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――風の音が耳を裂く。
気づけば、私は校舎の屋上に立っていた。
目の前にいるのはルル。制服のスカートが、強い風に揺れている。
「ルル!」
声は届いたはずなのに、彼女は振り返らない。
私は必死に走り寄り、その細い手首を掴む――はずだった。
だけど、指先は空を掴んだように虚しくすり抜ける。
「やだ……待って!」
足元がふらつく。世界が傾く。
ルルの体は、まるでゆっくりと水の底に沈むみたいに落ちていった。
耳の奥で、何かが砕ける音。
それは石が割れる音にも、人の心が壊れる音にも聞こえた。
――やめて。やめてよ。
叫び声は、自分の喉で途切れた。
「………っ!!!」
薄暗い部屋で、アリスは荒い息をつきながら目を覚ました。
心臓がまだ、悪夢の中を走っているように速く打っている。
ベッドの端に座っていたミオが、そっと身を乗り出し、アリスの額の汗を指先で拭った。
声はない。ただ、深く息を合わせるように見守ってくる。
「……起こしちゃって、ごめんなさい」
小さく呟きながら、アリスは夢の内容をぽつりぽつりと話し始めた。
ルルが屋上の手すりに立つ光景。
手を伸ばしても、届かない距離。
叫び声は空に吸い込まれて、音もなく消えていく──。
ミオは黙って聞いていたが、やがて机の上から二つの小さな布人形を持ち上げた。
一つは髪にヘアピンをつけた小さな人形。もう一つは、黒い布で包まれた人形。
ミオは黒い人形をゆっくりと手すりの形をした木枠の上に立たせ、
もう一方の人形が必死に手を伸ばす仕草を見せた。
……まるで、さっきアリスが語った夢の場面をそのままなぞるように。
アリスの胸がチクリと痛んだ。
「……やめてよ、それ……」
小さく眉をひそめる。嫌な記憶を抉られるような感覚。
けれどミオは、手を止めなかった。
次の瞬間、黒い人形はそっと木枠から降ろされ、
かわりに二つの人形が並んで座り、小さな布の花を手に取る。
笑顔は描かれていないのに、なぜか「笑っている」と分かる動きだった。
ミオは最後に、花を持った二つの人形をアリスの前に差し出す。
──「あなたは一人じゃない」。
言葉はなくても、その意味はまっすぐ届いた。
アリスは視線を落とし、小さく笑った。
「……ありがとう」
胸の奥で、嫌な夢の残滓が少しだけ溶けていくのを感じた。




