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6

私は、そのまま昇降口へ向かった。


背中で、教室の笑い声がまだ続いていた。


手には、ルルのヘアピンを握っていた。


銀の羽根のかたちのヘアピンは、

光を受けてほんの少しだけ、震えるように光っていた。


握った手が、ほんのわずかに震えていることに気づいて、

ぎゅっと強く握り直す。


私は、それをポケットに入れた。


でも──それを持って、ルルを探しに行く気には、どうしてもなれなかった。


何を言えばいいのか、わからなかった。

何か言っていいのかさえ、わからなかった。


だから私は、帰った。


家の扉を開けると、

テレビの音と、電子レンジの“チン”という機械音が重なって響いていた。


「ただいま」


私の声は、壁紙の模様に吸い込まれていくみたいだった。


リビングには母がいた。

ソファに沈んだまま、表情のない目でバラエティ番組を見ていた。


「お姉ちゃん、また課題の評価悪いって連絡きてたよ」


弟がゲームのコントローラーを握ったまま、こっちも見ずに言った。


「あのな、いい加減恥ずかしい思いせるなよ」


父がキッチンの奥から、氷をグラスに落としながら声をかけてきた。


“させるな”って何?


私のこと、

最初からずっと期待してないのに。


夕食は、家族分の三つの皿がテーブルに置かれていた。

私の分はなかった。


母は言った。

「今日、食べるのか分からかったから」


私は、小さく「うん」と答えた。


それで終わった。


それ以上、怒る気にもなれなかったし、

悲しいって言うには、もう遅すぎる気がした。


そうじゃなくて、


「私はこの家の中で、“いてもいなくてもいい存在”なんだな」って、


ただ、それだけが、静かに胸に降りてきた。


作らなかったんじゃなくて、

“最初から作る対象じゃなかった”んだって、


気づかないふりをしていたことを、

今さら改めて突きつけられたような気がした。


私は何も持たずに、

自分の部屋に引きこもるように入った。


机の上に、ヘアピンをそっと置いた。


明日、ルルに返さなきゃと思ったけど、


本当に明日も“ルルがそこにいる”のか、


不安になった。


「いや、きっとルルは来る」


そう思った。

というより、そう思うことにした。


それ以上、何かを想像したら、

心の奥が崩れてしまいそうだったから。


明日のことも、ルルの顔も、

ヘアピンの意味も、全部いったん封じ込めて。


私は布団を頭までかぶって、

呼吸をひとつ、深く吸った。


これ以上は、考えない。


考えたら、何かが戻らなくなりそうだったから。


そうやって、無理やり目を閉じた。


眠ったふりをして、

夢の中に逃げ込むように。

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