望まぬ再開──レダ
「これで、今回の異常事態の原因がわかったな」
「あの青い竜か?」
「間違いないだろう。あんなモンスターは魔物図鑑に載っていない」
グレスとアイオスは負傷者を四人抱えながら、迷宮第七層を脱出、第六層を走っていた。
「あの飛竜が発生したことで、下層のモンスターが上層に逆流したんだ。 もし彼を放置し、モンスターたちが下層に降りられなくなれば、迷宮は一層から群雄割拠の地獄になってしまう」
新種の発生で生態系は簡単に崩壊する、とアイオスは付け加えた。
「倒すのか」
「ああ。でも今じゃない。街の冒険者を呼んで征伐戦団を組まないと。それに、まだ魔物の逆流自体は解決していないはずだ。迷宮内の冒険者の安全を確認したい」
アイオスには懸念があった。それはいま彼らが運んでいる四人の負傷者。
アイオスたちは第一級冒険者だ。第八階層の攻略に踏み出している、十に満たないパーティのうちの一つ。上澄みの上澄み、都市最強クラスの迷宮探索者だ。
それが、重度の"呪い"で気絶している。
アイオスにはその意味が分からない。深度で言えば、会敵し戦闘があったのは第六層あたり。第八階層で戦う冒険者が、まさかそんなところで呪いを受けるはずもない。
呪いがないはずの場所、呪いを受けないはずの冒険者。
迷宮整備区画外に現れる未確認の魔物、美しく異様な色の岩肌の未到達領域。
進入した時には平常だった体調は、竜が表れる直前に急激に悪化し、体組織の破壊と気絶までも伴う激しい呪いに侵された。
これではまるで、あの飛竜自身が、呪いの根源かのように───
「あ、アイオス!ちょっと、」
「……ああ、なんだいグレス」
「ま、魔法をもう一度やってくれないか。さっきから、重くて」
「あ、ああ!ごめんね。すぐ掛けなおすよ」
アイオスは慌てて詠唱しながら、彼の表情を盗み見た。
魔法が切れてしばらくだったのか、汗だくだ。疲れ切って変な顔をしている。
もしあの竜が呪いの発生源で、その接近によってジェノーたちが影響を受けたのだとすれば、グレスは彼らが未踏の第八層深部、あるいは九層以降の呪いにも適応する、第一級以上の素質を持つ冒険者になる。
(迷宮を無意識に彷徨い、未到達領域……竜の居場所を特定した?もしこれが偶然でなく彼の生まれながらに持つ異能なのだとしたら、第九階層相当の呪い耐性があっても、納得できる気がする。
そう思うと【燃え滾る血よ】に即応していたのも奇妙なことだ。体のバランスは思っているよりも繊細で、躓くくらいはしそうなものを。暴れ馬なこの魔法は、ただ恩恵を受けるだけじゃないはずなんだけどな……。)
アイオスは疼く手の甲を押さえた。
「力も吐息攻撃も強力だったが、なにより目がいい。暴れるばかりの普通の魔物とは違った。もし僕の予想が正しければ、ただ征伐戦団を組むだけじゃだめだ。飛び切りの先鋭じゃないと」
「俺も、そんな気がする。強敵だ」
若しそうなれば、間違いなく一般人として街に残るであろうグレスがあまりにも真剣な顔で悩むものだから、アイオスは思わず苦笑した。
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紅い木材でつくられたギルド本館は、いつもまして騒がしかった。
「おい、第二層の生還者だ!」
「二層の冒険者が帰って来たぞ!!」
わっと走り出す人々。四層級モンスターが確認されていた第二階層の殲滅戦が始まり、次第に冒険者たちが帰還していた。
「あっ……!」
レダも人の波に合わせ、階段から転げ落ちるように、人だかりの方へ走る。
人々は抱き合い、涙を流して帰還を喜んでいた。
重傷者の治療はすでに始まっており、歩けるほど軽傷の者はロビーに入ってくる。
レダは何度も行ったり来たりした。
いない、いない、いない、いない、いない、いない、いない──────。
あと数分待てば、いや一日あれば間違いない。多少傷を負っていても、イノンは帰ってくる。
だから今はまだ、外を見に行かなくていい。
レダは自分にそう言い聞かせた。
「……っ」
「ああ……」
ギルド前に次々に物が運ばれてくる。
並べられるのは、人々の死体と遺留品だった。
レダは決してギルド本館から出なかった。外に目を向けることもしなかった。
夕方になっても、レダはギルド本館で二人の期間を待っていた。
負傷者、帰還者は続々とありながら去っていく。その姿が焦燥をかき立てた。
死体は一日もしないうちに蠅がたかり腐敗が始まってしまう。引き取り手がいない死体は今晩にでも火葬されるだろう。
「イノンは帰ってくる……イノンは必ず帰ってくる……大丈夫だ」
その呟きがまず無為な願いでしかないことに、レダは気づき始めていた。
日没ごろには既に第三階層からの帰還者が見え始め、中級冒険者も見えるようになっていた。
第二階層で敗走したっきりの三人の、そこから知識と実力のあるレダを抜いた二人が、いったいどれだけの幸運に恵まれれば無事に帰って来られるだろう。
願わくば、地上を目指していた何らかの上級者パーティに合流し、安全に帰ってきてくれることを。
願わくば、迷宮内に潜伏し、討伐隊・捜索隊が見逃していることを。
願わくば、第四階層で有志が拓いた休憩地点で、救助を待つことを。
気づけばレダは、遺留品の並ぶ広場まで来てしまっていた。
「っ、イノン……」
別れを告げる準備など全くできていない。
心臓は本当に拍動しているか疑わしいほどに締め付けられ、まったく頭に血液を送ってこない。顔は青ざめ、脚はがたがたと震えている。
なんども品々を確かめて、それが彼女らの物でないことを自分に言い聞かせなければならないほど、冷静さは遠くにあった。
「──────────。」
そしてレダは見つけてしまった。
中身がほとんど残ったまま、叩きつけたように破壊され、血で赤く染まった大鞄を。
イノンが身に着けていたはずの、大鞄を。




