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次の日から、私たちは行動した。
放課後、ルルと一緒に校内の掲示板を整理したり、
落ちていたプリントを拾って職員室に届けたり。
清掃の手伝いもしてみた。
ゴミ箱のビニールを替えて、誰も見ていない廊下を黙って拭いた。
小さなことでも、積み重ねれば何かが変わると思った。
けれど。
何も変わらなかった。
価標は、胸の奥で沈黙したまま、
無色のまま、微動だにしなかった。
◇
階段の踊り場で、私たちは立ち止まっていた。
下の階では、一つ下の学年の委員長が、生徒を叱りつけていた。
胸に燃えるような紅の価標を光らせて。
「お前さ、やる気あるのか?
そんな薄い色じゃ、一生底辺だぞ!」
叱られているのは、まだ色が淡い生徒だった。
委員長は真正面から睨みつけ、声を張り上げる。
その姿に、周りの生徒たちは「さすが委員長だ」と頷いていた。
……でも私には、それが“正義”というより“攻撃”に見えた。
ルルはしばらく黙っていたが、ふっと息をもらした。
「……もしかしたらさ。
私たちが今までやってきたことって、“自分のため”だったのかも」
私は思わずルルを見た。
「色が欲しいからって理由で動いてた。
だから、価標は何も反応しなかったんだと思う」
その声には、ひりつくような悔しさが混じっていた。
ルルは、紅の光を背負った委員長ではなく、俯く生徒に視線を落とした。
「……でも、“誰かひとり”のために動けたら、違うのかもしれない」
◇
「ねえ、アリス」
ルルは手すりに肘をかけ、少し笑った。
「こんなにさ、価標の色をつけるために──
“いいこと”をいっぱい頑張っても、全然、色がつかない」
私はうなずいた。それは私も同じだったから。
ルルはかすかに笑って続ける。
「なのに他の人たちは、“それっぽいこと”をちょっとやっただけで、すぐに色づく。
たとえそれが“助けるフリ”でも、“共感してるフリ”でも」
その言葉に、また胸の奥がひりついた。
「だったら私は──
そんな“フリ”な人たちを目指すんじゃなくて、
“なりたい自分”をちゃんと選びたい」
私は、息をのんだ。
「誰かに評価されなくても、色がつかなくても、
“自分が信じたこと”をしたい」
その横顔は、どこか寂しげで、でもすごく、強かった。
「……私がしたいことをして、
価標に色がつかなくても、まぁ……もう一生色なしでいいや」
そう言ったとき、ルルの声には、ほんのわずかに震えが混じっていた。
私はその震えに、ただそっと寄り添うようにうなずいた。
ルルは、風に乱れる髪を耳にかけて、少しだけ笑った。
「だから──」
「私、したいことがあるの」
「まだうまく言えないけど……
たぶん“誰かのためになること”」
その言葉の先に、何か決意のような光があった。
だけど、その瞳の奥には、微かに“削れていく音”のような痛みもあった。
私はそのときまだ知らなかった。
この“無理に大きく動こうとした一歩”が、
ルルの価標の未来を決める、始まりになることを。




