予知
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教授の住居兼研究室はK区の住宅が建ち並ぶ一画にあった。教授は、週に数回、大学の講義を持っていたが、残りの時間は、ここ数年来の研究に没頭していた。
「さあ、出来たぞ」
研究室の作業机の前で教授は思わず呟いた。机の上にはヘルメット型の装置が配線とコンデンサーをむき出しにしたまま置かれていた。ヘルメットの内側には、頭部に触れるように金属端子が数ヶ所取り付けられていた。
これで大脳に微弱な電気刺激を与えるのである。日常生活では休止している脳の神経細胞を活性化し、埋もれている脳の機能を取り出すこと、これが教授の研究テーマだった。
埋もれている脳の機能とは、未来を予知する能力である。古来、自然の中にあった人間の生活はさまざまな危難に遭遇していた。それを回避するために人間には本来的に予知能力が備わっていたと教授は考える。
近代文明が安全な環境を提供するようになり、その予知能力が減退してしまったというのが教授の結論だった。眠ってしまった能力をこのヘルメット型の装置で甦らせることに教授は研究者人生のいっさいを賭け、情熱をかたむけていた。
「では、始めるとするか」
そう言って教授はヘルメット型の装置を頭にかぶると、側面の起動スイッチを入れた。
静かに目を閉じる。…………数十秒後、穏やかな眠りに誘われるような気分が教授をつつみ、目の前に光がいくつも点滅した。すると、しだいにぼんやりと人物の不鮮明な姿が現れた。やがて人物は焦点をむすび女性の顔になった。瞳の大きな、細い顎の穏やかな表情をした若い女性である。
………イメージの揺れ、………顔がぼやけてくる、………判別できなくなり、女性の顔は消えた。
教授はヘルメットのスイッチを切ると、頭から外した。女性は誰なのだろう。見知らぬ顔だった。いや、これから現れる人物ということなのか。
その装置の起動の日のあとも、教授は考えこんでいた。大学の講義の最中にも、学生の中にあの顔の人物がいるかも知れないと思い、教室を見回した。電車に乗れば腰掛けている乗客の顔が気になった。雑踏の中でも、すれ違う人の流れの中に、あの女性の顔を探した。
変化は急におとずれた。途切れることなく、考えごとをしながら歩いていた教授は歩道を走ってきた自転車とぶつかって放り出されたのである。救急車の中ではうつろな意識だった。運びこまれた総合病院では綿密にCT画像を撮られた。幸い打撲のほかは頭部にも外傷はなかった。
病室に一時移され、教授は病室の天井を眺めながら心細い心理になっていた。 こんなアクシデントがあるなら、真っ先に予知出来なかったのは、なぜなのか。
看護師がやってきた。
「--さん、細かい検査結果がでるまで、しばらくお休みになっていて下さいね」
その顔を見て、教授は、はっとした。
大きな瞳の細い顎のあの女性だった。
予知は半分は当たっていたのである。
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