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【未到達領域】

 グレスは意識が混濁しているようで、探索に支障が無いようアイオスが背負うことにした。

 再び第一級冒険者の脚のみになり、荷物があるとはいえ一行の足取りは軽かった。


 不完全な構造のダンジョン七階層と比べても、自然洞窟は本来ひどく歩きづらい。


 人一人がやっと通れるような狭さ、高低差が激しく凹凸だらけの足元、水没したり分岐したり。低酸素ガスが溜まっているところで転べば一瞬で気絶しお陀仏だ。


 罠や魔物以外の危険性、困難さにあふれている。石板の床と先人が灯した火石ランタンがある迷宮部の方が、ただ歩くならずっと楽である。


「しかし、歩きやすい洞窟だな」


 ただ、一行が歩いている横穴は、五人が横に並んでも余裕があるほど広い。天上は少し低いが、床は比較的平坦で、まるで巨大な機械で削り取ったかのように、曲がることもない道のりだった。


「グレスの勘は正しかったのかもしれない。ほら、壁際や分岐している方は普通の洞窟に見える。このルートの真ん中あたりだけが、何か普通じゃない」

「なにか大きな魔物の獣道?あるいは、迷宮部の建設が予定されていたルートとか?」

「どちらもありえるね。それに深部針(イライント)が振れている。ここは迷宮部と考えるべきだ」


 アイオスは小さな円形の計測器をモナベノに見せる。金の針が大きく右側に傾き、それが強力な"迷宮の呪い"の中にあることを告げていた。


「座標で言ったらどこらへんだ?四階の外周より内側なら、なんとなく納得できる」

 気絶しているイノンを担ぐボンドが言う。


「第四層に比べたら第七層はかなり小さいから。多分、全然内側だと思う」

「指定された区域なのかが気になるね。もし魔物が自然洞窟に移動しているなら、討伐隊が必要になる大事だ」

 アイオスはグレスを担ぎなおして言った。


「岩の質感は、迷宮部に似た青みがかった灰色……普通の地層なら茶色や灰色のはずだ。やはり建築予定の場所なんじゃないか、ここも」

「どうだろうなァー。そもそも変な色の岩の地域だから、地下構造物じゃなく迷宮(ダンジョン)に昇華したのかも知れねえし。変なこと考えてると、コケやすくなるぜ」

「余計なお世話だっつーの……」

「ははは」


 きつい傾斜を滑り降りながら、四人は笑った。


「っと……」

「……うわぁ!」


 どうどうと水が落ちる音。


 長い傾斜の先は視界が大きく開け、滝の落ちる湖畔になっていた。


「綺麗だ」

「こんな場所が迷宮の先にあったなんて」


「個々って……」

「ああ。間違いない。」


未到達領域(・・・・・)……」


 火石ランタンも足跡のひとつもない、正真正銘未開の地。

 灰色の石はいつの間にか淡い燐光を帯び、日の差さない地下でもその雄大な流れをはっきりと見ることができた。


「未攻略エリアは何度も見てきたが、誰も見つけられなかった場所ってのは初めてだ」

「神秘的なところ。少し故郷を思い出す」

 みなその美しさに微笑んだ。


 空間は渓谷のようになっていて、滝が流れ出るところは視認できないほど高くにある。


「登ってみようか」


 アイオスは茶目っ気たっぷりに、青髪を揺らした。



------------------------------------------------


「すっげえ……真っ白だ」


 それは幅二十メートルにも及ぶ大瀑布だった。七階層からずいぶん上の、第五階層近い高度まで登ってきた。

 自然洞窟の奥に広がっていた湖畔から、崖を登ること一階層分、水源となる滝は分厚い透明の氷に覆われ。

 そのさらに先には、この純白の大瀑布。天上は空のように淡く青色にかがやき、それを反射して氷の滝も青く染まっていた。


「綺麗……」

 モナベノが呟く。

 小さな声が氷に吸い込まれて消えた。

「いつまでも見ていたいくらいだよ」

 アイオスも口元をほころばせた。


「……アイオス、ここは?」

「グレス!もう大丈夫?君が気になっていた洞窟だよ、ここは」


 アイオスは担いでいたグレスを下ろし、ここまでの道のりについて伝えた。


「そうか……あの先に、こんな場所があったのか」


 しかし天井は矢を射ても届かないほど高く、そしてどれだけ追っても端にたどり着かないほど広い。


 滝は分厚い氷に覆われ、流れは視認できない。

 水の音もせせらぎのように、小さく遠くに聞こえている。



「ここはダンジョンの中と言っていいのだろうか」

 モナベノが問う。ボンドは腕を組んで唸った。

「どうなんだ……?魔物も遺物も見当たらないし、やっぱ自然洞窟なのかなあ」

「アイオス、石が光っているのは、そういう鉱物なのか?ダンジョンのそれとは違うのか?」


 談笑が続く中、しかしジェノーが、深刻な様子で言った。


「ねえ、みんな」


「どうした。声が震えているぞ」


「みんなは何ともない?そ、それとも僕の体調がおかしいのかな」

「なんだ、ジェノー。腹でも痛いか」


 ジェノーは頭と鼻を抑えながら、ゆっくりと顔を上げる。


頭が痛い(・・・・)んだ。鼻血が止まらない(・・・・・・・・)。それと、腕が、潰れるように痛いッ!なにかに握りつぶされてるみたいだッ!!うがッ!!!」


「「!!」」

 ぼたぼたと鼻血を垂らすジェノー。抑えている指の隙間からどくどくと溢れる赤い血が、紫色のローブを濡らしていく。


「"呪い"の症状だ!」

「そんな……八層でも何ともなかったのに……」


「い、いでで……俺も、頭がっ……ぐぎぎ、割れる……!痛ぇっ!」

「ボンド! そんな。階層を降りていないのに呪いが発現するなんて───。」


 続けざまに、ばたりとモナベノが倒れる。眼のあたりには血の涙が浮かび、そして、不可視の巨人が握りつぶしたかのように、右脛骨がべきりと折れた。


「アイオス!!」

 グレスが叫んだ。

 さっきまで呆然としていた彼の姿はなく、はっきりした意識で警告を叫ぶ。


「何か来るぞ!!」


 見通せないほど高い天井から、青い星が落下してくる。見る見るうちに大きくなるそれは、突如としてその翼を広げ、鳴いた。


「クァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 この神秘的な場に相応しい、美しい水色の飛竜(ワイバーン)

 甲高い怪物の絶叫が、ビリビリと空気をつんざいた。



-------------------------


 バキリ、と深部針(イライント)の針が折れて弾ける。


「アイオス!おい!」

「っ!」


 グレスが肩に触れたことで、一瞬の思考停止(フリーズ)が溶ける。

 今まで数知れず強敵を相見えてきたアイオスをして、その凄まじい威圧感に自我を吹き飛ばされた。


 周りではボンド、モナベノ、ジェノー、イノンが気を失って倒れている。

 これまで階層を降りることでしか"呪い"の症状が発現・悪化する症例がなかったことも、アイオスの処理能力を低下させていた。


「グレス!みんなを頼む!」

「っ!ああ!」


 レイピアを抜刀、アイオスは一足跳びに飛竜へ切りかかった。


(まずい。飛竜相手に、ジェノーの魔法もモナベノの矢もない。おまけに対岸が遠くて攻撃回数も稼げない……!)


 飛竜は大きく羽ばたいて剣閃を交わすと、高度を上げ、滑らかな宙返りからアイオスに急襲を仕掛けた。


「うぐあッ!」

「アイオス!!」


 受け身も回避もできない空中、必中の突進。

 アイオスは対岸に叩きつけられた。


「クソっ!」

 グレスは剣を掴むが、すぐに手を放し、ジェノーの体に手をまわした。


(自分の役割を全うするんだ、(グレス)!)

 グレスの役割は、行動できない四人を戦闘範囲外に退避させること。

 アイオスが心置きなく戦えるよう、安全を確保することだ。


 脱力した身体が、グレスに重くのしかかる。だがグレスは、二層進攻、あるいは再進攻の準備として修練を積んできた。仲間に怪我を負わせた失敗を、自分の非力で繰り返すわけにはいかない。


 湖畔に降りるのは高低差から不可能と考え、少し離れたところにある岩陰に、四人を隠すことにした。そこはさらに断層のように深いくぼみがあり、戦火を避けるにはお誂え向きの場所だった。

 行き来すること四度、特にボンドの体は重かったが、グレスは任された仕事を終えた。


(助けに行って……いいのだろうか)


 みんなを頼む、とアイオスは言った。ならば、四人を護衛することまで任であろうか。

(アイオスは、俺の身も案じているのかもしれない)

 グレスは、アイオスたちの戦闘を間近で見た。第一級冒険者と初級冒険者の、比べる間でもない力量差。

 そんなアイオスが押されている。

 ひどい足場で第七階層級モンスターと、単独で戦うことの意味を、グレスは知らないながらも推し量った。


「俺に、できることは……」


 竜と剣士が再び空中で激突した。

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