第3章 告白 ― 「我らの黒歴史」5.白石麗の告白 ― 「失われた教室」
白石は、杖を軽く握りしめたまま、深く息を吐いた。
空気が、少しだけ震える。
「……わしは、教師であった。」
その言葉には、懐かしさよりも、痛みが混じっていた。
「教壇の上から見ていると、いろんな“世界”が見える。
戦士になりたい子。詩人になりたい子。
魔法使いを信じる子もおれば、
ただ、誰かに“特別”だと言ってほしい子もおった。」
白石は小さく笑う。
その目は遠く、かつての教室を見ているようだった。
「わしは思ったのじゃ。
——“中二病”とは、世界に踏み出す第一歩だと。
痛くて、未熟で、危うい。
だが、それを笑えば、芽は摘まれてしまう。」
だが、現実は残酷だった。
白石の声が低く沈む。
「ある日、ひとりの生徒が描いた“世界設定ノート”が問題になった。
教師の会議で、『病んでいる』『妄想が過ぎる』と判断されて、没収されたんじゃ。」
彼は目を閉じる。
その瞬間、部屋の空気がさらに重くなる。
「……わしは、それを止められなかった。
守るべき想像を、“大人”として奪った。」
杖の先がコツンと床を叩く。
その音が合図のように、壁一面が淡く光を帯びた。
そこには、子どもたちの落書きのような図形、文字、詩の断片が浮かび上がる。
丸や矢印、意味不明な呪文。
だが、それらはどれも——どこか懐かしい“夢の形”だった。
真夜が息をのむ。
アオイは思わず手を口に当てる。
赤城でさえ、ただ黙って立ち尽くした。
白石は微笑む。
「これが、あの子らが残した“夢の残滓”じゃ。
想像とは、消せぬもの。
わしが忘れても、世界が否定しても……
誰かの心に、必ず残る。」
杖の先が再び床を叩く。
壁の模様が光の粒となって舞い上がり、
ゆっくりと消えていく。
静寂。
白石は椅子に腰を下ろし、
かすれた声で最後の言葉を呟いた。
「——あのとき、わしは“大人”として勝って、教師として負けた。
だから今も、わしの中の“中二病”は終わらんのじゃ。」
誰も、何も言えなかった。
その場の全員が、心のどこかで自分の“教室”を思い出していた。
かつて夢を描いた場所。
そして、いつの間にか置き去りにした“誰か”の記憶を。
静かな蛍光灯の音だけが響く。
だがその奥で、誰かの夢が確かに息づいていた。




