7
次の日、ルルはちゃんと登校していた。
教室前の廊下で出会った時、私より先に声をかけてきた。
「アリス、昨日はごめんね」
そう言って、少し照れくさそうに笑った。
安心した。
あの笑顔を見られたことに、
それだけで心がほっとほどけるのを感じた。
私はポケットから、昨日拾ったヘアピンを差し出した。
「落としてた」
「あっ……ありがとう」
ルルは両手で大切そうにそれを受け取って、すぐに髪に戻した。
「なんか、これないと落ち着かなくてさ」
私はうなずいて、それ以上何も言わずに自分の教室に向かった。
私の教室に入ると、
何かの話に夢中になっていた数人が、ふとこちらを見て、また話を続けた。
誰も私には話しかけてこない。
でも、誰も直接的な悪口は言わない。
私の存在をなかったことにするように、ただ“視線を外す”だけ。
私はもう、それに慣れていた。
むしろ、空気として扱われる方が、まだマシだった。
何かを求められない分だけ、楽だと思うようにしていた。
帰りのホームルーム。
担任の声が、だるそうに教室に響く。
「次の選定会、再来週な」
教室の空気が、一瞬ぴりっとする。
「今回は進路確定を左右する重要な選定会だ。皆、それまでに価標の価値をしっかり上げるようにな」
教卓の端に肘をつきながら、担任は面倒くさそうにプリントを配る。
「行動記録、今週分の記入も忘れるなよ」
価標の価値を上げる。
それが、この学校での“行動”の意味だった。
人助け。活動参加。SNS発信。
誰かに褒められたり、同調したり、注目されたり。
それで、色がつく。
もちろん、私はその仕組みが大嫌いだった。
でも、選定会には出なきゃならない。
無色のままで社会に出れば、受けられる仕事も学校も限られる。
嫌でも、参加する他はない。
ホームルームが終わって、みんながわいわい帰り支度を始めた頃。
「おい、アリス」
担任に呼び止められた。
嫌な予感はしたけど、黙って立ち止まる。
「お前さ、いい加減、色つけないと……」
彼は、あくび交じりの声で続けた。
「俺の評価まで関わってくるんだよ」
私は黙ったまま、ただ立っていた。
「そもそも、お前今まで何をしてたんだ?
他の子たちは、ちゃんと価標の色つけるために努力してんだぞ」
努力、してないわけじゃなかった。
ゴミ拾いも、クラスの手伝いも、声かけも、全部やった。
でも――
なぜか、私には色がつかなかった。
私がやると、“評価対象”にならなかった。
誰かの目に入っても、反応されなかった。
「すいません」
私は、それだけ言った。
本当は、何が悪いのか分からなかったけど、
分からないまま謝ることには、もう慣れていた。