ポーション)で十分にある。

 解毒剤、包帯、地図、食料と水……。十分ではないが、欠けもない。


 単独、危険で閉塞感のあるエリア、異常な越境モンスター。

 確かに不安だ。だがアイオスは第一級冒険者(エキスパート)

 幾度とない視線を潜り抜けてきた、超人的戦闘生存の特異技能保持者(スペシャリスト)だ。

 きっと乗り越えられない壁ではない。


 だが、なんだ。


 この違和感は(・・・・・・)


「静かすぎる───、」


 アイオスがそう思ったのもつかの間、飛び込んだ小部屋(ルーム)


 すり鉢状になった円形の迷路。

 それらの低い壁を見下ろせる位置に出る。

 それはまるで、地図に描かれたこの大迷路の縮図を俯瞰しているかのような光景だった。


「ここは……」


 大迷路内の解明されていない中心点。この迷宮のひとつの終着点(ゴール)


 そこに呆然と立つ、赤髪の青年(・・・・・)


「! グレ───」


 言うが早いか、地面がグラグラと揺れ始める。

 揺れはすぐに、立っていられないほどの跳ねるような地震に変わり、小部屋(ルーム)にひびを入れる。


 バキッ。

 バキ、バキバキッ。


 バキ─────ッ。


 それは、床を粉々に粉砕して現れた。


 大きく、棘だった翼。滑らかで鋭い角。

 深淵のように深く、冷たい青色の鱗。


 未到達領域で出会った、あの飛竜だった。



「クアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 唸るほど高速で振るわれた尻尾に被弾したアイオスは、崩落した床やグレスと共に、下階層へ落ちていった。

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